第29話 嫉妬

「よいしょぉ!」


 雛香が剣でゾンビを攻撃する。

 ゾンビは縦に綺麗に二分割だ。


「うわぁ……」


 それを見て僕は引いていた。

 いや、普通引くでしょ。

 うちの妹どんだけ強いの?


「まだまだ!」


 雛香は次のゾンビに向かっていく。

 それにしても、今日の雛香はいつもにましてやる気満々だなぁ。

 ……あんまりよくない傾向ではある。


「次……あれ? もう終わり?」


 あっという間に、拠点を襲いかかってきていたゾンビたちは全滅していた。

 2人分ってことで、数は相当減らしてるんだけど、それでも時間的には相当早い。

 しかも、僕はほとんど手を出していないし。


「最初の襲撃は終わりだよ」


「えぇ、もう終わりなの?」


 雛香は不満そうに口を尖らせる。


「もっと、お兄ちゃんに雛香の活躍見せたいのに」


 もう十分見た気がするけどなぁ。


「まぁ、次はアイテム探しで見せてくれ。さっきは結局1個も見つからなかったからな」


 最初の襲撃があるまでの時間、探索したけど、全然見つからなかった。

 なにせ、


「今度はちゃんと敵を見つけたら走っていくことがないようにな」


 雛香は敵を見つけたら、どれだけ遠くでも走っていくのだ。

 しかも、僕の手を掴んで走っていくから、ついていくのも大変なんだよ。


「でも、雛香は戦ってるほうが凄くない?」


「……凄い?」


「お兄ちゃんには、雛香が一番凄いところを見てほしいんだもん」


「……」


 今日の雛香は、随分と「見て欲しい」ってことにこだわる。

 いつもどおりと言えばいつも通りだけど……


「……雛香、少しいいか?」


「うーん? 何? あっ、ゾンビ!」


「待った! 雛香、少しテストは中断だ!」


 走り出そうとした雛香に僕は最終手段を取る。

 ダンジョンスキルで、ゾンビを全て消し去ったのだ。


「えぇ、敵が消えちゃったよ!」


「僕が消したんだ……雛香少し落ち着いてくれ、今日の雛香はなんか変だぞ」


 そもそも、2人きりでダンジョンに入ろうなんて言い出した時からなにかおかしい。

 いつもの雛香らしくないというか……


「なんか焦っているように見えるぞ」


「えぇ? 焦ってなんかいないよ!」


 ……自覚がないのか?


「ともかく、一旦拠点で話をしよう。ほら、おいで」


 雛香の手を掴んで引く。


「お兄ちゃん? なんでー?」


 雛香は首をかしげながらもおとなしくついてきた。



「……それで、なにかあったのか?」


 拠点でテーブルにつき、改めて雛香に聞いてみる。


「いや、なにかあったじゃないな……雛香、どうして僕に活躍を見せようと思ったんだ?」


 雛香は自分の状況を把握できていない。

 僕的にはなんとなく、こうじゃないかって推測はあるけど……自覚していない以上、一つ一つ解きほぐしていくのがいいと思う。


「どうしてって……雛香は戦うのが1番凄くない?」


 凄い……か……さっきも言ってたな。


「それじゃあ、雛香はその凄いところを見せて、僕にどう思われたいんだ?」


「それはもちろん……凄いって! 流石雛香だ! って言って欲しい!」


「なるほどな……」


 うん、多分、間違いないだろう。

 雛香の心にあるのは、自分の事を見て欲しいっていう思いだ。

 思えばここ最近ずっと雛香はそんなことを言っていた。


「……里楽さんが原因だな」


「えっ? 里楽ちゃんがどうかしたの?」


 原因っていうのは、ちょっと言い方が悪いか。


「雛香、僕と里楽さんがダンジョンのイベントについて話しているのを見てどう思った?」


「えっと……里楽ちゃん凄いなぁって。雛香はあんまりそういうことできないから」


 そう、雛香は里楽さんが凄いと思った。


「それだけなのか?」


 違うだろ?


「僕はダンジョン作りに関して、里楽さんを頼りにしている。それを見て雛香はどう思った? 思い出してよく考えてごらん」


「思い出す……」


 僕の言葉に雛香は目をつぶって考える。


「……ぅ」


 雛香が口を開こうとして慌てて閉じた。

 思いが無意識に口から出そうになって押さえつけたような感じだ。


「……大丈夫。雛香、僕に雛香の気持ちを聞かせてくれ。どんな感情でもちゃんと受け入れるから」


 僕の言葉に雛香は身震いをした。

 そして……


「羨ましい……お兄ちゃんに頼られて……羨ましい」


 思わず口から出た言葉。それが雛香の気持ちだった。

 そう、雛香は里楽さんに嫉妬していたのだ。


「里楽ちゃんだけお兄ちゃんの助けができてずるい……雛香だって……」


 雛香は目をつぶって続ける。


「雛香だって、お兄ちゃんに頼られたい……助けたい……」


 雛香は淡々と思いを口にする。その様子はまるで子供が泣いているかのようだ。


「でも、雛香には頭を使ってイベントとか考えるのはできないだろ?」


 雛香が駄目とは言わない、ただ、その点において里楽さんはかなり優秀だ。


「雛香にはできない……雛香にできることは、お兄ちゃんを守ることだけ……戦うことだけ……」


 昔を思い出すなぁ。

 昔の雛香はよく、「お兄ちゃんを守る」そう言っていた。


「だから、雛香は僕に戦って凄い……里楽さんよりも頼りになるってところを見せたかったんだな」


 2人きりってところにこだわったのも結局は自分を頼りにして欲しいっていう心からだ。

 こう言っちゃなんだけど、あえて危機に飛び込んで、吊り橋効果を狙いに行ったようなものだ。

 まぁ、雛香は全然そんなことは意識してなかっただろうけど。


「……」


 雛香は何も言わずにうつむいたまま。

 さて……どうしたものかなぁ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る