第5話 雛香の攻略その2

 タイヤの姿をしたシャドウミミクリーがその場で回転を始める。

 その回転はどんどん速くなり、


『……えっ!』


 雛香の方とは反対側へ逃げた。


 流石の雛香もボスのその行動には驚いたようで呆然と見ている。

 結局、シャドウミミクリーは雛香とは反対側の壁についたところで動きを止めた。

 それを見て、雛香は近づいて攻撃をしようとするのだが……


『またっ!? わっ!』


 雛香がある程度まで近づいた瞬間、タイヤはまた回転を始め雛香から遠ざかった。

 しかもご丁寧に、逃げる直前に煙幕のようなものを吐き出して視界を遮ってきている。

 煙幕が晴れたときには、シャドウミミクリーは雛香とはすでに遠ざかっていた。


『もう! 速すぎじゃない!』


 その速度は今まで出てきたどんなモンスターよりも速い。


「これは……ひょっとして、逃げ惑うボスということですか?」


「そういうこと」


 そう、素早さのシャドウミミクリーは積極的にこちらに攻撃をしかけてくるのではなく、ひたすら逃げ回るボスだ。


「その分HPは低めになってるから、3,4回くらい直接攻撃をすれば倒せるはずだよ」


 その辺りが狙い目だね。


「ちなみに、遠距離から攻撃しようとしても、ある程度遠くからの攻撃は弾くようになってるから結局近づく必要があるね」


「……それは大変そうですね……」


 うん、正直、かなりめんどくさいボスに仕上がったと思う。


「しかし、相手の隙がないと永遠に追いつけないのではないですか?」


 あの速さだもんね。


「そうだね……でも、ほら、見て!」


 ちょうどいいタイミングだ。

 雛香がシャドウミミクリーに近づくと、逃げるために回転を始める。

 しかし、その瞬間、雛香は回転を始めたシャドウミミクリーに向かって突進をした。

 ある程度近づいたところでシャドウミミクリーは移動を始めたが、その速度はいつもよりも遅い。


『遅い!』


 再びボスを追いかけた雛香は、今度はシャドウミミクリーが回避行動に移る前に追いつくことができて、無事に攻撃を当てることに成功した。


「……なるほど、速度を上げきる前に近づくと、速度が落ちたまま移動するということですか」


「そういうこと」


 速度が落ちてる状態だったら、全力で追いかければ追いつくことができる。

 雛香がわかっててやったかはわからないけど、これが正攻法の攻略だね。


「つまり、ずっと走って追いかける必要があるということですか?」


「それができるならそれでいいけど、このボスはある程度近づいて来るまでは回避行動を始めないからその範囲を見極めるのが重要だね」


「なるほど……」


「ついでに言うと、追いかけ回しているとだんだん速度が落ちてくから、追いかければ追いかけるほど追いつきやすくなるね」


 こっちのスタミナを温存しつつ、きちんと追いかけて近づく。

 その辺りが攻略のポイントかな?


「しかし、それだといつか必ず倒せてしまいませんか?」


 時間をかければ、いずれ速度が落ちて倒せるってことだよね。


「そうだね、だから、ある程度の時間が経過すると、シャドウミミクリーはそのまま逃げるよ。戦闘開始から20分で終わり」


 つまり、時間制限付きのバトルってことだね。

 そうなると倒せなかったけどダンジョンはクリアとなる。

 当然ボスは倒せていないから、アイテムは手に入らないけどね。


「……私には厳しそうなボスですね」


 雛香の戦いを見つつ、里楽さんがつぶやく。

 まぁ、追いつくための速度が重要なボスだからね。

 スペックお化けの雛香でさえ、追いつくのに苦労してるんだから。


「ただ、やっぱり雛香は流石だなぁ、速度もだけどスタミナが異常だ」


 雛香はずっと走り続けてミミクリーを追いかけている。

 その間、ほとんど全力ダッシュをしているようなものだけど、その速度が落ちる様子はない。


「……雛香さんでしたら、オリンピックとか出れそうです……」


「あー、それは……うん、まぁ、雛香だったらやりかねないかもね」


 ともかく、あいつの運動能力は異様だからね。

 外で全力を出しちゃうと、周りに迷惑になるから抑えているんだよね。


 ただ、ダンジョンの中では誰にも迷惑をかけることがないから、好き勝手振るっているんだろう。

 かくいう僕もあいつがここまでとは知らなかった。


「雛香の全力がどの程度のものか、いずれちゃんと確認したいね」


 そう思いながら、雛香の戦いを見守ることにした。



 結局、雛香はひたすら追いかけ続けて制限時間内にシャドウミミクリーを倒すことに成功した。


『やった! 雛香の勝ち!』


 宝箱を開いて、その中身を取り出す。


「黄色い種? ですか?」


「そうそう、上げる能力によって色が違うんだよ」


 見た目は淡い黄色をしていてる種だ。

 実は色が濃くなれば濃くなるほど効果が上がるんだけど、それはまた別の話だね。


『よし! それじゃあ、早速飲んでみよっと!』


 雛香は手に入れた種を早速使うみたいだ。

 まぁ、お金に変えるよりは雛香らしいかな。

 雛香は丸い種を一気に飲み込む。


『……味がない……』


 雛香は不満そうだ。

 まぁ、確かに味はないけど、一気に飲み込んだから味も何もないだろうに。


『……うーん? これで効果が出たのかな?』


 雛香は自分の身体を見ているけど、そんな見た目に変化は出ないよ。


「効果はすぐに出るのですか?」


「うん、体内に入った瞬間、解けるから消化とかも特にないね」


 種の形をしているけど、実際は魔力の源みたいなものだからね。


『うーん?』


 雛香はその場で足踏みしたり、ちょっと走ってみたりしている。

 まぁ、そんなすぐにわかるようなもんじゃないよ。


 1個だけだとほぼ誤差と言ってもいいくらいだよ。

 しかも、元の能力が高ければ高いほど効果は落ちていくから、今の雛香ならそれこそ変わらないと思う。


『うん、ちょっとだけ反応が早くなったね!』


「わかるのかよ!?」


 まぁ、雛香だし、細かいことは気にしないでおこう。


『さて、それじゃあそろそろ帰ろうかな。今から帰るねー!』


 ひょっとして見てるのわかってるのか? いや、適当に言ってるだけかな。

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