第2章

第1話 雛香

「うぇええええん」


 泣き声が聞こえる。

 その声には聞き覚えがある。

 誰か……大切な人だったと思う……


「……雛香? 大丈夫か?」


 そうか……雛香か。

 幼い頃の雛香はよく泣く子だった。

 その理由は……


「雛香……またいじめられてたのか?」


 雛香の容姿はとてもよく目立つ。

 父さん譲りの金髪に青い瞳、同じ歳頃にしては大きめな身長。


「みんな、ひなかのかみの色が……変だって……」


 出る杭は打たれるという言葉通り、雛香は周りからは浮いてしまっていたのだ。


「そっか、でも我慢したんだな」


「うん……お兄ちゃんとの約束だから……」


「そっか、偉いなぁ」


 雛香の頭を撫でてあげた。


「……僕は綺麗だと思うけどな、雛香の髪」


 こうやっていじめられた雛香を慰めるのはいつものことだった。


「ほら、手を繋いで帰ろう、今日は夕飯は雛香の好きな唐揚げだぞ」


「うん……」


 この世界で手に入れた初めての大事な家族。

 雛香のことは僕が守らないと……そう思っていたのに……


「雛香……何をして……」


 眼の前の光景が信じられなかった。

 雛香が笑っている。


「その子たちは……」


 雛香の周りには倒れている子どもたちがいた。

 いつも雛香のことをいじめていた、いじめっこ達だ。


「この子たちが……お兄ちゃんのことをきずつけたから……」


 そうあの時は……

 雛香がいじめられていた、その現場に僕が駆けつけて止めようとしたら相手の子供に押されて転んで頭を……

 気を失ってしまったんだった。


「雛香がやったのか……!?」


「うん……!」


 周りに倒れている子どもたちは雛香にやり返されたようだ。

 ……中に血だらけの子もいた。


「……ちょっとやり過ぎじゃないか?」


「えっ? でも……お兄ちゃんのことを傷つけたんだよ?」


 当然じゃない? 何を当たり前なという表情で雛香は言った。


「……大丈夫だよ、お兄ちゃん」


「……雛香?」


「お兄ちゃんのことは……これからも雛香が守るから……」


 雛香はそう言って、僕に近寄ってくる。


「いつまでも……ずっと……」


 そんな雛香の表情には、狂気の笑みが浮かんでいた。



「……!?」


 飛び起きた。


「……今のは……夢?」


 当然ここはベッドの中。

 例の事件があった公園ではない。


「はぁ……しかし、久しぶりに夢に見たなぁ」


 今のは確かに夢だ。

 でも、ただの夢じゃなくて現実に実際にあったことだ。


 雛香は幼少期から周りの子供たちよりも強い力を持っていた。

 それに気がついていたのはいつも近くにいた僕だけだった。


 僕は雛香にその力をむやみに外に向けないことを約束した。

 その代わりに僕は、雛香を守るためになるべくそばにいることにした。

 しかし、それが逆効果になってしまったのかもしれない。


 雛香は僕に依存するようになった。

 もともとの性格が内気だったこともあるのだろう。

 小学校に入り、いじめの対象になってからも僕との約束を守り、やり返したりはしなかった。

 しかし、それも限界があったのだ。


 結局、あの夢の通り、僕を傷つけられたことで雛香はあっさりと爆発してしまった。

 いじめていた子たちに同情はしない、今までいじめてきたつけが回ってきたのだろう。


 ただ、それをやった雛香を誰も普通の子だとは見なくなった。

 周りから恐れらて前よりも距離を取られてしまった雛香はますます僕に依存した。


 しかも、幼い雛香は悪意の判断が稚拙だったため、僕に近づく全てのものを排除する形で僕のことを守ろうとしたのだ。

 両親と相談して、雛香に力の制御をする訓練をさせたおかげで、今の雛香のようになったが……


「いや、今もそんなに変わってない……?」


 ちらっと横を見る。


「すー……すー……」


 そこには、僕の横で気持ちよさそうに寝ている雛香の姿があった。

 寝る前には絶対にいなかったはずなのに、いつの間にか潜り込んでいたようだ。


「……まったく……」


 昔の事を夢に見たのも、きっと雛香が近くにいたせいだろう。


「はぁ……起きろ、雛香」


 雛香に声をかける。

 どうもさっきから起き上がれないと思ったら、雛香に腕をがっつり抱きつかれているせいで動けなかったようだ。


「むにゃ……お兄ちゃんのことは雛香が……」


 こいつ本当は起きてるんじゃ? そんなピンポイントな寝言あるか?


「いいかげんにしておけ」


 もう片方の腕で布団をめくる。


「……んっ……」


 雛香のパジャマが来崩れて肌が露出している。

 いや、まぁ、妹に変な気分なんて……抱かないけど……

 抱かないけど……! ……こいつも女の子っぽくなったなぁ……


「まったく……父さん、母さんがいないからって」


 もしも、こんなところ誰かに見られたら……


「……飛鳥さん? 起きてらっしゃいますか?」


 里楽さん!? えっ? ちょっ、なんで里楽さんが?


「雛香さんが起こしに来られたと思いますが、全然戻らないので……失礼しますね」


「えっ? いや、ちょっと待っ……」


 開かれるドア。そこから里楽さんが顔を出した。


「……飛鳥さん……起きて……」


 里楽さんが固まる。

 ベッドの中で服がはだけた雛香が僕に抱きついている。


「……失礼しました」


「ちょっと待って! なんか変な勘違いしてるって!」


 そう声をかけるが、無常にも里楽さんの手によって扉は閉められてしまった。


「……あっ」


 というか、こいつ……


「雛香! 起きろ! いつまで寝てるんだよ! いいかげん腕離せ!」


 この騒ぎの中でも起きないこいつをどうにかしてくれ。


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新章開始です!

今日から5日まで1日2話投稿です。

2話目は1分後投稿です。

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