閑話 とあるSPの嘆きその1

 俺はエージェント・ビリー。

 真田という家のシークレットサービス、SPをやっている。

 本当の名前は秘密だ。


 護衛対象である真田海人はこの世界でもかなりの力を持つ存在だ。

 そのため護衛である我々も精鋭がそろえられている。

 自分で言うのもなんだが、その中でも俺は部隊の隊長を務めているくらいには優秀だ。

 個人相手での近接戦闘能力で言うのなら、世界でも上位なんじゃないかと思っている。

 まぁ、戦いなんてものは単純に近接能力だけでは測れないから、自慢にはならないけどな。


 ともかく、俺は優秀……優秀……のはずだったんだが……


「こんなん無理だろぉおお!?」


 俺は死んで……眼の前が真っ暗になった。

 そして目が覚めた。


「ビリー……お前でも駄目だったか……」


 目が覚めた俺に話しかけてきたのはSPの総隊長を務めるアレックスだ。

 つまり、俺の上司にあたる。


「……隊長……俺は……」


「ゴブリンファイター2体と戦っている間に、ゴブリンアーチャーからの狙撃に対処できなかったな」


 そうか……またあいつらにやられたのか……


「とはいえ、お前が部隊の中では一番生き残った時間が長かった」


「ということは、他のやつらは……」


「全滅だ」


「……くっ」


 やはりか、俺が生き残れなかった以上、他のやつらもそうだとは思ったが……


「隊長……俺はあれをクリアできるのでしょうか……」


「なんだ、お前にしては珍しく弱気じゃないか」


 ははっ、自分でもそう思うさ。


「5回もチャレンジして1回も突破できないのが不安か?」


 言わないでももらいたい……あと、挑戦したのは6回だ。


「これが本物の戦場だったら、死んでましたので……」


 そう、俺が死んだのは本物の戦場じゃない。

 あくまでもゲームの中だ。


 ……いや、あれはゲームなのか?

 最近部隊に導入された特殊な空間、ダンジョンと呼ばれる特殊な空間における戦闘訓練。

 自身の身体で戦う感覚、それは本物の戦場と変わらない。

 そこで俺達は訓練をしている。



 ことは2週間ほどまでに遡る。

 真田邸宅で俺は休憩を取っていた。

 本家であるここにカチコミにくるやつなんてほぼいないから実質、邸宅にいる時は休暇みたいなもんだ。


 そんな俺のところに部下が走ってきた。


「隊長! 侵入者です!」


 侵入者!? そんな馬鹿なやつがいるのか? ここをどこだと思っている。

 しかし、どうせすぐに鎮圧されるだろう、そう考えていた。


 ……それは大きな間違いだった。


「隊長! 副隊長がやられました!」


 再び部下が走ってきた。


「なんだと!?」


 副隊長は俺の右腕、戦闘力に関しては俺と同じくらい……いや俺よりちょっと下くらいだ。


「それで侵入者は!」


「健在! 現在庭からホールに向けて進行中です!」


「こちらの被害は!」


「邸宅の護衛で対処をしていますが……被害状況は甚大です」


 くそっ、何が攻め込んできたっていうんだ。


「すぐに非番のやつらも起こして鎮圧に迎え!」


 これはまずい状況だぞ。なんとしてでも本宅への突入は防がなければ。


「そもそも、侵入者は何者だ!」


「それが……」


 俺の部下は言葉を濁した。


「ナンバー3! はっきり言え! 緊急事態だぞ!」


「はっ! 失礼いたしました! 侵入者は……」


 部下ははっきりと口にした。

 それに対して俺の答えは……


「……はぁ?」


 なんて間抜けなものだった。



「嘘だろ……?」


 俺は眼の前の光景が信じられなかった。

 積み上がった黒服の山。すべて俺の部下たちだ。

 残りの部下はそれをやったと思われるそいつを取り囲んでいる。


「お兄ちゃんを返せぇええええ!」


 そいつはどこからどう見ても普通の女の子だった。

 俺よりも10以上は歳下くらいに見える。

 それが俺の部下たちを1人で相手にしている。


 女の子を鎮圧しようと取り押さえにかかる俺の部下。

 それを軽く躱して、カウンター気味に背中に蹴りを入れる。

 そちらには同時に襲いかかった別の部下がいて、正面からぶつかって倒れた。


 それはまさしく蹂躙という言葉がふさわしい光景だった。

 見た目は可愛らしいともいうべき女の子が大の大人を軽くあしらっている。


 馬鹿な俺達はプロのはずだ。こんな女の子にやられるなんて……

 あれか? なんか変な悪夢でも見てるのか?


 しかし、目をこすろうとも変わらない現実。部下は減っていくばかりだ。


 このままではまずい!


「くっ、俺が……」


 止めなければと飛び出そうとしたが、


「隊長、少しお待ち下さい」


「なんだ!」


「あちらを!」


 ナンバー3が示す方向を見ると、高台からスナイパーが少女を狙っていた。

 どうやら別部隊が駆けつけてくれたようだ。

 しかも、銃器の取り扱いに精通したチャーリーの班だ。


バァン!


 破裂音が響く、それは久しく聞くことのなかった銃声。

 もっとも、弾は鎮圧用のゴム弾だが……


 それでも、流石にこれなら……

 そう思ったのだが、


「おっと」


 少女はその弾を軽く躱した。


「はぁ!?」


 思わず、声が出てしまった。

 なんだ今の動き、後ろから撃たれたのに見ないで躱したぞ!?

 いや、偶然! 偶然に決まってる!


バン! バン! バン!


 続けて3発の銃声。


「やっ、ほっ!」


 それでも少女は軽く身体を動かして交わす。

 まるで、弾がどこを狙っているか知っているかのような最低限の動きだ。

 加えて、鎮圧にかかった部下を殴り飛ばした。


 どうなってやがる。あいつは漫画のキャラクターか何かか?

 ともかく、このままでは屋敷に入られてしまう。

 護衛対象を守れないなんてことがあってはならない!


「俺が……俺が止めなければ!」


 今考えると、俺は想定外の事態で焦っていたのだと思う。

 そうでなければ、直線的に突っ込んでいくなんてことはしなかったはず……


「うごあぁあ」


 結果的に俺も部下と同じように殴り飛ばされ、そのまま気を失ってしまった。


-----

雛香にボコボコにされたかわいそうな護衛の方たちのその後になります。

ちなみに、単体で戦うと通常でならビリーさんの方がこの時点の雛香よりも強いです。

ただし、雛香がお兄ちゃん返せモードでバフ、ビリーさんが想定外の事態でデバフの結果モブキャラみたいなやられ方してます。

あと、対集団戦闘は雛香のが強いです。その辺りは2章で。

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