第1.5章

閑話 とある配信者その1

本編キャラではなく一般人視点での閑話となります。

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「はぁぁぁぁぁぁ……」


 大学のカフェテリアで大きなため息をついた。

 私の名前は土岐葵とき あおい

 年齢は19歳。大学2年生で、美大に通っている……まだ。

 そう、まだ……だ。


 というのも、現在私は退学の危機に瀕しているのだ。

 いや、それどころか、大学どころか生活の危機? 生きていくことすら危ういかもしれない。


「むぅ……このままじゃ……」


 理由は至極明快。お金の問題だ。


 もともと私は、田舎から状況してきて美大に入った。

 それも、両親に猛反対されたから半ば家出のような形で上京してきたのだ。


「お前みたいな世間知らずが東京なんて危なさ過ぎる!」


 というのは父親の言葉。


 それでも、私は憧れの美大に行きたかった。

 そこでイラストを学んで将来はイラストレーターに……なんて……考えていたのだが、現実は甘くなかった。


 私立の美大に通うためには、お金がかかる。


 いや、理解していないわけじゃなかった。

 もちろん、ちゃんと計画も立てていた。


 なんとか入学金を払い、授業料も払い1年。

 そろそろ、東京での暮らしにも慣れてきたなぁなんて思っていた……そんな時だった。


「君、明日から来なくていいから」


 バイトを首になった。

 私が何かやった? いや、何もしてない。

 私は単に先輩のミスをフォローするために、その仕事を引き受けただけだ。

 それが、いつの間にか私のミスにされていた。


 あれよあれよという間に首になっていた。


「はぁ……」


 何度目かのため息をつくしかない。

 しかし、こうしてはいられない。

 大学どころか、生活の危機だ。

 次のバイトを……


「わっ!」


「きゃっ!」


 えっ!? 何なに!?


「ふふっ、びっくりした?」


 思わず飛び上がって振り返ると、そこには友人の須藤渚すどう なぎさがにやけ顔で立っていた。


「もう……びっくりしたじゃない」


「ごめん、ごめん。でも、なんか葵、すっごい暗い顔してたからね」


「暗い顔してたから脅かしたの?」


「うん」


 わけがわからないよ。


 渚は私の前に座る。謝っているのに悪びれた様子は全くない。

 渚とは、授業で知り合ってすぐに仲良くなった。

 今では一番の友人だ。


「で、どうしたの? すっごい顔してたけど」


「ちゃんと、暗い顔って言って。それだと意味が……」


「はいはい、で?」


 どうした? と促してくる。


「……バイト首になった」


 私はこれまで起こったことを話す。


「はははっ、そんなことで暗い顔してたの?」


「そんなこと!? 生活の危機だよ!?」


 こいつ、友人の危機を笑っただと!?


「むしろ、良かったじゃない。そんな悪い先輩のいる職場から離れられたんだからさ。ミス押し付けるような先輩とか、やばすぎじゃん?」


「それは……まぁ……」


 ろくに仕事もできないのに、威張ってる先輩だった。


「……確かに、あの顔を見なくてよくなったのは、良かったかもしれないけど……」


「そうそう、その意気、その意気。こんな時はぱーっと遊ぼうよ!」


「……渚は単にゲーム相手が欲しいだけじゃない?」


「……ソンナコトナイヨ」


 まぁ、励ましてくれたのは嘘じゃないんだろうけど。


「いや、でもすぐにバイト探さないと……家賃も払えないし」


「……あー、そうか。あ、そうだ! どうせだったら、家に来る?」


「えっ?」


「私の部屋、1部屋余ってるんだよね。そこに住めば家賃かからないよ?」


 えっ? マジで言ってる?


「前々から思ってたんだ! 一緒に住めばいつでもゲームできるじゃない?」


 このゲーム廃人が……

 でも……


「……いいの?」


「もちろん、こっちから頼んでるんだしさ」


 正直、凄い助かる。今のバイト先と同じくらい稼げるところを探すの大変そうだって思ってたし。

 こうやって、心配してくれる友達がいて良かった。

 ゲーム云々だって、きっと照れ隠しで……


「あっ、そうだ! 今日凄いゲームの話を聞いたんだよね!」


 照れ隠しで……


「葵だって、ゲームの話をすれば元気出るでしょ!」


 ……このゲーム廃人がぁ。



「自分の身体で体験できるダンジョンゲーム?」


「うん、なんでも最新技術で本当に自分の身体を使っているみたいにダンジョンを攻略できるんだって」


 渚が語るのはまるで夢みたいな話だった。


「しかも、ダンジョンで手に入れたアイテムを持ち出すことができるんだって! ポーションが現実になった! って騒ぎになってるよ!」


 渚が色々と見せてくれた。

 でも、


「うーん……本当なのかな?」


 正直、なんか怪しい……


「もう! 葵は疑い深いなぁ、こんだけ噂になってるんだから、きっと本当だって!」


 ……その判断の方法はちょっと心配になる。渚の頭が……


「βテストの募集してるんだって、一緒に応募しようよ」


「えぇ……私はいいよ……」


 ゲームは好きだけど、運動とかは苦手だし……

 とてもだけど、自分の身体でダンジョン攻略なんてできるとは思えない。


「お願い! 一緒にダンジョンを攻略しようよ! ねっ! ねっ!」


 ……結局私は渚の熱い誘いに負けて、βテストに応募することになった。

 まぁ、聞いた限りだと凄い倍率みたいだから、私達が選ばれるなんてことはないと思うけど。



 数日後、


「うわぁあああ! 落選したぁあああ!」


 渚の家に転がり込んだ私は隣の渚の部屋から凄い叫び声を聞いて目を覚ました。

 こっちは、昨日も夜遅くまで渚のゲームに付き合っていたからまだ眠いのだ。

 寝ぼけ眼をこすっていると、ガチャっと扉が開く音。


「葵! 葵はどうだった!?」


 渚だった。

 一応ここ私の部屋……いや、居候だけど……


「どうって……何が?」


「もう! 例のダンジョンのβテストの話だよ!」


「あー、あれ……」


 すっかり忘れてた。落選がどうってのはそれのことか……

 渚が確認しろとうるさいので、私もスマホを確認してみる。


「えっと……この度、あなたはダンジョンβテストプレイヤーに選ばれました……」


 選ばれました……


「これって……当選したってこと?」


「やったね! 葵! 当選だよ! 当選!」


 渚が喜ぶ。そんな選挙でもないんだから、当選って。


「凄いよ葵! 倍率100倍くらいもあったって噂だよ!」


「それどこで聞いたの……?」


 倍率なんて公表されてないからわからないだろうに。

 100倍って、適当な数字じゃない?


「もう! ほんとに凄い確率なんだからね! ほら! ネットでも阿鼻叫喚の嵐だよ!」


 渚がスマホを見せてくれる。

 そこには確かに、落選した人たちの悔しがる声が沢山あった。


「ダンジョンの中を見てみたい……だってさ! 私も見てみたいよ!」


 渚は本気で悔しそうだ。


「あー、じゃあ、私が入ったら動画とか撮ってこようか?」


「いいね! あっ……いっそのこと配信とかしたら? これだけ話題になってるんだからいろんな人が見てくれるかもよ?」


「えっ? 配信?」


 なんか話が……私はちょっと動画撮って渚にだけ見せるつもりだったんだけど……


「そうと決まったら、早速配信用の準備しないと!」


 そう言って、渚は部屋から出ていってしまった。


「……私、まだ配信するなんて言ってないんだけど……」


 そうやって1人、部屋に取り残された私はつぶやくのだった。


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プロットには友人からダンジョンの話を聞くとしかないのに、なんでいきなり居候になったのか、コレガワカラナイ。

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