第18話

 流石に誘拐されるなんて思っていなかった。

 いや、これは誘拐なのか?

 別に拘束されているわけでもないし、目隠しをされているわけでもない。ただ、どこに行くかもわからない車に乗せられて、移動しているだけだ。

 まぁ、それだけでも十分誘拐か。


 どこを走っているか窓の外を見ようとしても、カーテンが閉められていて外が見えない。

 隣には、先程の女の子がまっすぐ前を向いて座っている。

 聞いても答えてくれそうな雰囲気じゃないよなぁ。


「はぁ……」


 ため息をつきつつ、椅子をぽんぽんと叩く。

 かなり柔らかい椅子だ。

 車に乗るときも思ったけれど、これ明らかな高級車だよね?

 女の子の雰囲気からしても、お金持ちのお嬢様って感じ。

 つまり、誘拐の目的はお金じゃなさそう。

 そうなると、ダンジョン関係かな?


 隠蔽に関してはかなり力を入れてたはずなんだけど、どうしてばれたんだろ?

 まぁ、とりあえず、おとなしくしたがっておいて、やばそうだったら最終手段を使って逃げようかな。


 しばらく車が走り、ようやく車が止まり、黒服の運転手が降りて、ドアを開けた。


「どうぞ、降りてください」


 黒服さんが丁寧に僕を降りるように促す。


「あ、はい」


 扱いも丁寧ではあるんだよなぁ。

 車から降りて、なんとなく伸びをする。やっぱり、ちょっと緊張してたのかな?


「ふぅ……」


 えっと、それで結局どこに連れてこられたんだ?

 眼の前には、大きな門に高い壁。率直に言って、豪邸だった。


「付いて来てください」


 いつの間にか降りていた女の子が僕を促してきたので付いていく。

 しかし、本当に大きな屋敷だなぁ。これ、はぐれたら普通に迷いそう。

 女の子を見失わないようにしないと。


 しばらく付いていくと、女の子が扉の前で立ち止まりノックをした。


「お父様、例のお客様をお連れしました」


 お父様?


「うむ、入れ」


 中から男性の声が聞こえてきた。

 女の子が開けて、僕を中へと促す。

 中へ入ると、これまた豪華な部屋。そこには一人の男性が椅子に座っていて、柔和な笑みを浮かべて僕のことを見ている。

 やっぱり見たこと無い人だなぁ。


「どうぞ、こちらへおかけください」


「あ、はい」


 女の子の指示に従って、僕はソファに座る。

 女の子も男性の横に座る。

 ちょうど、男性と女の子と対面する形だ。


「キミが瓜生飛鳥君であっているかな?」


「はい、そうですが……」


「そうか、急に呼び立ててしまって申し訳ない」


 呼びたてるというか……連れてこられたというか?


「えっと、なんで僕はここに連れてこられたんでしょうか?」


 僕が尋ねると、男性は不思議そうな顔をする。


「あれ? 聞いたから来てくれたのではないのかい?」


「え? 何も聞いてませんが?」


 僕も首をかしげる。

 そして、男性の目は女の子に。


里楽りら、何も話さずに連れてきたのかい?」


 男性の質問に、女の子は目を逸した。里楽ってのは女の子の名前かな?

 これ、本当は子から何か説明がある……とかだったわけ?

 思い返しても、なんか説明された記憶はない。


「はぁ……」


 女の子の反応に察したのか、男性はため息をついた。


「すまなかったね。この子はどうも人見知りでね」


 えっ? ひょっとして、喋らなかったのって人見知りしてただけ?


「その様子だと、本当に何も話さず半ば無理やり連れてきたようだね」


 確かに手荒なことはしたくありませんのでとか言われたけど……うん、無理やりだね。


「まぁ……一応、最終的には自分の意志ではありますが」


 なんで僕がフォローしてるんだ?


「まぁ、里楽の事はあとで叱るとして……」


 女の子が驚いた顔をしてるんだけど?

 まぁ、誘拐された側としては、ちゃんと怒られて欲しいよ。


「実はちょっとキミに聞きたいことがあって来てもらったんだ」


「聞きたいこと?」


「ああ、ちょっと、思い当たるフシがあってね」


 うん? 思い当たるフシ?

 てっきり、ダンジョンの技術について聞きたいのかと思ってたんだけど? 違うのかな?


「キミ……勇者カイトという名前に聞き覚えはないかい?」


「勇者カイト……!?」


 僕は思わず声を上げた。

 その名前を僕は聞いたことがある、ただ、その名前を聞いたのは今生ではなく、前世でのことだ。


 つまり、この世界ではなく、異世界でのこと。


 当時、魔族でダンジョンマスターをしていた時の話。戦争を始めた人間族に勇者という存在が現れた。

 その勇者は魔王を討伐するために世界を旅をしていた。


 当然、魔族側の僕としては、魔族と魔王を守るために勇者対策のダンジョンを作ってたよ。

 追い返すのに成功したことも、ダンジョンをクリアされてしまったこともある。

 僕自身は直接会ったことはなかったけれど、その名前だけは毎日のように聞いていた。


「どうやら、知っているようだね」


 男性は僕の反応満足そうに頷いている。


「えっと……?」


 思わず反応してしまったけれど、まずったことをしたかな?

 というか、勇者カイトの名前を知っているこの人は何者?


「そうだね、自己紹介をしようか。僕の名前は、真田海人さなだ かいと。若い頃はルーウェンという世界に勇者として召喚されて魔王を討伐するために冒険をしていたよ」


 ルーウェン……僕が前世で生きていた世界だった。

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