第44話

 朝、カリンはまだ寝てるんだろうなぁ、と思いながら家を出る。

 私はいつも早起きをして、ほんのつい最近まではカリンを起こしに彼女の家に毎朝通っていた。

 けれど今は彼女の家の前を、ただ通り過ぎるだけ。


 夏休みに入ったのに、私がカリンの家へと私服でお邪魔するなんてことはなく、夏休みに入っても制服を着て学校に向かう。


 学校の正門を潜ったころ、もうそろそろカリンは起きれたかな?いや、まだまだ寝てるのかなぁって考える。


 ちゃんと朝ご飯は食べるのかな?

 最近は怠けて朝とお昼のご飯を一食にまとめたりしてないかな?

 家でごろごろしてても良いけど、ちゃんと最低限の身だしなみは整えてるのかな?


 職員室で先生に挨拶をして教室を使う旨を伝える。

 けれど先生と会話しながら考えていることは、カリンのことばかり。


 カリンは夏休みに入ってからどんな過ごし方をしてるんだろう。

 私と違って友達の多いカリンのことだから、きっと楽しく過ごしてるんだろうな。

 あの子の隣に私が居なくても、私なんかが居なくてもきっと何も変わらない。


 もしかしたら彼女からしたら私は、いつも小言ばかり多いくせに人前だと口数が極端に少なくなる難儀な性格をした、面倒くさい女だと思われてるかもしれない。

 もしそうならば、彼女の隣に今、私が居なくてカリンはむしろ喜ばしく思ってたりするのかな?


 あれ?だめだな……。


 いつもいつも。

 こうやって考えていると涙が零れそうになる。


「………書かないと」


 こういうときは気持ちを別の何かに集中させて、気を紛らわせるに限る。

 しかもこうやって気持ちが沈みがちな時には、特にペンが進む。流れ出そうになる気持ちを抑え込みながら、それでもポタポタと零れ落ちる感情の漏れをそのまま文字にすればいい。


 下唇を噛んで。涙をこらえて。


 そうやって苦しめば苦しんだ分だけ、自分でも納得できる文が書けることをつい最近になって知れた。

 この調子でいけば、今回の小説は私の中で一番の出来になるかもしれない。


 夢中になって物語の構想を考え、執筆していたらお昼の時間になっていた。

 お腹がくぅ~っと鳴って、しばらく集中できていたことに安堵する。


 大丈夫。

 この調子で行けば、今日もなんとか耐えられる。


 持ってきたお弁当を一人で黙々と食べながら、頭の隅に追いやろうとしてもそれでも考えてしまうカリンのこと。

 だいじょうぶ。だいじょうぶ。

 そう唱えながら、なんとか今日も泣きそうになるのを必死にこらえる。


 頑張って必死に堪えるけど……。


 でも、やっぱり考えてしまう。


 どうして、カリンは未だに告白の返事を聞かせてくれないのか。

 待つつもりでいるけれど、待つ辛さを知ってほしいとも考えてしまう。


 長ければ長いほど、私の精神はおかしくなってしまいそうで。

 忘れてるのかな?そんなわけないのに、もういっそのことそう都合よく考えてしまいたくなる。


 強がってみたりもするけれど、やっぱり一人は寂しくて、とっても辛いもので。


 

 ―――………


 過る考えを振り払うように頭を横に振る。


 そんなことの繰り返しでお昼ご飯を食べ終えて、また静かな空間で執筆に励む。


 そうして午後も小説を書いていると、ほんとに久しぶりにカリンから電話がかかってきた。


「あぅ……」


 喉からか細い声が漏れる。

 頭を覆いつくすのは数多の困惑。


 どうしよう。出た方がいいよね。

 久しぶりにカリンの声が聞ける。久しぶりにカリンの声を私に向いてくれる。

 彼女の声を聞きたい自分がいる。


 けれど、あまりにも久しぶりすぎて上手く喋れるかどうか分からない。


 これって待ち焦がれた告白の返事なのかな。


 個人的には頑張って勇気を振り絞った告白だから、返事は直接、対面で聞きたいけれど。

 でも通話でって、むしろ脈なしってことだろうから。

 それならそれで、覚悟も決められる。


「………もしもし?」

『……あっ、えと。………スモモ、今なにしてんの?』


 き、聞けた。

 久しぶりの、カリンの声だ。


 少し掠れ気味ではあるけれど、それでもカリンの声を聞けて、ただそれだけでこんなに嬉しくなってる自分に驚く。

 あぁ、ほんとに私は心の底からカリンのことが好きなんだなって感じる。


「………小説、書いてる」

『え、また書き始めたの?最近ずっと書いてなかったからもう飽きちゃったのかと思ってたよ。……あはは』


 カリンは気まずそうだった。

 多分、向こうも告白の返事をまだしてないこと、気にしてるのかな?


 そう思ったら、なんだか申し訳なくなって。

 まだまだ待つから気にしないでなんて、余計に自分の首を絞めるような言葉を言いたくなってしまう。

 私の中では、自分のことよりもカリンのことの方が優先すべきものだから。


「ううん。………飽きたわけじゃない。……ただ、書く暇が無かっただけ。今は、暇しか無い、から」

『っ!』


 あ、失敗しちゃったかも。

 本当に私ってばダメダメだ。今の発言はカリンのことを傷つける言い方だったかも。


 そんなことを考えていると、カリンから今から会えないか聞かれた。


 今、学校にいるって伝えるとカリンのそこからの返事はとげとげしくなったようにも感じた。

 いったい何がいけなかったのか分からない。


 でもきっと私がダメだった。

 私の気遣いが足りてなかったに決まってる。


 カリンに聞かれた。


『スモモ、うちのこと好きなんだよね?』


『ほんとに好きならさ。……こうしてうちからじゃなくって、スモモから連絡してきたりするもんなんじゃないの?ふつうは』


『ねぇ、スモモ。答えてよ。スモモはうちのこと好きなんだよね?』


 私は泣いていた。

 怒らせちゃった。カリンを怒らせてしまった。


 前まではカリンが怒っても私も言い返したりしてたけど、今はとてもそんな風にすることは出来なくて。全部私が悪いって考えちゃって。



 苦しい。



 そう思った。


 こんなに苦しいなら、もう今日、はっきりさせたい。

 この気持ちを、全部伝えきって、すっきりしたい。

 そしてあとは、思いっきり泣きたい。


 だから私は言った。

 泣いてることを悟られないように。


「………カリン、好き。それを証明したいから、私も、……今から会いたい」

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