第41話

 夏休みの序盤。

 サライというVtuberがネットに動画は良くも悪くもネット民に大いに注目されてしまった。

 ボクも動画を見たけれど、サライという男は動画内でがっつりとツィアさんの名前を出し、それが嘘か本当かもわからない段階でかのようにSNSに動画を投稿してしまったのだ。


 これはダメだ。


 件の動画は瞬く間に拡散されていった。

 内容が内容なので興味を抱く人も多いのだろうし、純粋にツィアさんの知名度が彼女のフォロワーの数よりも圧倒的に高かった結果とも言えてしまう。


 兎にも角にも、サライが投稿した動画によってネットは一時的に大きな戦争が起こった。ソースの分からない動画を鵜呑みにしてツィアさんを叩く者たちと。

 ツィアさんを擁護し確たる証拠も無いのに自分の知名度を上げるために変な動画を投稿したサライを叩く者たち。

 しかし一番重要なのは、ここまで事が大きくなってしまえばもう情報が嘘か本当かなんて言うのは関係なくなってしまったということ。


 もはやこれはツィアさんにとってのデジタルタトゥーと言ってもいい。

 サライという男は自分が注目を浴びるために神絵師を一人潰してしまったのだ。


 そうなってしまえば、次に何が起きるのか。


 ボクの予想通り、『はぴぷれ』の代表取締役兼社長の久我さんから連絡が来てしまった。

 その内容はきっとツィアさんとの約束の期日が近づいてきてるよ、とかそんな腑抜けたことじゃないはず。


 案の定だった。


「こうなってしまえば、もしツィアさんがファブゼロくんのガワを受け入れてくれたとしても、君は断った方がいい。今の彼女の炎上がいつまで続くかは分からないけれど、火は小さくなっても消えることは無いだろう。このままの状態でファブゼロくんがVtuberとしてデビューしてしまったら、きっとその火は君にも飛び火する可能性すらある。そういった可能性が少しでもある場合、もう僕らは君を守らなくちゃいけない責任があるから、勧めることは出来ない」


 そう言われてしまえば、向こうはボクのこと思っての提案なわけで無碍にすることは決して出来なくなってしまう。ただ、これだけは確認しなくてはならなかった。例えもう関係ないにしても、知っておきたかった。


 ボクはスマホを口に近づけて、恐る恐ると言った感じで電話口にいる久我さんに問う。


「ツィアさんから、連絡はありましたか?」


 コミュ障陰キャのボクだけれど、今回は一周まわって冷静になり殊の外スムーズに言葉を口にすることが出来た。


「………うん、あったよ」

「その、あの内容は事実なんですか?」

「ファブゼロくん、さっきも言っただろう?もうその情報が嘘かどうかなんて関係ないレベルまで事は大きくなってしまっているんだよ。それは君も理解してるだろう?」

「でも!そうであったとしても知りたいんです。ボクだって無関係ではないんですし、知る権利くらいはあるでしょう?」

「………結論から言えば、…………あのサライという男があげた動画の内容はデマだった。嘘だった。取り上げられてたニマニマ配信者も全くツィアさんとは無関係の別人だった」

「そう、ですか……。あ、あのっ」

「………どうしたんだい?」

「その、もう一度、ツィアさんに会うことは出来ますか?」

「…………まぁ、そうだね。どっちみち一回会っとかないといけないよね」


 通話でそのようなやり取りを久我さんと終えたボクは、考えた。


 どうするべきなんだろうか。

 まだツィアさんと話し合っていない段階で決断するのは早い気もするけれど、言い分としては久我さんの言う通りでもある。これはボクだけの問題ではもう無くなったのだ。『はぴぷれ』という大手企業、つまり団体に加入を決めた時点でボクの行いの責任はボクだけのものでは無くなってしまったのだ。

 ならばボクが取るべき正しい行動はツィアさんの炎上に極力関わらないようにすること、なんだけど………。


 本当にそれが良いのかどうかは分からなかった。


 とりあえずツィアさんともう一度会ってからまた考えるべき。そう判断して翌日のこと。

 ボクは三度目となる『はぴぷれ』の事務所があるオフィスビルに足を運んでいた。


 そしてとある一室でボクと久我さんはツィアさんと対面に座って、言葉を探していた。何から始めるのが正解なのか、それは大人である久我さんすら考えあぐねている様子だった。しかしながら、いや、だからだろうか。

 最初に口を開いたのはツィアさんだった。


「まず、このような事態になってしまって、本当にごめんなさい」


 彼女が謝ることでは一切無いはずなのだけれど。むしろ彼女こそ第一被害者なのだけれど、社会には時として自分が悪いことでは無くとも謝らねばならない時があると、今この場でボクは学んだ。


「拡散されている動画の内容に関しては、あれは事実ではありません。あのニマニマ配信者と私は無関係です。……けれど、その、無関係ではあるんですけれど否定しきれない内容でもあるんです」


 彼女は語った。


 かつて彼女は離婚をしており、まだ幼い我が子の親権を譲ってしまったことを。その無責任さを自身で後悔し続けているということを。それが今回の動画で再び心に大きな傷を抉られた気分だということを。


 そして、


「私は今回の件を、自分の罪として向き合わないといけないのかもしれません」

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