第38話

 修学旅行も終わり、もうすぐ夏休み。

 あと一学期で残っている学校行事と言えば、それは定期考査のみとなる。


「カリンは化学と地学どっちにすんの?定期考査」

「えっ、な、なに?」

「だーかーら、今回の定期考査から選択科目増えるじゃん?理科はどっちにすんの?」

「あー、………うちは地学かな。アリサは?」

「あたしは化学。兎月も化学だもんね」

「う、うん!……ボク、冬から始まる文理選択で理系コースを選ぶ予定だから、今の内から化学頑張らないと」

「んね!あたしもその予定だから、一緒に頑張ろうねぇ~兎月♪」

「あ、う、うん!」


 修学旅行を挟んで、ウヅキとアリサの仲は余計に親密になった気がする。気のせいかも知れないけれど、それを羨ましいと思う。

 そんな仲の良い二人と、当たり前のように笑顔を振り撒いてお喋りするカリンにはむっとしてしまう。

 ………べつに、アリサとかウヅキだって私の大切な友達だし。それは私こと立村たちむら すももにとっての幼馴染である安島あじま 花梨かりんにとっても全く同じことが当てはまるであろうことは理解している、つもりでいる。


 けれど毎度毎度思ってしまうのだ。感じてしまうのだ。


 この身の内側から沸々と湧き上がる醜い嫉妬という感情を。

 あんまり私以外の子と仲良くしないでほしい。でも昔の私みたいに孤独でいるカリンの姿なんて見たくない。けれど私しか見て欲しくない。他の子を見ないでほしい。


 嫉妬の矛と理性の盾がぶつかりあって、それは毎回私の暗い思考をぐちゃぐちゃにして戦いを終える。


 いっそこの自分には身に余る感情の波を、今書いている小説のネタにしてしまうのはどうだろうか。中学生の頃に書き始めて、これで最後と紡ぎ始めた文章は未だに未完成で、小説の登場人物は未だ人間の心の奥深い場所で溺れたまま。

 この、今私が感じている気持ちを文字に起こせば、起こすことが出来たら、物語の終わりは見えてくるのか。見えてしまうのか。


 ………少しだけ、怖い。


「ところでさ。いい加減、聞いてもいい、のかな?」


 アリサが声量を幾つか落としてウヅキとカリンに近寄る。

 私はそれをちらりと盗み見て、その幼馴染との物理的な距離の近さにまたむっとする。


 そう、私は今、彼女たちのコソコソ話が聞こえない位置にいる。

 アリサはきっと今、「どうしてスモモはあたしらと距離をとってんの?」とかそんな感じの内容をウヅキとカリンに話してるに違いない。

 それに対してきっと私の幼馴染は、「あ、あははー」って困ったように曖昧な笑みを浮かべるんだ。


 ……好きだから、彼女のことは分かってしまう。


 本当は今もカリンを監視したい。カリンのすぐ隣で彼女の腕に自分の腕を絡めたい。そのまま離したくない。カリンのリードは常に私が握っていたい。


 けど、私はカリンのことが好きだから。大がつくほど好きだから。

 困らせたくない。


 修学旅行。二日目の夜。

 私は起こりうる魔法マジックに期待してカリンに告白なんてものをしてしまったから。この気持ちは墓まで持って行こうと決めていたのに、つい伝えてしまったから。

 カリンは絶対に今、私と距離を置きたいはず。私のことを改めて観察して、考え直す時間が必要なはず。


 それはあの夜。


『………か、考えさせて』


 というカリンの苦しそうな悲痛な表情が物語っていたから。


 私はそれまで、良い子にして待つと決めた。

 例え寂しい思いをしても。例えまたひとりぼっちになったとしても。

 好きな人をこれ以上、困らせたくないから。



 あぁ、小説の続きを考える時間なんて、久々だなぁ。


 ◇ ◇ ◇


 ずっと傍にいてあげたいと。ずっと一緒だよと誓ったはずなのに。


 その誓いは何のためか。

 ひとえ


 けれど、うちは今、幼馴染であり親友でもある大切な女の子の心を傷つけている。「考えさせて」と、ただ先延ばしにする行為で彼女を苦しめている。あれから三日も。ずっと、ずっと。彼女に寂しい思いを、他でもない、うちがさせてしまっている。


 好きと言われた。

 もっと見て欲しいとも言われた。


 そんなことは初めてのことで。不覚にもキュンとしたことは内緒だ。

 そういうシチュエーションに憧れたりもしてた。きっと相手が、うちは思わず咄嗟に頷いていたかもしれない。

 けれど、そんなうちの憧れの初めては女の子からだった。それも大切な幼馴染で親友だと、これからも一緒にいるものだと思っていた女の子から。


 どうしよう。

 どうするのが正解なんだろう。

 彼女にどう応えてあげればいいの?


 わからない。

 わからないけれど、今、うちがこれだけは確かだと言える、分かったことがある。


 これまでスモモとは、なんだかんだ色々あったにしても、最終的にはずっと隣にいた。一緒にいることが当たり前だった。

 だから、なのかな?


 ………スモモと距離を置くことが、こんなに私の胸にぽっかりと穴が開いたような感覚にさせる行為だなんて、知らなかった。

 今、うちはとっても寂しいと思っている。

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