第33話

 久我さんに「とりあえずファブゼロくんも席に着いたらどうだい?」と提案されてボクは久我さんの隣、人一人分のスペースを空けてその質の良いソファーにおずおずと座る。


 向かい側にツィアさんも着座して、あらためてボクは彼女をまじまじと見つめる。


「………中学生、かしら?」


 ツィアさんは気まずそうに久我さんへと尋ねた。

 高校二年生が中学生だと思われたことに多少なりともショックを受けるけれど、でも確かにボク他の同年代と比べて小柄だし、童顔だし。


「一応、高校生です。それも二年目だったりします」

「あっ、………ごめんなさい。その、想定よりも随分とその、可愛らしい見た目の女の子が現れたから、勘違いしちゃった」

「あ、あはは。だいじょうぶ、です」


 可愛らしい見た目……。

 今日のボクの服装はママと最近少しマセてきた妹の紅葉くれはに選んでもらったんだけど、どうやら今日のこのコーデはボクが着るとより一層幼く見えてしまうらしい。


「時間も有限だし、本題に入ってもいいかな?」


 久我さんが仕切って話を進めてくれる。

 アイコンタクトを久我さんからもらったツィアさんは真剣な顔でボクを見る。それに合わせてボクも今から言われることが今後に大きく影響するだろうことを予期して真剣に構える。


「まず、私がファブリーズ・ゼロキャノンさんのVtuberとしてのガワを描くことに対して。結論から言うと決めあぐねています。理由は私の個人的な問題になりますが、どうしてもを好きになれないからです」

「っっ!」


 それは過去のボクが恐れていた言葉。

 今のボクが配信やSNSでコメントしてくれているフォロワーさんの言葉を鵜呑みにして現状に甘えて忘れていた言葉。


「実は私、プライベート用のアカウントでファブゼロさんのことフォローしてるんですよ。しかも二桁代の頃から。……フォロワー数三桁前半ぐらいまでの、あのファブゼロさんの配信の雰囲気がすっごく好きで、あぁやってお酒を飲みながら好きなものを文字と声で語り合って、ワイワイ盛り上がる小さな集まりみたいなの、ほんとに日々の癒しだったんです。私の数少ない好きなものの中に、あの頃のファブゼロさんも居たんです」


 ツィアさんが語る言葉が、まるで鈍器みたいに形作られボクの頭を叩く。そしてジワジワと一つ一つの有り得る可能性がボクの中に浸透していく。


「けれどあのが起きてから、私はあなたの配信が楽しめなくなってしまった。それどころか、あの頃一緒に好きな話で盛り上がった古参の方たちがを難なく受け入れてしまったことに怒りを抱いてしまった。とても癒しだとは思えなくなってしまった。………もうすぐ描けそうだったあの子の笑顔も、一気にまた分からなくなってしまった」


 ジクジクと胸が痛む。

 これがボクの知らないままでいた真実。温かいだけじゃない古参の方々の意見。それも理不尽なアンチじゃなくって、本来ならもっと早めに想定して受け止めなければいけなかった意見。


「そしてまた癒しの無い日々で淡々と絵を描くことを繰り返していたとき、ハッピープレゼントVtuberプロダクションの久我 蓮治さんから連絡があったの。あなたがVtuberになるからガワを担当してくれないかって。………最初は断ってしまったけれど、今は条件次第だと思ってる。ねぇ、ファブゼロさん。また、ボイチェンを使った声だけのあの頃に戻ってくれないかしら。あの頃のファブゼロさんにだったら、あなたが望むどんなガワも描いてみせるから」


 そう言ってツィアさんは終始真剣な表情をしたまま、最後にボクに頭を下げた。


「お願いします。ファブリーズ・ゼロキャノンさん。………また癒しがあれば、今度こそ、描けそうなんです」


 ボクもすぐには決められないので、少しだけ時間をください。


 ボクがそう言うとツィアさんは了承し、久我さんが間を取り持ってくれて一ヶ月の猶予をもらうことになった。


 ◇ ◇ ◇


 そして今、ツィアさんが別れ際に「私のことは気にせず、この猶予期間は好きに配信してください。私は別に今のファブゼロさんがので」と言ってくださったのでボクはいつも通り配信をしていた。


 二十時をちょっと過ぎたあたりで配信部屋である自室から出ると、「おねーちゃん!」と元気な声がボクを呼ぶ。

 その可愛らしく天真爛漫な声の主はタタタっと家の二階の廊下を駆けると、勢い良くボクに突進、紛いのハグを要求。


「ぐへぇ」

「ひゃはは!おねーちゃん変な声ー!」

「こーら。人のコンプレックスをからかったらダメって、いつもお姉ちゃん紅葉に言ってるでしょ」

「いひひ!はぁーい!」


 ボクの胸にぎゅむぎゅむと顔を押し当てて、幸せそうな顔で幸せそうな声を出す妹。

 ほんと、こんなボクの胸の何が良いんだか。


「やわぁかーい!おねーちゃん、一緒にお風呂はいろ!」


 ……やわらかいのか。紅葉はボクの胸の感触が大好きみたいだ。

 お風呂で裸になっても紅葉は問答無用で抱き着いてきそうだけれど、ボクはそれでも久しぶりに入るかーみたいなノリで一緒にお風呂に入ることにした。

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