第二章
第31話
小説を書き始めてどれくらいになるだろう。
初めて小説、と言えるレベルでは無いにしても創作として文章を書き殴ったのは中学一年生の頃。
もっと遡れば、初めて活字だけの小説を読んだのは小学四年生の頃。それで、小説にどっぷりとハマったきっかけは多分、江國香織さんの作品だったと思う。国語の教科書に載ってる『デューク』じゃなくて、短編集の中にある『スイート・ラバーズ』ってお話。
あれが、とても好きで。素敵で。薄透明な夏の景色を連想したのを鮮明に覚えている。
私の中学校生活は物静かなもので。
そんな小学四年生の時に感じたあの夏を想起させる文を、言葉を、描けるように、書くために時間を費やした。消費した。浪費した時間も数多だ。
そして時間をかけて自分が書く言葉たちと向き合っていると、自ずと見えてくるものがある。
それが、『好き』や『憧れ』じゃどうにもならないと思わせる『才能』の壁。
私には文才が無いのかもしれない。
書くのが辛い。ちっとも楽しくない。
好きでいられない。
文を読むのと文を書くのとでは雲泥の差があった。
【恋する深海アンドロイド】
中学三年生、夏。
幾つもの小説を公募に出しては失敗に終わって、もう書くのもこれで最後と書き始めた、私の描く物語。
溺れそうな日常で、ちっとも楽しくない毎日。
ただ誰にだって転機というものは訪れる。そこに私も漏れなく含まれていたことを実感する。
才能の無さを噛みしめながら物語を書いていた私に、
その子は家が隣同士で親と親の仲が良いものの、幼馴染という肩書きだけ付随した特に仲のよくない女の子。
「ずーっと暗い顔してるよね。好きなこととか無いわけ?」
「………うるさい。……おまえみたいに、みんながみんな、………友達と、ワイワイ出来る性格だと、思うな」
「なーにー?それぇ?まるであんたには友達がいないみたいな言い方じゃん」
「………私なんかに、友達なんて出来るわけない。……こんな、日頃から何を、考えてるか分からない、ような、やつ」
「じゃあ、友達は欲しいの?」
「…………………欲しいに、決まってる。……辛いとき、一人は寂しい」
表情筋が乏しくて、ゆえに不愛想で。
周りの人に声をかける勇気もなくて。
ただぼんやりと、私はこのままずっと一人で本と暮らしていくんだと。そんな漠然とした未来を予想していた私に、彼女は「あのさぁ」と苛立った声を遠慮もなしにぶつけてくる。
「なに?それ。じゃあ、うちがずっと中学校に入ってからあんたを見守ってきた時間は無駄だったってこと?もっと言えば、うちはあんたにとって友達ですら無かったってこと?小学生のとき、あんなに二人ずっと一緒にいたのに?」
「………それはだって―――」
中学生になって、最初に離れていったのは、そっち――
「本当にあんたが寂しいって思ってて、辛いときとか悩んでいるとき、今まで寄りかかれる人がいなかったのならさ。またうちの傍にいなよ。これからはまた、昔みたいに二人でいようよ」
この時、私は光を見た。
彼女という光によって彩りが確かに生まれた、その瞬間だった。
彼女の名前は、
高校二年生になった今、
◇ ◇ ◇
〈おまいらの理想のヒロインを教えて〉
コメント
:待ってました!
:きたぁあああ!
:きたぁあああああああ!
:今日もおじたんボイス?
:待ってましたぁあああ
:挨拶すっとばして飛んでくるおそろしく速い急な質問
:オレでなきゃ見逃しちゃうね
:最近おじたんボイス多くない?地声のが需要あると思うんやけど
:【10,000円】やっぱりこっちの声の方が古参のぼくからしたら馴染み深いからいいな
:まぁ感じることは人それぞれやな。ちなみにワイの理想のヒロインは小さくてデカい子やな
:↑わかる。ツンデレだと尚よし
:ぺちゃぱいも甲乙つけがたいぞ
:わかる
:どちらかと言えばぺちゃぱい
:あたしは小動物みたいにおどおどしてて、懐いたらとことん甘えてくる子が理想のヒロインだと思う
:↑めちゃめちゃ分かるわよ!言語化ありがとう!
:と言うか私らも人のこと言えないけど、ぺちゃぱいだのデカさだのツンデレだので盛り上がる客観的に見たオタクってどこまでも醜いわね
:ぐはっ!
:死ーん、、、、
:それは刺さる、、
「あははっ!まぁ、そんなオタクの鑑みたいな理想も愛おしいとボクは思うけどね」
:急な萌え声の暴力
:かわいいの供給過多
:っぱ地声が最高なんよなぁ!ファブさんは
:て、天使?
:最高級にかわいい天使から今、ワイら愛おしいって……
:こ、告白された?
:↑流石にキモいぞwww
:あたしもやっぱりオタクって愛おしい存在だと思う!
:おねーさんもそう思うわ!共感でしかない!
:私も!ファブちゃんの言ってることなんでも共感しちゃう!
:手のひらくるっくるで草
:オセロみたいになってて草
「ほんとは、キモオタおじたんボイスを使わなきゃいけない理由があるんだよねぇ」
ボクの自室、つまり配信部屋にて、盛り上がるコメントたちに気づかれないほどの小さな悩み事を乗せた言葉が、やけに静かに虚しく響いた。
事の経緯は数日前に遡る。
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