第27話

「ごめんね。紅葉くれはの我儘に付き合わせちゃって」

「全然いーよ。てか実際、仲睦まじい姉妹の大切な自由時間を奪っちゃったのはあたしの方だし。クレハちゃんがあたしを嫌がるのも当然だよ」

「え、ボクが誘ったんだからそんなこと言わないで、ほしい」

「あ、ご、ごめん!」

「ううん。………でも本当に今日は楽しかったから。紅葉もなんやかんや言ってもすごい楽しそうだったし。だから汐凪さんにも罪悪感なんて抱かないで、楽しかったって思ってもらいたい、かな」


 時刻は22時。

 クレハちゃんはあたしらと沢山遊んで、遊び疲れて今は兎月のお母さんにお姫様だっこされて違う部屋に運ばれていったところ。

 もう夜も遅い時間だから、今日は泊まっていけば?と兎月のお母さんに提案されたけれど、それは丁重にお断りさせてもらった。

 もうすぐ帰る。けれど、その前にあたしがここに来た目的を果たさないといけない。


「それで、あの、昨日トークアプリでも話したと思うんだけど」

「あ、うん。……なにか、お願いがあるんだよね?」

「そう」


「「…………」」


 いざこうやって兎月と向き合って、彼女から真摯になんでも受け止めてくれそうな目で見られると。

 あたしはどんどん体内の奥底に眠るハートがぐつぐつと煮え滾ってきて、かぁーっと身体中が燃えるように熱くなりだしてくる。


「その、ま、まずお願いの話に行く前にせ、説明したいことがあって」


 さて、昨日から。いや本当はしばらく前から徐々に燻りだしているこの感情を、気持ちを、どうやって兎月に説明すればいいのか。


 ちょっと前から兎月のことがたまらなく欲しいと思ってるって?

 ―――だめだめ。そんな彼女をまるで物みたいに言うことなんかあたしに出来ない。それにこんな醜い独占欲なんか伝えられたところで、兎月だって迷惑。


 兎月が他の子と仲良さそうにしていると息が詰まりそうなほど胸が苦しくなるって?

 ―――いやだめでしょ。こんな相手に嫉妬駄々洩れとか、兎月だって気まずくなるだろうし。なによりこの醜い独占欲を彼女に知られたくない。


 って、また独占欲か……。


 カリンやスモモにも抱いている【友愛】という名の愛情。

 けれど、それとは比べ物にならないほどあたしが兎月に対して抱く【友愛】は莫大なもので。

 なにこれ。あたしって友達相手に重すぎでしょ。


「ふっ。……ふふふっ。くふっ」

「えっ?…………う、兎月?」


 悶々と。兎月に何から何をどう説明すればいいのか唸っていると。

 正面に座る兎月が顔の下半分を手で覆うように隠しながら必死に笑うのを堪えていた。

 我慢しすぎて顔が真っ赤になってる。


「いや、あの!ふふふ。ご、ごめんなさい。くふっ。わ、笑うつもりはなかったんですけど」


 兎月は感情の起伏が極端になると、たまにこうやって前みたいにあたしらに対して敬語になる。多分、普段から使ってる砕けた口調は意識して使っていて、それがあたしらに心を許してくれていて、距離を縮めようとしてくれているように感じられてすっごく嬉しい。


「なんだか、今の汐凪さん、ボクみたいなコミュ障と変わらないなと思いまして。あはは!」


 そう言って彼女は堪えきれない!と言わんばかりに声をあげて笑い出す。


「あ、あはは。そ、そうかな?」


 なんだか、そんな風に声をあげて笑う無邪気な彼女を見ていたら、ごちゃごちゃと難しく考えすぎている気がしてくる。

 彼女には案外、素直に思っていることを口に出して伝えてみてもいいのかもしれない。そ、それに、兎月だって昨日、トークアプリであたしに“好き”って言ってきたし。


 そうだ。

 そうだよ!そういえば兎月だってあたしに好きって伝えてきていた。まずは彼女はどんな気持ちであたしに好きと言ってきたのか。それから聞いてみよう。

 もしかしたら、彼女の好きを聞いたらあたしのこの感情にも、もっと明確な名前が付けられるかもしれない。


「あ、あのさ。昨日、兎月があたしにトークアプリで好きって送ってきたじゃん?あ、あれってどういう意味、なの?」


 どういう感情が、気持ちがあって兎月はその言葉を選んだのか。


 彼女はあたしの質問に、笑うのをやめて「うーん?」と首をかしげる。首をかしげて、真剣に考えている。

 もしかしたら兎月も、自分の気持ちがあたしみたいによく分かってないのかも。よく分かってないけど、“好き”という言葉を選びたくなったのかも。


「正直、ボクって家族以外の誰かに好意的な感情を抱くのって小学校以来だから。自分でも戸惑ってばかりなんだよね。でも、なんか、汐凪さんといると、家族とはまた違った“温かさ”を感じて。汐凪さんに触られると頭がほわほわして。胸がきゅってなったりもして。………いろいろあるけど、結局ボクが思うのは、汐凪さんといると安心するの。ずっと一緒にいたいって思うの。えへへ///なんか、恥ずかしいけど。でもこれって多分、ボクが汐凪さんを『親友』だと思ってるから、じゃないかなって。汐凪さんはボクにとって一番の友達だから。好きって気持ちが沸き上がってくるんだと思う」

「………そ、そっか///」

「う、そ、そうです///」


 そっか。

 やっぱりそうなんだ。


 やばい。


 なんか、めちゃめちゃ恥ずかしい。

 多分だけど、今のあたし、顔めっちゃ赤い。


 兎月とあたしの感情は、やっぱり同じだった。

 きっと言葉が出てきてないだけで、彼女のその気持ちも【友愛】。あたしと思ってること、感じてることがそっくりで。それを言語化してくれて、あたしの心は今とてもすっきりしている。


 そしてそれと同時に、あたしもその言葉を言っていいんだって思えた。

 今なら。兎月になら言える気がした。


「兎月。あの、あのね?」

「う、うん」

「その………」

「………」

「あたしも、兎月のこと、好きだよ//」


 やっぱりお願いは予定通りに修学旅行の最中に言おう。


 そう心に決意して。


 いよいよあたしたちにとっては待ちに待った。

 修学旅行というイベントがやってくる。



〇  〇  〇

今回のお話では、「そうじゃないんだけど、今はそれでいいのかもしれない」みたいな兎月と有理沙の気持ちが一歩前進した回でした。

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