第26話

「お、お邪魔しまーす!」

「いらっしゃい!汐凪しおなぎさん」


 何故かもう心の中では兎月うづきの家に遊びに行くことなんてしばらく無いと思っていた。少なくとももうすぐ始まる修学旅行までは、行くことはないと思っていたのに。


「ぶぅー!おねーちゃん!どーしてまたこの人がうちに来るの!!!」

「こら紅葉くれは!人のこと指さしちゃダメでしょ!」

「なんで!この人には大丈夫だもん!!」

「指さしても大丈夫な人なんていません!これはモラルの話!」

「もらる?ってなに!クレハにも分かる言葉使ってよおねーちゃん!!」


 あたしの前で仲睦まじい姉妹喧嘩が繰り広げられている。


 兎月の妹のクレハちゃんは前回、あたしが初めて兎月の家にお邪魔した時にもの凄く嫌な顔をしていた。明らかに彼女からは歓迎されていなかった。

 それもあってか、勝手にあたしはもうしばらく時間を空けないと兎月の家には行けないと思い込んでいたのかもしれない。


 けれど予想に反して、あたしは今こうして兎月に家へとお呼ばれされている。


 理由は……。

 昨夜に兎月に送ったメッセージ、かな。


『今日の配信見たよ。まおりんとは凄い仲良くなれたんだね。お互いに親しそうな 呼び方してたし。

まぁそんなことは置いといて、じゃん?

みんなには内緒なんだけどさ、あたしのお願い、聞いてくれないかな?』


 ………いやいや。いやいやいや!

 昨晩のあたし、キモすぎでしょ。なにが「まおりんとは凄い仲良くなれたんだね」なの!?嫉妬駄々洩れじゃんか。恥ずかしすぎるって。おまけに「お互いに親しそうな呼び方してるし」って拗ねた言い方までしてるし。きもっ!きもすぎあたし。メンヘラかよ。自分のメンヘラほど客観的に見て気持ち悪いことは無いよ。ほんっと最悪だよ!


 昨夜は自分でも確かに少し気が急いていたのを覚えている。

 焦ってしまったのだ。明確に。

 昼間のスイパレでの兎月と『まおりん』の距離感を肌で感じて。

 夜の配信では兎月と『まおりん』の二人の間だけにある確かな絆を感じた。



 



 最低だと、昨夜はどうしようもない自己嫌悪を抱いた。

 だって兎月は誰のものでもない。たった一人の人間。それなのに、何故かあたしは「盗られる」なんて、そんな兎月をまるで私物化してるみたいな発想が真っ先に頭に浮かんでしまったんだから。


 そしてそんな考えが最低だと頭で気付いている一方で。

 あたしの頭は兎月が自分に少しでも気を向けるための行動せんりゃくもたて始めていた。つくづく自分に嫌気がさす。


 まさかここまで自分が独占欲が強いとは思ってもいなかった。


 兎月には、あたしを一番に考えてほしい。

 これは別に恋愛感情があるとか、そういうのでは決して無いと、……そう思っている。

 ただ、兎月が少しでも前向きに一歩一歩、着実に進み始めているのは少なからずあたしの存在も影響しているという、『自負』があるから。


 それを幾らあたしにとっての『最推しまおりん』と言っても、そんなすぐに距離を詰めて欲しくはない。


 これは、そういう嫉妬。

 恋愛感情は、ない。

 あるとすればそれは、【友愛】。


 ……兎にも角にも、あたしの小賢しい頭は打算的な計画をたてて。あたしは感情が追い付かないチグハグなままに行動に移した。

 その結果があのメッセージ。

 まぁ、そのメッセージに対しての兎月の返信がこれまた予想外のもので、今こうして気持ちの整理が出来てないままに兎月の家に再び訪れてるわけなんだけれども。


『今日も配信見てくれてありがとう汐凪さん。

汐凪さんのお願いならボク、なんでも聞くよ!

あっ

できないこともあると思うけど、それはそれで頑張るから!』


『ありがとう兎月。

でもなんでも聞くよとか、あんまりあたし以外の人に軽々しく言っちゃダメだからね?』


『えへへ。ごめんなさい。

でもボク、汐凪さんに言われたら、ほんとに何でもしちゃうくらい、汐凪さんのこと好きだから。


それじゃあ、明日の放課後ボクの家でよろしくお願いします!』


 画面越しにメッセージを打ち込む兎月の表情を、「好きだから」という文面から想像して、あたしの頭の中は一気に真っ白になったのだ。

 だから、思考が再び巡りだした頃には、もう既に無意識のうちにOKというスタンプを打ち終わってしばらく時間が経過していて。


 今日の学校でも、トークアプリの兎月のやりとりの文面に残る「好き」という二文字が頭を過って、兎月を前にすると急に何を話せばいいのか分からなくなって。


 結果、今に至る。

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