第22話

 ボクは最推しの声優である『まおりん』とスイパレに来ていた。

 ただし一つだけ注意するならば、彼女はボクを『ファブゼロ』の中の人と認識していない。同じ待ち合わせ場所にいて、偶然ウェイ系の男の人たちに絡まれていた哀れな女の子。それが今の彼女が抱くボクの印象だと思う。


 最初のほうはボクも『まおりん』に嘘をついてしまったことを凄く後悔していた。もしかしたら嘘なんか吐かずとも、あの場でトークアプリでも何でも使って彼女に「ボクがファブゼロだ」と伝えることも出来たんじゃないか、と。

 しかし彼女とスイパレで楽しい時間を過ごしていたら、そんな罪悪感よりも楽しいという感情の方がまさっていった。


『まおりん』はボクに、ずっと笑いかけてくれる。


 もう別に彼女がボクを認識していなくとも、こんなに楽しければいいのでは?と後先を何も考えずにそんなことを思っていると……

 そんな楽しい時間は一瞬で修羅場と化す。


「追川っちー!まじで偶然昨日ぶり!!」

「ちょ、カリン!兎月の連れの方もいるんだから、邪魔したら迷惑でしょ!」

「………ばかカリン」


 そんな調子でボクに声をかけてきたのは、つい昨日一緒にショッピングした汐凪さんに安島さんに立村さん。


 どうしてここに?とかは思わなかった。だってここは『スイパレ』である。華の女子高生、特に彼女たちみたいな陽の子たちが来ていてもなんら不思議じゃない場所なのだ。


追川おいがわっちって、君のこと?お友達とかかな??」


 始終ニコニコと笑顔でいた『まおりん』も、安島さんたちが急に話しかけに来たことに驚いているのか、なにやら表情が固い様子だ。


「あ、はい。えと、名乗らなくてごめんなさい。ボク追川って言います。追川 兎月うづきです」

「いや全然いいよ!むしろ今日知り合った人にいきなり名前を教える人のほうが不用心じゃない?」

「あっ、たしかに……」

「あはは!でも安心していいんだよっ!だって私は追川ちゃんみたいな可愛い女の子の安全で善良な味方だから!悪さなんて何もしないと“この声に誓うよ”!」


 そう言って『まおりん』は胸を張って自信満々にポンッと自身の拳で胸を叩いた。

 この声に誓うって、本人が隠しているのかどうかは分からないけれど、と感じる。


「あれっ!?この声って………」


 汐凪さんが『まおりん』を見て、次にボクを見て、を何度か繰り返す。

 そして最後には「推しのオフコラボ!?」とか言いながら顔を真っ赤っかにして悶えていた。

 あはは。確かに汐凪さんはボクが『ファブゼロ』であることを知ってるし、そういえば『まおりん』が推しの声優だとも言っていた。声優ラジオとかを良く見る人ならここまで彼女に近づけば、声も相まってその正体にも気付けるんだと思う。


 そりゃこういう反応になってもおかしくはないよね。

 自分が汐凪さんの『推し』になれているかは自信が無いけれど、こういう反応は素直に言うとすっごく嬉しい。


「アリサはどうしたん?」

「………顔が赤い」


 まぁ、事情を知らない安島さんと立村さんからは不思議に思われてるけど。


「(推し、ねぇ………)」


 急に汐凪さんたちが声を掛けてきたことには驚いたし、焦ったけれど。

 思えば『まおりん』はまだボクが『ファブゼロ』だと気付いてないわけで、僕の実名が知られたところで痛くも痒くもない。汐凪さんしかボクの両方の名前を知ってる人がいないことを考えると、汐凪さんにさえ事情を話せば何とかなるということになる。


「汐凪さん汐凪さん!」小さい声


 ボクは未だ興奮気味な汐凪さんを小声で呼びかける。

 そして彼女がボクの呼びかけに気が付いたら、スマホを見てというジャスチャーをした。

 トークアプリで汐凪さんに今の事情を説明する。

 今日は前から配信でも言っていた『まおりん』とのプライベートデートだということも。


『まおりん』は名乗りこそしないものの、安島さんや立村さんにボクと『スイパレ』に来た事情を簡潔に説明していた。

 その隙にボクは一通りの事情をメッセージで汐凪さんに伝えることが出来たから良いのだけれど……。汐凪さんからも「OK!」というスタンプで了承をもらえて良かったんだけれども!


 なんだかボクが意識を『まおりん』に向けたときには、彼女は安島さんたちにとんでもない説明をしていた。


「デートぉお!?」

「……これはびっくり」


「あはは!そうなの。実は私、兎月ちゃんに一目惚れでさぁ。今は兎月ちゃんに私を好きになってもらうためのデート中♡」


 語尾に♡をつけた、声優ならではのお姉さんボイスで『まおりん』はそんな話をいた。


「……あれ?」


 ボクがこの場をどう収拾しようか慌てて考えていると、先ほどまでトークアプリでやりとりしていた汐凪さんが唐突に辛そうな表情をする。

 彼女のそんな表情は珍しくて、ボクも少し心配になる。


 でもそんな辛そうな表情も一瞬で、汐凪さんは何故か、今言うことでもないだろうにボクの頭に手を伸ばして微笑んだ。


「そういえば、髪飾り、つけてくれてるんだね」


 ボクは無性に照れくさくなって、ただ「えへへ」とはにかんだ。

 スッと目を細める『まおりん』には気がつかなかったのだ。


 ◇ ◇ ◇



 どうしてだろう。


 あたしの大好きな声優と、兎月が一緒にいるのを生で見て最初は感動すらしていたのに。

 最推しの声優『まおりん』が兎月と「デート」をしていると言葉にした時、頭では理解していたはずなのに胸が、キュウッと締め付けられて一瞬苦しくなった。


 だからかな?

 柄にもなく、あたしが兎月にあげた髪飾りを『まおりん』へのみたいな使い方してしまった。


「えへへ///」


 あぁ~、でも。

 照れる兎月があまりにも可愛いから、言ってしまったことに後悔は無いかも。

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