第20話

 昨日は汐凪さんが少し様子がおかしくなったりもしたけれど、そのあとは普通に五人で夕飯を食べて、そして解散した。

 夕飯の時にパパがしつこく汐凪さんに学校でのボクの様子を聞くものだから、恥ずかしくて顔から火が出そうだったけれど、我が家の食卓に友達がいることが新鮮で、それでも楽しさがまさった夜だった。


 そして今日は、いよいよ人気若手声優“五葉いつつばまおり”こと『まおりん』との、前から約束していたプライベートデートだ。


 昨日よりも暖かいため、黄緑のワンピースに薄い布地の白いカーディガンを羽織るだけに済ませて、最後に鏡を見て髪に『白い羽根』の髪飾りをつけてから家を出る。


「いってきまーす」

「ちょっと待っておねーちゃん!」


 玄関のドアを閉めようとしたとき、まだ寝ていたはずの紅葉が相変わらずドタドタと賑やかに階段を駆け下りてくる。


「どうしたの?紅葉」

「……むぅ。………おねーちゃん、また昨日みたいに知らない人を連れてきちゃ嫌だからね!家ではおねーちゃんは紅葉と一緒にいるので忙しいんだから!!」


 頬を膨らませ、腰に手をあて、小さいながらも「クレハ怒ってるんだからね!」と身体全部を使ってボクにアピールしている妹。

 そんなところが可愛いんだよなぁ、とか思いながら「大丈夫だよ」「わかったよ」と返事して、最後にぎゅーっと紅葉とハグしてから、『まおりん』との待ち合わせ場所に向かった。




 ボクは昨日もそうだったけれど、少しでも人を待たせてしまったという罪悪感を抱きたくないが為に、予定の時間よりもかなり早くに待ち合わせ場所に着くように心がけている。


 だから今日も、自分なりにかなり余裕を持って家を出て、待ち合わせ場所に着いたはずだったのだけれど……。


 サラサラの黒髪にキャップを被り、白マスクに黒ぶち眼鏡。


 明らかに「今私お忍び中の有名人ですよ」と周りに教えているようなベタな変装の女性が既に待ち合わせ場所に来ていた。

 彼女の周りにも大勢の人がいるけれど、その中でも飛びぬけて目立っている。


 さて、どう声をかけようか。


 あんなに目立ってる人に「お待たせ」なんて、コミュ障陰キャのボクには到底できない。


 なのでボクが考えた案は、スマホを見ながらあたかも他の人を待ってますよ感を出して、徐々に彼女に近づいていくというものだった。


 あたふた。おろおろ。あたふた。


 まだ何も始まってすらいないのに変な汗で汗だくのボク。


「ねぇ君、さっきからずっと一人でソワソワしてるけど、もしかして待ってる人が来ない感じ?」

「うわっ!やっぱめっちゃ可愛い!こりゃ当たりだわ!!」


 もう少し、あとちょっとで声が届きそうなところまで来れたのに、なんかウェイ系な男の人たちに絡まれるボク。


「あ、あ、あ。え、ええっと………」


 そして当然きょどる。


「あはは!しかも押しに弱そうとか、大当たりじゃん!」

「君めっっちゃ可愛いね。こんな可愛い子待たせる奴なんて放っておいてさ、今から俺らと遊ばない?」


 詰め寄ってくる男の人たちに対して、ボクは周りの人たちに助けを求めるように視線を彷徨わせたけれど、みんな目を逸らして関わらないようにしている。


「あ、あ、あぁ………」


 自分よりも大きくて、力も強そうで、そして二人。


 何もかもがボクよりも上で、絶対に逃げられないと悟って、目の端に涙を浮かべたとき………。



「あのさぁ、うちの連れ怖がらせるのやめてくんない?迷惑なんだけど。つーか社会的にひき肉にして炎上させてハンバーグにするぞタコども」



 男の人たちとボクの間に割って入る人影。

 その人はサラサラな黒髪にキャップを被って、黒縁メガネと白いマスクをつけた長身の女性だった。


「は、はぁ?だれお前?」

「こ、こわぁ。なに言ってんの君」

「だーから!社会的にミンチにされてネットでこんがりジューシーにされたくなかったら、さっさと退けタンパク質ども!!」


 その女性の声はハスキーで、威嚇してる時なんて思わず男の人たちが一歩後ずさるほどの圧だった。


「頭おかしんじゃねーの?」

「冷めるわー」


 そんなことを言いながら逃げてく男の人たち。


 女性はボクの方へ振り向くと、その白くて透き通るような肌の手をボクの頭の上へと乗せた。


「もうっ!あーゆー時はちゃんとダメっ!て声に出さなきゃ」

「あぅ。え、えっと、その。助けてくれてありがとう、……ございます」

「いいのいいの!………でもさっきの男たちに共感じゃないけど、本当に可愛いねぇ」


 彼女――もういいや。彼女こと『まおりん』はそうやってボクのことを「可愛いかわいい」と言いながら頭なでなでしてくる。


 もうすっかりラジオとかで聞く『まおりん』の明るい元気な声に戻っていて、その声に安心するのと一緒に、ボクもこんな声で生まれたかったなぁとか思ったりもする。


「はぁ~癒される~」(なでなで)

「ふ、ふへへ///ありがとうございます」

「っ!!かわいすぎなぁ!?もう!!」

「ひへへ///」


 しばらくワチャワチャするボクたち。


 さてもう気が済んだろうと思って、改めて挨拶しようとして時。

『まおりん』はとんでもないことを言い出した。


「ところで、君もここで誰か待ってるの?私も今から会う予定の子がいるんだけど、めっっちゃ楽しみなんだよね!!」




 …………え?




〇  〇  〇

急遽、遠出しなければならなくなったので、次の更新まで2.3日空きます。


次回は『まおりん』との勘違いデート後編です。


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