第一章

第11話

 ハッピープレゼントVtuberプロダクション。

 略して『はぴぷれ』は、日本生まれの大手Vtuber企業であると共に海外にも幅を利かせる唯一の企業である。

 所属Vは九人。一期生から三期生までの構成でメンバーが成り立っているが、

 それも今だけの話と言える。なんとこの大手企業はまだまだ発展途上であり、これからもっと沢山の新規メンバーとそれに伴うファンも増えていくと予想されている。


(そんなところの会社に、ボクは来てしまった……)


 目の前に聳え立つは天まで昇るかのような高さのオフィスビル。

 今からこの中へと足を踏み入れることを想像するだけでお腹いたい。帰りたい。家に引きこもりたい。


 あぁ、この感覚も久しぶりだなぁ、なんて感傷に浸ってしまう。

 汐凪しおなぎ 有理沙ありささんと友達になってからは学校でもほとんどの時間を彼女と過ごすようになったし、こうやって家に引きこもりたいと思うことなどしばらく無かった。

 このキリキリと痛む胃痛が懐かしい。彼女と友達になる前は登校前に毎日のようになってたのに、それも無くなっていた。


 全部汐凪さんのおかげだなんて言ったら、それは言い過ぎかな?

 重いだろうか。でも仕方ないじゃないか。『まおちゃん』とのオフデートはもう少し先だし、そうするとリアルで仲良い友達なんて汐凪さんぐらいしかいないんだもん。

 依存したって不思議じゃないよ。


「あの……?」

「ひゃい!?」


 入口のドアの前で現実逃避しそうになっていたところで不意に後ろから声を掛けられる。


 咄嗟に振り向くと、そこには小柄なボクと同じくらいの背丈の女の子がボクをじっと見つめていた。

 そのクリッとした目の下にはうっすらと隈があり挙動もオドオドとしていて、なんか親近感が湧いてくる女の子だ。


「な、なかに入らないん、でしゅか?」

「………」

「あぅ~///」


 急で咄嗟に声が出てこなくて黙ってしまったら、噛んでしまったことが恥ずかしかったのか顔を赤くして両手でその顔を覆い隠す彼女。


(か、かわいい……)


 不覚にもそう思ってしまった。

 けれどいつまでも声を掛けてくれた彼女に対して黙っておくのは失礼だし可哀想だから、ボクはなるべく優しい声で彼女に答える。


「あなたもここに用があるの?」

「あ、えと、はい……。あの、あなたも?」

「うん。でもこんな大きなビルに一人で入るのは気が引けちゃってね」

「あ、あのっ!もし良かったら一緒に入りませんか?わ、わたしもいつもここに来るのが凄く嫌で。なかに入るのに毎回二、三時間は必要で」

「え?……あぁ、でも分かるよその気持ち」

「ほ、ほんとですか!?わかってくれますかこの気持ち!」


 お、おぉ……。

 共感したら急に瞳を輝かせて距離感が一気に近くなるって。なんだか、ますますこの子に親近感が湧いてくる。


「もしかしたら、目的のフロアもおんなじだったりして!」

「あはは。そうだったら凄いね」


 この高層ビルにはくだんのVtuber事務所だけでなく様々なテナントが存在する。するともちろん目的のフロアが被る確率はボクたちにとっては低いと言える。


「そ、そうですよね。流石に無いですよね……。でも驚きました。なんか、すっごい可愛い子が入口の前にいるし、声も可愛いくて同業かと思っちゃいます」

「いやいや!ボクもびっくりしたよ。そっちこそ声かわいいじゃん。ボクのなんて比べるのも烏滸がましいよ」

「いやいやいや!わたしの声よりも全然可愛いですって!……………………………しかもボクっ娘とか、次の配信で絶対喋ろう


 ボクと彼女はそんな風に、どっちの声の方が可愛いとかで押し問答を繰り返した。別にこのやり取りをお互いに真剣に言っているわけでは無い。いやもちろん彼女の声がボクのなんかよりも可愛いのは事実なんだけれども。このやり取りの目的は別にあった。


 それは、やはりこんな立派なビルには入りたくないという気持ちからの、最後の無駄な抵抗である。


 しかしそんなボクらの抵抗もあとから来たサラリーマンの男性の咳払いによって一瞬で崩れ去る。


「……それじゃあまぁ、入る?」

「そ、そうですね」


 ボクはビルを指さして、彼女に聞いた。


「あの、最後に名前教えてもらえませんか?なんだか、あなたとはまたすぐに会える予感がするんです!」


 彼女はきらきらとした笑顔でボクに聞いてきた。雨上がりに露を乗せるアサガオみたいな笑顔だった。

 それにボクも笑って答えた。


追川おいがわ 兎月うづきだよ」

「わたしは旭川あさひかわ 蜜柑みかんです!」



 ボクもなんだか、彼女とは十分後くらいに会える予感がしていた。

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