第8回 メガネ男子の潔白宣言

第8回お題「めがね」



 最近流行っているらしい「ルームツアー」の撮影のため、クラスメイトの鹿島かしまの家へやってきた。

 これまでにも数人、自室を見せてもらったけど、彼の部屋が一番驚いた……度肝を抜かれた。


 たくさんの漫画があるとか、美少女もしくは特撮のフィギュアが並べられているとか、アイドルのポスターだったりスポーツ用品だらけだったり……。

 逆になにも持たないミニマリストなどなど……――多種多様な部屋を撮影してきたけど……ここが一番驚いた。……オタクだから、ではなく、普通に気持ち悪い部屋だった。


「なんだよこれ……」


「メガネだよ。見たことあるでしょ」


「いや、それは分かってんだよ……。なんで似たようなメガネがたくさん棚に並べられているのかってことだよ。百は……普通にあるか。それ以上の……千? 万? それくらいメガネだけがある……メガネ屋さんみたいだ」


 メガネ屋さんと同じディスプレイの仕方だった。

 しつこいけど、部屋の中はメガネだらけで……、さすがにひとつひとつのメガネに度まで入っていなかった。それでもこの数は……度が過ぎていると思ってしまうけど……。


 メガネ好き。にしては、行き過ぎている。

 そんな彼は伊達メガネすらかけていない裸眼だった。

 メガネ以外にも、サングラスすらかけようとしない。……鹿島からすればメガネは神聖なものであり、自分がかけていいものではないらしい……。うわ、余計に気持ち悪ぃ。


「似たように見えるけど、ひとつひとつ違うからね? ブランドとかあるでしょ……あとは有名な職人さんが作ったメガネとか、ね。シリーズもので色違いだったり、機能性重視のメガネだったり……、素人には分からないけど、マニアにはそれぞれが違う顔に見えているんだ。

 雑多に並べているように見えてこだわりがあるんだからね? よく分からないことを否定する気持ちは分かるけど、人が好きでこだわっているものなんだから、言葉を選ぶか口から出さない方がいいよ」


「それは、ごめんだけど……でも、やっぱり気持ち悪いって……」


 メガネだからかもしれない。

 スニーカーが好きで集めている人がいるように、スニーカー部分がメガネに変わっただけと言えば理解できない世界ではないはずだ……。

 だけど、メガネのデザイン性ってフレームくらいしかなくないか? スニーカーみたいなデザインの差はなくて、やっぱりコレクターとして集めているものの中では、「メガネを集めてます」と言われると未知過ぎて理解できない。

 理解したいのに、本能が拒否している感じだった。


「触ってもいい?」

「落とさないならいいよ」


 許可が出たので飾られているメガネを持ち上げる。軽い。まあメガネだし。それぞれ置き方があるのかもしれない。つるの開き方にもこだわりがある……? まるでフィギュアのポージングのように、メガネのつるの開き方にも意味があったりして……?


 真っ赤なメガネ。虹色のメガネ。よく見る黒いフレームのメガネ。珍しいメガネは……、これはスケルトンのメガネかな。――色々あった。


 見ていると、並んでいるメガネとメガネの間に不自然な空間があったので、もしかして「透明なメガネ!?」と驚くと、


「いや、シリーズものなんだけど……まだ買ってないだけだよ。……さすがに透明なメガネはないかな……そこのスケルトンが一番透明だと思う。

 見えないメガネって……、見えにくいものを見るためにかけるのがメガネなのに、それが見えないって言うのはなんだか……おかしな話だよ」


 面白いことを言うね、と笑ってくれた。


 彼のお眼鏡に適ったようだった。


「……ところで、なんでメガネを集め出したの?」


「カッコいいから」


 それだけだった。他に理由は、ないようだ。……シンプルな理由ゆえに、これ以上に掘ってもなにも出てこないだろう。メガネを集める魅力なんて本人にしか分からず、だからやっぱり、理解できないこっち側からすれば、部屋の中にこれだけメガネがあるのは気持ち悪い……。

 人の目ばかりだ。

 オタクって、やっぱり気持ち悪いな……。


「その感想は色眼鏡が過ぎるよ」

「仕方ないさ、本心だし。ただの感想……悪気はないんだ」


「責めてはいないよ。

 だって気持ち悪いっていうのは――オタクからすれば褒め言葉だもの」


 ……強がりで言っている、わけではなさそうだった。

 鹿島も、そりゃそうでしょ、と、「気持ち悪い」と思われることを肯定している。


「気持ち悪いからオタクなんだから。オタクが気持ち悪いんじゃないんだよ……、ある分野に特化した人は、一般人から見れば気持ち悪く見えるものだし、その分野を突き詰めた人こそがオタクなんだから――」


 たとえばアイドルオタクはさ――と鹿島が言った。


「在籍数が多いグループの全員の顔と名前、年齢や好きなもの、嫌いものを完全に記憶している……これ、気持ち悪いでしょ? 他にも、たとえばゲーム。RPGで言えば、敵の弱点属性や行動パターン、入手できる武器のひとつひとつの効果や数値を覚えているのも気持ち悪い。アニメに詳しいと、みんなこぞって気持ち悪いって言うよね。

 でもさ、スポーツだって同じじゃない? 試合の細かいルールまで把握している、プロ選手の背番号と名前、所属チームを暗記しているのだって同じことが言えるでしょ。他にもあるよ……将棋。駒の動き方を全て覚えて動かせるなんて気持ち悪いし、麻雀だったら、役を全て覚えているのも気持ち悪い。それを知らない人からすれば『こいつなんでこんなに詳しいの?』って思うものだよ。同業者ならなんとも思わないことでも、知らない側からすれば全部が未知だ。未知があれば、気持ち悪いで片づけられる。だって理解できないモヤモヤが残るから……。

 オタクとは気持ち悪いもの、でスッキリできる――気持ち悪いってことにしてしまえばそれ以上は考えなくていいんだから」


 理解できないから気持ち悪い――そういうものだから、という思考停止。


「気持ち悪いって言われたら、少なくとも一般人からは頭ひとつ抜け出ているんだなって分かるから、いい目安だよ。同じ趣味仲間で気持ち悪いって引かれたら、その分野ではトップ層にいると考えてもいいかもね……なかなかそういう評価はされないけど」


 理解者ばかりがいる世界でドン引きされるほどに特化していれば、確かにその分野のトップに立っていると言ってもいいのかもしれないな……。


「――鹿島は……、どうなの? トップ層なの?」


「さあ? メガネコレクターとはまだ会ったことがないから分からないよ」


 ……理解者、いないんじゃないか?

 いないことはないだろうけど、該当者が少なそうなのは素人目でも分かった。


「『気持ち悪い』はひとつの指標になる。それでもね――」

「? それでも?」

「……やっぱり面と向かって言われると傷つくんだよね……」


 素人を突き放し、大半に理解されない世界にいるのがオタクだ。

 一線を越えた段階で気持ち悪いことは百も承知で、言われ慣れるよりも先に自覚はあるようだけど……それでも。トップに立ちたくても、素人を突き放す気はなかったようだ。


「そりゃ、理解者は欲しいよね……布教でもしようかな」

「メガネを?」


「まずはコンタクトレンズ派をメガネに引き戻すところから始めようか……。

 ――ところで君の視力は?」


 残念ながら、視力検査ではいつも一番下の小さいところまで見えている。

 鮮明に、くっきりと……。メガネにお世話になることはないだろうね。


「そう? 五十年後、きっとお世話になるだろうけどね」

「老眼鏡? ……ああ、かもしれないな」


 ただ……、メガネを医療機器としてではなく、オシャレアイテムとして使うなら興味が湧いた。レンズを抜いた、指が通せるそこの丸メガネ……、ちょっとオシャレじゃない?


「へえ。これを選ぶとは、お目が高いね! 良ければかけてみる?」

「じゃあ、せっかくだし……」


 選んだメガネをかけてみる……。伊達メガネとして、オシャレのひとつとして使うのは……全然アリだな。

 今、頭の中にぶわっと広がっていくのは、このメガネに合いそうなファッションだ。上下、どんな服で合わせるのがいいかなー、と経験として蓄積されているファッションデータを頭の中で再現して――「これだ」


「なにが?」


「このメガネに合うファッションが見つかったよ」


 きっと、彼は理解できなかったのだろう。首を傾げながらも、話は聞いてくれている、けど…………ひとつも理解はできていなさそうだった。


「――意外とあれじゃなくて、こっちのブランドの方が……。うん、色々と試してみるのがいいかもしれない」


 スマホのアルバムを開く。

 これまで保存してきた、全身コーデの画像だ。


 数百どころか、数千枚の画像をスクロールさせていると……、

 横から覗いてきた鹿島が、「うわ」と仰け反った。


「ん? どうした?」


「なにその数……気持ち悪……」



 …………。


 確かに、面と向かって言われると――かなりショックだった。




 …了

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