自由挑戦 天使とバッファロー

…アンバサダーからの挑戦状(自由挑戦お題)

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」



 上空には天使が二名。


 彼女たちは長い釣り竿を握り締め、釣り針を地上の地面に、こつん、と当てた。

 すると、蜃気楼の先から、どどどどどっっ! という音と共に黒い影が近づいてくる。

 黒い影は大きく――いや、複数の個体が集まり巨大に見えているだけだ――


 ……あれは、大群だ。


 地面に亀裂を入れながら釣り針めがけて突進してくるのは――――バッファロー。



「う、――わわっ、きますよセンパイっ、どうすればいいんですか!?」


「釣り針がバッファローに引っ掛からないように気を付けなよー。まあ、そうなったら釣り竿を離せばいいんだけど、もしも糸が体に絡まったりして引っ張られたら、地上に叩きつけられて永遠に引きずり回されることになるからね。バッファローに力では敵わないんだから、もう抜け出せないわよ?」


「センパイが助けてはくれないんですか……?」

「やってみるけど……できるかな? 自分の命が優先だから難しいかもねえ」


 ――地上最強……『バッファロー』。


 全ての生物を直線からの突撃のみで殺し尽くした生物だ。

 町を壊し、森をなぎ倒し、山を崩したバッファローの大群。

 海は裂け、彼らの体熱で蒸発した……、あり得ない話だが事実だった。

 天使は上空から全てを見守り、自然の摂理に任せたのだ――


 結果、バッファロー以外は死に絶えた。


 地上最強は、必然的に彼ら『大群』だけとなった……。

 なぜなら地上には、彼ら以外の生物がいないからだ。


 ……食糧は?


 彼らは必要としない。

 食事をしなくとも百年は活動できる。

 さらには、活動している間のエネルギーは均一であり、老いても地上最強は揺るがない。


 さすがにバッファロー内では、若い世代には負けるが……、老いて死ぬ数よりも繁殖し生まれる数の方が圧倒的に多い。

 ゆえに、地上最強は絶滅しないのだ。


 ――地上最強。

 つまり、上空にいる者はその突進を受けない。


 上空最強は、天使である。

 最強と最強――

 だが、ぶつかり合えば天使が負けるだろう。試すまでもなく分かっていたことだ。


 実際、天使が地上に落ちれば、バッファローの群れに飲み込まれて死んでしまう。

 上空最強が地上最強に地上で挑むのは、最大の悪手だろう。

 わざわざ相手の土俵で挑むこともないのだ。


 そもそも、衝突する理由もないのだが……。


 棲み分けされているなら、対立することもない……。

 ――ただ、天使たちの目的は地下にある。


 地上を経由する必要があるため、対立こそしなくとも一旦は彼らのナワバリを通る必要があるわけで――。


 釣り竿を使っているのは、天使たちが地上へ降りなくて済むからだ。


 ……釣り針が、開いた亀裂の中へ。


 バッファローの群れが遠くへいったことを確認してから、天使が釣り針を引っ張り上げる。

 持ち帰った釣り針についていたのは、赤い宝石だ――ルビー……か?


「あっ、センパイいいなあ……赤い宝石はレアですよね?」

「そうなの? あたしは青が欲しかったけど……」

「サファイアですか? じゃあ、わたしが青色を釣ったら交換してくれますか!?」


 期待の眼差しを向け、急接近してくる後輩に面食らいながらも、センパイ天使は頷いた。


「いいわよ。……あとあなた。下の釣り針、地面にかたかた当たってるけど……バッファローは音に敏感ですぐにやってくるって分かってるわよね?」


「え?」


 夢中になっていて釣り針の場所を忘れていた後輩天使だった。

 音を立てないように亀裂の先へ降ろしていた釣り針だが、気づけば地面の上にあり、かたかたと、まるでバッファローを呼ぶように音を立てていて――――


 当然ながら、バッファローがやってくる。


 先ほど通過した群れが、折り返してやってきたのだ。


「やっ、ばいっ! 早く引き上げ――」


 一手遅かった。

 バッファローの頭の角に引っ掛かった釣り針。

 ぴんと張った糸。

 バッファローの乱暴な力任せの引きに、後輩天使の体が引っ張られる。

 ――あっという間に、彼女は地面に叩きつけられた。


「早く手を離しなさい!!」


 分かっていても離せなかった。

 危機的状況に陥れば、咄嗟に握ってしまうものだ。転びそうになって近くの手すりに手をかけてしまうように――……それと同じことだ。

 後輩天使は恐怖と焦りで手が釣り竿から離れなかった。そのつもりがないのにまるで自分が宙吊りにされ、落ちないように命綱をしっかりと握っているかのように……離れない。


 離れてくれない。

 だから引きずり回される。


 高速で地面に削られる後輩天使の意識は、既になかった。


 手が離れないまま、数キロも引きずり回され――――「あーもうっっ!!」


 センパイ天使の白い翼が広がった。

 小さく、背中にちょこんと乗っていたような翼が、一瞬で身の丈以上の翼に変化した。

 これで機動力が大幅にアップする。

 ……だが、先端から徐々に燃えていくので、時間制限がある……『三分』だ。


 三分が経てば、翼は焼け落ち、彼女は地上へ落ちてしまう。


 ……三分。

 その間に、助け出さなければ――。


 正確には、後輩を助け出してから、さらに天界へ戻らなければ、ふたりはバッファローが棲む地上世界で、翼が復活するしばらくの間、地上最強から逃げなければならない……そうなったら生きて帰れる可能性は0と言っていいだろう。


 だから……三分以内に。


 センパイ天使は、三分以内に『後輩天使を救い出さなければ』ならなかった。



 その結果は…………。

 天使ふたりは地上でも上空でもなく地下へ逃げ込むことに成功したが、地下には地下最強がいて、さらなる苦難の連続が待っていたのだが――それはまた、別のお話だ。



 …了

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