第6回 トリあえず同窓会

第6回お題

「トリあえず」



 漁船に乗せてもらい、片道二時間の海上移動。

 天候が晴れだったので安心だ。これが悪天候だと船は出せず、あいつに会う日がずれてしまうことになる。

 できれば今日会いたかったし、渡しておきたかった――同窓会のお知らせである。


あんちゃん、どれくらいで戻ってくる?」


「一時間ほどだと思います……長居はしませんので。もし一時間を過ぎても戻ってこなければ出発しちゃってください。迎えは夕方くらいで大丈夫ですよ」


「あい分かった」と船長が頷いてくれた。

 わざわざ離島まで……まあ、きちんと依頼をしてお金も払っているので船長が親切な人ではないのだけど。それでも感謝をしないとな。

 船長が不機嫌になれば、この島に置いていかれて……――困るのは俺だ。


 さて、あいつはどこにいるのやら。

 中学の同窓会を開くにあたって、当時のクラスメイトに連絡をすることになっている。近年、音沙汰がなかったかつての親友は、どうやら都会から離れ、島にいるらしい……。

 元は無人島だったようだ。あいつが住んでいるので『無人』ではなくなってしまったけど……大自然のど真ん中、『島』である。


「当然、圏外だよな……郵便ポストすらねえし。分かってたことだけど、連絡ひとつするのにこの手間は面倒だな……」


 同窓会という理由がなければこなかった場所だろう……。

 あいつに会おうともしなかったはずだ。

 他県に移動したり、海外移住したクラスメイトもいる。気軽に会いにいける場所ではないが、それでも一年に一回くらいなら、と重い腰を上げることはできる。


 だが、島となると一年に一回でも億劫だ。

 島までくるのは楽だけど、この先が問題なのだ。

 獣道さえない開拓以前の樹海を、都会の私服で歩きたくねえなあ……。


「……奥までいって、これですれ違いとかだったら最悪だぞ……!」


 今日、そっちに顔を出す、とも言えていない。

 手紙さえ届かないのだから直接、俺がいくしかないのだ。

 ……アポなし訪問でしか会えないクラスメイト――。

 そもそもあいつが同窓会に誘って、やってくるのか……普通に断るんじゃないか?


 それでも。

 最初から誘わないのは、さすがに冷たいし寂しいか。


「うぇ、泥がついたし上から水滴が落ちてくるしなんだこれ……うぉ、虫ってこんなにでかいのか!?」


 都会では滅多に見ることができない虫がうじゃうじゃと……。幸い、田舎育ちで見慣れているので、生粋の都会人ほど虫に嫌悪感はないけれど……それでも引く大きさだった。


 羽音がやかましい。

 歓迎してくれているのかもしれないが、その音は生理的に受け付けられないのだ。


 植物も基本的に大きかった。傘みたいな葉っぱを払って先へ進んでいく。

 すると……焚火の痕があった。火は消えている……遅かったか?


「いや、まだ少し温かいな……近くにいるか?」


 視線を回すと――いた。


 尻が真っ赤な猿だ。そいつは俺を見つけると、踵を返して素早く木を登る……さすが猿だぜ。

 足で追うことはできないので目で追う……、移動した方向さえ分かれば、あとは時間差で向かえばいい。猿が移動した先に、猿の群れがいるはずだ。

 島に住んでいるなら同じく住人同士、猿とも仲良くしているはずだろうから……あいつもそこにいるんじゃないか?


 当たりだった。


 猿の群れの中心、猿たちに果物を貢がれていた中学時代の親友がいた。


 上半身裸で、下半身は葉っぱで作られたブーメランパンツ。

 中学時代は細かった体型も、今は筋骨隆々で……。

 長く伸びた髪を後ろで結んでいた。面影はあるが――、彼はカッコいいほどワイルドだった。


「よお、元気そうだな、牛若うしわか


「ん? ……おぉ……おぉっ! なんでいるんだよ星野ほしの!!」


 ぱあ、と表情を明るくさせた牛若は、昔と変わっていなかった。無人島でひとりで生きられるほどワイルドになっても、昔から変わらない部分もあるようで安心した。


「お前に会いにきたんだよ。スマホも持ってねえ、郵便ポストもないから手紙も届かねえ……じゃあ直接会って言うしかねえじゃねえか。……良かったよこうして会えて。元気そうでさ……島の生活、楽しそうだな」


「ああ、楽しいぞ。ここに染まってしまえば、もう都会には戻れないな」


 都会の鬱陶しい部分が全て、ごっそりとなくなっているのがこの島だ。……まあ、都会の便利さもごっそりと失われているが……。自給自足に面白さを見出せれば、この島での生活は合っているのだろう……、俺は無理だな。サブスクがないだけで論外だ。


 都会の鬱陶しさをがまんしてでも、手に入れたいものが俺にはある。


「星野は腹、減ってるか? 良かったら島一番の美味いもんを食わせてやろうか?」


「いや、いい。この環境に慣れてない俺がこの島のものを食ったら体がびっくりしちまうよ。家に帰って下痢とか嫌だからな……またきた時にする。今日きた用件はこれなんだ――積もる話があっても、悪いがすぐ帰るぞ。俺も俺で忙しいんだ――」


 ぺら一枚。同窓会のお知らせを牛若に渡す。


「同窓会か……ふうん。来月……」

「参加するか?」


「返事は今じゃないとダメか?」


「後日でもいいけど……どうやって連絡するんだよ。……あ、でもそっか、俺の住所を教えればお前が『俺宛て』に手紙を出すことはできるのか……」


 離島から近くの港まで移動し、郵便局に手紙を出せば俺の家には届くはずだ。

 都会から離島までは難しくても、その逆なら不可能ではない。


「期日の一週間前までには連絡をくれ。予約する店の人数とかの調整もあるしな……。そう言えば、牛若は金はあるのか?」


「心配するな、ちゃんとある……。自給自足だから元手0円で売り物を作ることもできるんだ。島の特産品を売ることで金は作れる……問題ない」


「そうか。なら、返答の件、よろしく頼む――俺はもう帰るからな」


 船長さんを待たせている。

 途中、樹海で迷ってしまったので約束の一時間まであまり余裕はなかった。


「早いな……忙しかったのか?」


「忙しかったらここまでこれていないだろ。……でもまあ、ここで長居するほど暇ではないってところだな。雑談するくらいなら構わないが、腰を下ろして一杯やりながら昔話ってのは難しいな……そういうのは同窓会でしよう」


「オレがいけるならな」

「これないこともあるのか?」

「仕事の都合もある」


 ……ふうん。自給自足と言っていたから、時期によっては島から離れられないこともあるのかもしれない……。これないことも視野には入れておこう。


「分かった。無理にこいとは言わない……それに、同窓会にこれなくとも個人的に集まることもできるしな……。これなかったら、また別の機会を作ればいいさ」


 集まれる人数は減ると思うが、中学の時のクラスメイトの全員と仲が良かったわけでもないのだから、集められない人がいても問題はない。

 ただ……、三十代目前の同窓会で会えなければ、今後一生、会えない気もするが……。


「ありがとう、星野……助かった」

「どういたしまして。島暮らしの良さ、今度たっぷり教えてくれよ」

「もちろんだ」


 同窓会で再会しよう、と強く握手をして、俺たちは別れた。


 ……ギリギリ一時間だった。余裕を持って待ってくれていた船長さんに帰り道も任せる。

 海の天気は変わりやすいとよく言うけれど(そうでもないんだっけ?)、出発した時と変わらず晴天だったので良かった。



 それから、あっという間に来月になり――同窓会当日。


 結局、牛若から参加の連絡はなく……、欠席、ということになっている。


 予約したレストランに集まったクラスメイトたちは私服だったりスーツだったりと多種多様だった。ドレスコードはお任せ、とは言ったが……。

 スーツが多いのは、この場で恋人を探すつもりの男女が多いからだろうか?


「星野くん。やっぱり牛若くんはこれなかったの?」


 参加者の出席を取っていると、相崎あいさきさんが話しかけてきた。

 彼女は一際気合の入ったドレスを身に纏っていて……、婚活するつもり?

 ――いの一番に結婚しそうな彼女は、意外とまだ売れ残っているらしい。

 彼女が悪いわけではなく、きっと相手の問題だろう。


 中学時代のマドンナ的な存在だった彼女は、今も変わらず美しく、だけどいざ手の中に収まってしまうと、抱えていることに委縮してしまうのかもしれなかった……。

 男からすれば、持て余すのかもしれない。

 少なくとも俺はそう思った。

 毎日が試験みたいな緊張感があるんだよな……彼女はそういう目で見ていなくとも……。


「星野くん?」

「え、ああごめんごめん……、牛若は欠席だよ。連絡がこなかったからな……。参加できない可能性もあるって言っていたから、たぶんそういうことだと思うよ」

「そっか……残念だね」

「そうだね」


 あいつと会うのは大変だけど、不可能ではない。なので会おうと思えば会えるのだ――。

 だからこの場で会えなくともそこまでショックではなかった。


 相崎さんは見て分かるほど落胆していたけど。


「牛若に会いたかったの?」


 中学時代に接点とかあったっけ?


「生徒会で一緒だったから…………久しぶりに会いたかったんだけどね……」


 そう言えばそうだった。

 そっか、あいつ、生徒会だったんだよな……。


 書記だったか、会計だったか……。

 当時は目立たなかったから……印象がない。


 そんな少年がまさか、島で猿の群れと暮らしているとは、誰が想像しただろうか……。



「ちょ、お前誰だ!? ……ここは部外者が入っていい場所じゃ――」

「牛若だけど」

「牛若……? っ、え!? お前があの牛若!?」



 ……と、入口が騒がしかったので相崎と一緒に様子を見にいけば、黒く日に焼けた筋骨隆々の和服の男がいた。

 ……なんで和服? スーツだと似合わないからか? ……確かに今のあいつの体格だと怖がらせてしまうと思うけど……、それは和服でも同じじゃないか?


「というか……くるのかよ……――おい牛若!」


「あっ、星野! 頼むっ、説明してあげてくれよ、入っちゃダメだって言われてるんだけど」

「そりゃそうだろ。だってお前、欠席するんだろ? 参加するって連絡なかったじゃないか」


「連絡したけど」

「は?」

「ちゃんとしたぞ!」


 ……俺の確認不足か? もちろんスマホにメッセージの通知はきていないし、郵便ポストも毎日確認している……、届いていなかったはずだ。

 ――まさか【ボトルメール】で奇跡的に流れ着くことを『送った』としているわけじゃないだろうな!?


「届いてない……俺は知らないぞ!?」

「…………まさか、会っていないか……?」


 誰と?


「ジョージがそっちにいったはずなんだ」

「? 外国人か?」

「いや、鷹だ」


 鷹……、鳥……? ……あっ。


「伝書鳩ってこと……?」


 相崎が先に呟いた。

 伝書鳩を使えば……ボトルメールよりは確実だ。

 郵便局よりは不安だけど、確かにほぼ届くと言ってもいい。

 だが、俺の前に現れた鷹はいなかった……鷹なんて都会にいたら騒ぎになると思うけど……。


「……だけどジョージは届けたって言っていたんだが……。まさかあいつ、虚偽報告をしやがったのか……っ、鳥のくせに!!」


 鷹は賢いと聞くけど。

 鳥も虚偽報告をするようになったのか……。

 良し悪しで言えば悪い進化か?


「ねえ牛若くん――」

「はい。……相崎会長?」


「うん。久しぶり。でももう生徒会長じゃないけどね。十年以上も前のことだよ……?

 ……それでさ、牛若くんはどうしてこのレストランが分かったの? 星野くんの返信がないなら、会場も分からないよね?」


「それは星野の匂いで……ってのは半分冗談だけどね」


 半分?


「ジョージじゃなくて、カツラって名前の鷹が見つけてくれたんだ。だからここまでこれたんだよ……。でも……止められてる。じゃあどうすればいいんだ? もしかして参加できない?」


「それは……」

「大丈夫じゃないかな? ひとりくらい。ドタキャンした子もいるんでしょう?」


 相崎さんの言う通り、当日になってキャンセルされた枠がある。

 だからここに、牛若を収めてしまえば問題はない。


「そうだね……じゃあ牛若も参加ってことで」

「ありがとう」


 頭を下げる牛若の肩を叩いてやめさせる。友達だろ、そこまでしっかりと頭を下げるな。

 連絡が届かなかったのは悪意があったわけではない……悪いのはそのジョージとかいう鷹だ。


「いや、ジョージを責めないでくれ。都会に初めて出かけて楽しかったのかもしれないからな」


「楽しむのはいいが、ちゃんと仕事をしてからだ、と教えておいてくれ――

 そのジョージは今日もきているのか?」


「いるよ。外に――」


 窓ガラスの向こう。

 高層階から見える夜景に混ざって映っているのは、二羽の鷹だ。

 ジョージとカツラ……だっけ? やっと会えた。

 ガラスを隔てているけど、これは会えたでいいのだろう。


 心なしか、ジョージの方は少し肩を落としているように見えたけど……、

 自分の不正に反省しているようだった。


 俺と会えずじまいだったことを、こいつも悪かったと思ってくれているのか。


「星野。あとでジョージに構ってあげてくれ」

「ああ、いいぜ。……構うってどうやって?」


「止まり木になってくれるとジョージは喜ぶと思う……きっとな」

「そっか……。じゃあまた後でな、ジョージ」


 ガラス越しで、ジョージのくちばしを撫でるように指で触れる。

 くすぐったそうにしてくれている……ノリが良い鷹だな。


「星野。それカツラ」


「…………いや、分かんねえよ」


 俺たちのそんなやり取りを見て、相崎が控えめに、くす、と笑っていた。




 …了

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