第5回 口止めガールと口添えフィアンセ
第5回お題
「はなさないで」
「はなさないでねっ!」
少女と少女の手が繋がっている。ロケーションは崖。黒髪の少女が崖から足を踏み外し、咄嗟に、隣を歩いていた金髪碧眼の少女が落ちた少女の手を掴んだのだ。
少女とは言え、人間ひとり分の重さが片腕に乗っている……。崖の上にいる少女も引っ張られて一緒に落ちてしまう可能性もあったが……今のところはなんとか踏ん張っていた。
「ふっ――くぅっ……っ。だい、じょぶ……絶対にはなさないから!!」
「はなさないでね! はなされたら私、落ちちゃうんだから!」
崖の下は海だった。
――が、海だろうが地面だろうが、今に限ればどうでもよかった。
問題はそこではない。
「――はいカットカットォ!! ……あのねえ……いくら代理の子とは言え、さすがに棒読み過ぎるよ。必死感がないんだよねえ……。
なんだか『はなしてもいいんじゃない?』って思えてきちゃったよ」
「……そうですか? はなさないでほしいから『はなさないで』って言ってるだけで……これ以上に表現のしようがありますか?」
崖に見せたセットからカメラのフレーム外へ出たふたりの少女。
疲れてもいないのに用意されていた飲み物で水分補給をしていた。
……かれこれ一時間は同じシーンを撮影している。
崖から落ちた少女を幼馴染の少女が助けるシーン――。
簡単なシーンのはずだが、演技素人がひとり混ざるだけで進捗は芳しくなかった。
「もっと必死になってくれよぉ!! ここがマジの崖だとして、足を踏み外して今にも落ちそうになった時、もっと大声で助けを求めて、差し出された腕にしがみつくだろう!?
今の君は相手に頼り切っているんだよ……普通は落ちそうな君が、手を出してくれた幼馴染に抱き着くように、自分から掴みにいくだろう!?」
「わかりません。だってここは崖じゃないし」
「クソ素人がァ!!」
苛立った監督が被っていた帽子を床に叩きつけていた。……そうなる気持ちは分からないでもないけれど……と、金髪碧眼の少女が、そっと彼女に近づいた――。
黒髪少女が演技素人であることは知っていたし、分かった上で今回の役に抜擢したのだ。
素人にできることなんて大したことない。
ビギナーズラックに少し期待をしていたところもあるが……、応えてはくれなさそうなのでここは本物の女優である金髪碧眼の少女が先導するしかない。
音もなく、細い手がもうひとりの少女の服の内側へ――――
「あっ……ちょっと、……なに?」
「ん? 嫌?」
「嫌、じゃないけど……。ここ、人前なんだけどさ……あとカメラもあるし……」
「撮影はしていないと思うけど……」
「それでも……人前で密着してこないで。あと胸も背中に当たってる……離れて。抱き着くのはいいけど、手つきがいやらしいのよ……私の体温を上げてどうするのよ……」
「ふふふー。昨日の夜の続きがしたいなって。今日の夜まで待ちきれないかも……」
「あのね――」
呆れて溜息が出た黒髪少女。
すると、「ふむふむ」とふたりの会話を盗み聞いて頷いていた監督が首を突っ込んできた。
「ただの友達と聞かされていたけど……なんだか特殊な関係っぽいね。君たちどんな関係なんだい? 面白ければシーンに取り入れてもいいかなって思うんだけど……」
「普通の友達ですから。……シア、余計なこと教えないでね」
「えー? でもぉ、ワタシは言いふらしたいんだけどなー」
ふたりだけの秘密。
きっと、大衆には理解されないだろうから……言えないし、言いたくないのだ。
「監督なら大丈夫だと思うよ。この人もこの人で異常性癖だから」
「おいおい、酷いこと言うじゃんシア嬢ちゃん。オレはこの通り、普通だぜ? 一般人が面白味がないだけさ。オレみたいなのが大成するんだよ――エンタメってそういうもんだぜ?」
「ほらね、頭おかしいでしょ?」
頭がおかしいから教えてもいい、とはならないが……。
「だとしても。……絶対に、ダ・メ!!」
「えー?」
不満そうだが、笑顔のシア嬢。
……彼女の笑みの種類はいくつかあり、些細な違いではあるものの、見ていれば彼女の考えていることが分かってしまう――。
だから簡単に読み解けた。
「シア」
「んー?」
「言わないでね?」
「どうしよっかなー」
シア嬢の後ろで聞きたい聞きたいとばかりに監督が跳ねておねだりしている。
気づけば周囲のスタッフたちも聞き耳を立てており、ふたりの関係性に興味津々だった。
……最初から、彼女たちの関係性にはスポットライトが当たっていたのだ。
ただのクラスメイトにしては仲が良過ぎるし、まだ若い女優とは言え、既に人気者であり、仕事もプライベートも付き合う相手を絞っているシア嬢だ。
……そんな彼女が唯一、友人と呼ぶ少女は……。
――ただの友達、ただの幼馴染のわけがない。
全員の興味が、ふたりに向いている。
「……みーちゃん、もう隠せないかも。教えちゃった方が楽だよ?」
「ダメよ」
「いいじゃんみーちゃん、今日の夜、なんでも言うこと聞くからぁ」
「う……、それでも、ダメなものはダメなの!!」
周りの視線に堪えられず、スタジオから出ていこうとする『みーちゃん』。
シアが追いかけてきてくれていると思って振り向けば、最愛のシアが、監督に耳打ちをしている光景が目に飛び込んできて――――、
つい、大声で叫んでいた。
「――ちょっ、シアッッ!! はなさないでッッ!!」
その怒声にスタジオが揺れた。
言われたシアも、彼女の剣幕に圧されて尻もちをついていた。
監督も、かけていた薄いサングラスがずれていて…………、
シアがぼそっと呟いた。
「それだ――」
「……なに」
「――それだよみーちゃん!! 今の迫真の『はなさないで』――、それを本番で言えば必死さが伝わってくるよ! ――うんっ、ばっちり! 次の撮影で決められるよね!?」
「は?」
戸惑っている内に、あれよあれよという間に撮影が再開された。
気づけばみーちゃんは崖から足を踏み外していて……シアと手を繋いでいる。
「よしっ、それじゃあ撮影を始めるぞ――――っし、アクション!!」
と、テイクいくつか分からないが、始まってしまった。
「え、あ……」
「(みーちゃんならできるよ、大丈夫……)」
と、信じてくれているようだが、言われてすぐにできるわけではない。
あの時と同じ必死さを出せと言われても、それはそれで難しい……。
すると、シアがぼそっと。
……小さな声だが音声さんは拾える声量だった。
「(ワタシとみーちゃんの関係性は、毎日、夜になると体を――)」
「ッッ、はなさないで、って言ってるでしょ!?!?」
「――ぅぃはいカットォ!! ばっちりだぜふたりともーっ!!」
撮影が終わった。
監督がそう言うなら、ばっちりだったのだろう……。演技をしているつもりがなかったみーちゃんは、踊らされただけでやりがいもなにもなかったけれど。
「ごめんねみーちゃん。……でも、上手くいったんだし、いいでしょ?」
「……シア、あんたねえ……っっ」
ばれていないからいいものを――ヒントを出し過ぎだ。
中には、言わないだけでふたりの関係性にぴんときた人もいるかもしれない……。
「……ばれてるとしたら恥ずかし過ぎるでしょ……っ」
「そんなことないよー? ワタシたちの関係は恥ずかしいことじゃないし」
「そうだけど……」
「それに、わざわざ言わなくてもさ……ヒントだって与えなくても、ワタシたちの関係はばれてると思うよ? もちろん、ワタシは言ってないからね?」
ノーヒントで答えに辿り着いたのか?
いや、そんなことはあり得ない……はず。
周りを見ると、女性スタッフと目がよく合うようになった。
今までもそうだったけど、意識してみれば目が合い過ぎる。
向こうがこっちを見ていなければ、目が合うことなんてほとんどないのだから……。
そして、みーちゃんを見る目がみな、シアと似ていた……。
「なに……、――なんなの!?」
「――ここはお花畑なんだよね」
――そう、百合の花の……。
…了
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