第3回 ラッピング too MUCH

…第3回お題「箱」



「――さて、これは聞いておかないとな……。

 今日紹介した女の子だったら、どっちがタイプなんだ?」


(無理やり)セッティングしてくれた食事会を終えてから。……ふたりの女の子の背中がまだ見えているというのに、隣の悪友がデリカシーなく感想を聞いてきた。

 ……せめて一息ついてからにしてくれないかな……。


 ただまあ、答えは出ているので返答に困ることはなかった。


「右の子」


「名前覚えてねえの?」


 なんだっけ……? あれ? 本当に覚えてないな……いいじゃん名前なんて。

 そんなもの、ただ区別するための記号じゃないか。

 仮に鈴木さんだとしよう。

 その子が鈴木という名前だから、彼女を彼女として判断しているのか? 違うだろう……、鈴木である以前に彼女が彼女である証拠は目で見て分かっている。

 顔、服装、雰囲気、空気感……それらで判断できているなら、彼女が鈴木であろうが佐藤だろうが山本だろうがなんでもいいのだ。


 結論。名前は覚えなくていい。


江瀬えせちゃんだよ。覚えやすいと思うけどな……」

似非えせさん?」

「ほら、もうまた同じいじり方をしてるじゃねえか。なんでそれで忘れるんだよ……」


 そう言えばそうだった……江瀬さんだ。

 じゃあ隣の子は真実まみちゃんかな。


「なんでそっちは覚えてんだ……、タイプじゃない方に詳しいのはなんでだよ……」


「偶然だよ。似非とくれば、じゃあ真実しんじつかなってくらいで……。印象に残ったから覚えていたわけじゃない。いやまあ、印象には残っているけど……」


「そうなのか? 印象には、まあ残る子だけどな……可愛い子だったし」

「どこにでも、いくらでもいるだろう綺麗な子だったよな」

「言い方に棘がある」


 自覚はある。

 悪友はしかし、一理あるとばかりに頷いていた。


「オレらが満場一致で可愛いって判断したってことは、周りにも可愛いと思われているってことだもんな……。ある程度はテンプレートに乗ってるわけだ。探せばどこにでもいるし、いくらでも作れる可愛さだ……可愛いだけで『個性』がないとも言えるな」


 彼女の強い個性はありふれているものだった……、今日みたいに少人数の中では輝くものだが、大人数の中では埋もれるものでしかない……。もしくは同じ系統の個性が集まる中で彼女が突出するかどうかになる。

 個性の色の差ではなく、強弱の差になっていくのが彼女たち同類の戦場になっているのだろう……――レールが敷かれた『可愛い』ルートに乗っていけば、ゴールに辿り着くことができるが、当然ながらレールの先には他人がいる。

 並走しているライバルだって多い。

 その中でどう生き残るかが重要になってくるな……。


「彼女に比べてしまえば、江瀬さんは分かりやすくて俺は好きだな」

「悪趣味な奴だ……」

「それは失礼な評価だろ……」


 まあ、悪趣味という評価も見当違いでもない。彼女は善人でなければ褒められた人格でもない。俺だって人のことを言えないが、江瀬さんはクズだった。

 出会ってすぐに不満たらたらで文句ばかり。おれたちの一挙手一投足に、チクチク刺さるようにお小言を加えてきて……、鬱陶しいとはこのことだ。

 人に合わせない、空気を読めない――……ではなく、読まないのか。

 彼女は集団生活には絶対に合わない人格だというのがすぐに分かった。

 分かりやすいくらいに――剥き出しの地雷みたいなものだ。


「でもさ、クズでも顔は良いだろ?」


「……すっぴんに近い顔にしては整ってるよな……、真実ちゃんが可愛い過ぎるせいで霞んでしまっていたけど、単体で見れば充分に美人の部類だ。

 クズだけど。

 オレは金を貰っても、あの子とは食事をしたくねえな……お前はしたいのかよ」


「したいかどうかと聞かれたら……別に。ただ、真実さんよりはマシかな」

「その心は?」


「真実さんは『綺麗にラッピングされたプレゼントの箱』なんだよ」


 超高級ブランドの包装紙で包まれて、リボンで飾り付けられた期待を煽るような見た目だ。

 中身はなんなのだろう……とわくわくさせてくれる子。だからこそ色々な人が彼女に集まり、期待をして、誰もがそのリボンを解こうとしてくれるのだ。


 江瀬さんの方は同じ箱だけど透明だ、安いプラケースだ……、中身が丸見えだ。透けて見えている彼女の中身は正直、人が群がるとは思えないグロテスクなものだ。

 大衆が見て喜ばない、癖のあるプレゼントだと思ってくれればいい――


 目の前にふたつの箱があった場合、さてどちらを選ぶ? という話だ。


 ――繰り返すが、俺は透明の箱を選ぶ。なぜかって? だって分かっているから。

 クズだと分かっているから。

 振り回されるって分かっているから。

 分かっているなら、開けてみてガッカリした、なんてことはない。


 最初からそういう人だって分かっていれば付き合い方に心構えができるし、対策ができる……こっちが合わせることだって……。

 もしかしたら思っていたより『良いもの』だった可能性だってあるのだから……見えているものが全てだと思って箱を開けないのは、それはそれでもったいない気がするな。


「ラッピングされた箱の方がいいだろ。期待外れでガッカリするかもしれないけど……、少なくともそっちよりはマシな気がするぜ?」


「どうだかな……開けてみなければ分からないだろ」


 ――箱の中身は分からない。


 透明な箱は見えているから先が見通せる。でも、ラッピングされた箱は中身が分からないから……、当然だけど透明の方より酷いことだってあるのだ。

 箱をラッピングしているのだから、中身だってラッピングしているかもしれない……。

 全てを解いて出てきた、一番奥にある『本性』がどういうものかは、誰にも分からない……――当人でなければ、な。


 誤魔化し続け、仮面を重ねて自分を限りなく小さくさせた女の子。


 そんな彼女に並ぶのは、全てを赤裸々に明かして、敵意さえも隠さず、わざと他人に嫌われにいく女の子――――ようはどっちがいいかって話だろう?


 なら――やっぱりクズがいい。


 どっちもクズかもしれないけど……見えているクズが、俺の好みだな。



「類は友を呼ぶ、か……」


「クズとクズは引かれ合う――こうして食事会をしているのだから、俺たちは引かれ合っているんだよ。……だとすると、ラッピングされた方も『丸見え』みたいなものかもな」




 …了

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