第2回 実装!VR内見

…第2回お題

「住宅の内見」




「――予約の榎本えのもと様ですね? お待ちしていました――

 わたくし今回の『VR内見』を担当させていただきます、さくら、と申します」



 ――多忙の中、引っ越し先を探していると内見にいく時間がなかなか取れない……そんな時に見つけたのが、この『VR内見』だ。


 対応している機種を持っていれば、アプリをダウンロードすることですぐに利用できる。簡単に個人情報を入力し、会員登録をして……、VRヘッドセットを装着する。

 ちょっとした空き時間に内見ができるのであれば、これ以上に楽なことはない。


 ……ただ、痒いところに手が届く、と言えるサービスではなかった。



「では、ご希望の物件の内見を始めていきますが、チュートリアルはお聞きになりますか?」

「ええ、よろしく」


「かしこまりました。今から榎本様が希望した物件の内見を、VR上でおこなっていきます。実際に歩く必要はありません。指示を頂ければ、わたくしが画面を動かしていきます……あ、実際に歩いてもらっても構いませんよ? 現在の榎本様が自由に動けるのであれば、ですが」


 実際に内見をするように移動するとなると、希望の物件並みに広い空間が必要になる。

 今は自宅で内見をしているので、希望した物件の中を歩けば自宅の壁にぶつかってしまうだろう。なので物件の中の移動は彼女に任せることにした。


「あの、さくらさん」

「なんでしょうか?」


「今から表示される物件って、VR上で表示されたデジタルデータ……ってことじゃない? なら……、実際の物件と少し違いを出して、実物よりも良く見せてる――なんてこともできるわけでしょう? この内見は信用してもいいのかしら」


「そういうことを疑うなら、実店舗に伺い、担当者と一緒に実際の物件を内見してもらった方がいいと思いますよ?」


 ぐうの音も出ない正論だった。

 流暢に喋る目の前のキャラクターは、高性能なAIなのだろうけど、本物の女の子みたいに表情が豊かで、感情があるように見えた。


 VRなら内見も無料でできる。

 担当者も、男女合わせて百人以上のキャラクターがいるし、それぞれの個性もちゃんと立っている。ネットでは人気のキャラに案内されたいがために、何度も何度も内見をするユーザーもいるらしくて……、誰が担当者になるかは運なのだ。


 ギャンブル性がある。

 目の前のさくらちゃんは……一応、人気上位のキャラクターだった。小柄で童顔な彼女は、任された仕事をなんとか頑張ってこなしている感じが、応援したくなる。


 無理難題を注文してみたくなるのは、彼女の困り顔がとても可愛いからだ……。しつこくいじめていると彼女もむくれてしまうけど……そんな顔をされると辞め時が分からなくなるというレビューが多数あり、こうなると内見よりもキャラクターメインで利用しているユーザーの方が多いのではないかと思ってしまう。


 こんなバズり方は想定外だろうけど……、

 多くの人が利用してくれているなら、企業としては成功だろう。


「VR内見というのは、物件のスクリーンショットでは満足できない、だけど実際に内見をするほどではない利用者のためのアプリですから。

 データ上の物件は忠実に作られてはいますが、やはり誤差は存在します。わたくしが言うことではありませんが、見たものをあまり鵜呑みになさらない方がいいと思いますよ?」


「本当にあなたが言うことではないわね」


 それでも言ってしまうところが彼女らしさなのだった。


 その後、VR内見が始まった。

 都内、女性のひとり暮らしで、家賃はまあ……大きく幅を取って色々と見てみようと思ったので、7万から10万の間で気になった物件をピックアップしている。

 駅に近くて、日当たりが良く、角部屋、二階以上――となると選べる物件もそうなかった。


「では一件目がこちらです――映像に乱れはありませんか?」

「ええ、問題ないわね……、浴室が玄関に近いのはいいわね……」

「浴室の中も見ますか?」

「見せてくれる?」


 他にもトイレ、ベランダ……予想外だったのが、ベランダの外から見える景色まで再現されていた。駅に近いので電車が見える――あ、ちょうど電車が通り過ぎていった……。

 まさかと思って聞いてみれば、「現在、運行している電車ですね」とリアルタイムの町の変化も見せてくれるらしい。

 ……さすがに向かいの一軒家の洗濯物の種類まではテキトーに作ったものなんだよね?


「物件内で気になったところをタップしてみてください。正常に動作していますか? しているのであれば、タップした箇所の詳細が分かるようになっています」


 無視された気がしたけど……、えっと、なんだっけ? 気になったところを指で触れたら説明が出るのかな――そう言えばさっき、備え付けのエアコンをタップしたら、メーカーの名前や機種名、型番が表示されていた。

 つまり物件内、表示されている部分は全てこうして詳細が表示されるということなのだろう……、ただこれ、便利、かな……?

 型番を表示されてもマニアじゃなければ分からないでしょ。

 良し悪しなんてもっと分からない。


「……ねえねえ、右端にあるこのマークは……?」


「虫マークです。物件の周辺に生息している昆虫や動物の詳細が分かります。開いても大丈夫ですよ? 虫が苦手な方のために、画像は伏せていますので……。見たい方だけが見られるようになっています」


「これ、つまりゴキブリが部屋に出るってことよね……?」

「です。でも、絶対に出ない物件なんてありませんよ?」


 対策として、おすすめのゴキブリホイホイが出てきた。

 ゴキブリの実物写真は配慮してくれたのに、ゴキブリホイホイのパッケージのゴキブリはすごいリアルで、それは伏せてくれないのね……。というかこれはパッケージが悪いと思う。


「……? ねえ、コンセントをタップするとまた型番が出てきたんだけど……」


「使われた部品の型番ではないでしょうか。一応、全ての材料には型番を表示するようにしてありますので……。

 もしも邪魔であれば、お好みで設定できますので、表示非表示設定はご自分でお願いします」


 ……細かいところまで表示してくれるのは親切だけど、度が過ぎている気がする……。

 多忙な中で、細かい設定まではさすがにいじれなかった……まあいっか。

 邪魔に感じるけどすぐに閉じればいいだけだし……そもそもタップしなければいいのだから。

 本当に知りたいところしか、タップもしないわけで……。


「ちなみにですが、以前の入居者はあの位置にテレビを置いていたみたいですね」

「へえ……」

 アンテナ接続部の関係上かな?


「ベッドはあちらに」


 と、さくらちゃんが魔法を使うみたいに指を振ると、テレビとベッドを置いた私生活が見える部屋に切り替わった。

 ……どれほどの大きさの家具を置いたら、どれだけ部屋が狭くなるのか――まで、内見で分かるようだった。

 もしかして事前に家具のデータを入れておけば、入居前から模様替えを楽しめたりできる……?


「できますけど、多忙な中で何時間も悩まれても……いえ、榎本様が良いのであればこちらも止めはしませんが」


 ……そうだ、多忙だからVR内見をしているのだ。ささっと内見は終わらせたい。


「こちらの部屋にはこれまで三人が入居していまして……三名中二名がさきほど言った通りにテレビの位置があそこになります。……収まりがいいのかもしれませんね」


 確かに、部屋を見回せば、テレビを置くとしたらあそこだ……。

 あそこしかない、とまでは言わないが、他の位置はなんだか、しっくりこない。

 同じところに置かなかったひとりの場所が気になるけど……。


「一名はテレビを所持していませんでした」

「ああ……そういう……」


 じゃあ百パーセントだ。

 テレビはあそこ以外に置く場所はないのだろう。


 それにしても、入居者が置いたテレビの位置まで分かってしまうなんて……、アンケートでも取ったのかしら。

 VR上ならそんなことまで再現でき、これからの入居者の参考になってくれる……、お試しでやってみたけど、VR内見、いいかもしれない。


 内見しているだけでもなかなか楽しい。借りる気がないけど海外の住宅も内見できるようになれば……、他のVR映像とは違ってリアルなこのアプリは、観光感覚で使えるかもしれない。


 もちろん、先方は借りてほしいと言うだろうけど。


「榎本様、そろそろ次の物件へ参りましょー」



 合計で四件、物件を内見した。……全部良かったけど、ただ住むとなると決めきれなかった。

 こうも簡単に内見ができるとなると、決めづらい気もする……。最初は悪印象だったけど、内見してみれば意外と良かった穴場の物件があるかもしれないし……。


 そう考えると良い物件を見つけてもそのまま勢いでは決めきれない。

 他にも良い物件があるのでは? なんて考え出したら終わりがなかった。


 内見の敷居が低くなったことで、内見数が増えても意外と成約数は減っているのでは……? いや、総合的に見れば増えているのかもしれない。

 内見がしやすくなれば引っ越しに消極的な層も取り込めるかもしれないし……、そのへんのことは企業にしか分からない事情だった。


「今日はご利用ありがとうざいました。またのお越しをお待ちしております――」


 今回は四件を見た後でログアウトをした。

 忘れそうになるけど、私は多忙なのだ。


「…………」


 ヘッドセットを取った後で、拭えないモヤモヤがあることで、気持ち悪かった。

 便利な機能が盛りだくさんで、色々と参考になったけれど、でも――以前の入居者の細かい部屋のレイアウトを、どうやって知って、再現できたのだろう?

 退去時に聞いていた? 適度にアンケートを送って答えさせていた、なら、可能かもしれない。それにしては、使っている家具や家電のメーカーまで詳しく表示されていたけど……。


 今の機械はハイテクだから、それくらいできると言われてしまえば納得してしまうが……いやいや、でもやっぱりおかしい。私生活まで教えるなんて…………私だったらあり得ない。


「……そう言えば……あれ――」


 どの物件でも見ることができた、家電でも家具でもなく、部屋の中のなんでもないところをタップすると出てくる英数字の羅列――型番。

 正確に覚えているわけではないけれど、なんとなくで記憶しているその型番で、検索――しかし、出てこない。質問サイトで聞いてみれば――『この型番ではないですか? 商品ページへのリンクを貼っておきますね』と丁寧に返答があった。

 答えてくれた人に感謝し、これをベストアンサーとしよう……。


 そして、貼られてあったリンクをクリックすると――出てきた。



 盗聴器。


 もうひとつの型番は――カメラだ。



「…………」



 今日、内見した物件のあちこちから発見できた型番だ。


 設置されている設備の全てを表示する仕様のせいで、明るみになった闇……。


 これってつまり、入居者の私生活を盗み見ているってことだよね……?

 盗み聞きもしている。


 だから家具の位置や利用している家電のメーカーまで分かったのだ。

 よく選ぶ色まで記録されているのは……プライバシーの侵害じゃないの?


 内見した四件とも……仕掛けられていた。


 たまたま選んだ四件だけ? それとも……全部の物件が?



 後日。

 盗聴・盗撮をしているのではないか、と不動産屋に指摘すれば――――

 対応した管理者はあっけらかんと言った。


「ですから、アプリ内の映像と実際の物件には差がありますから……、盗聴器? カメラ? ありませんよ――不満であれば今から実際に内見しますか?」


 売り言葉に買い言葉で「ええいきましょうよ!」と言いそうになったけど、いってどうする……、壁に穴を開けるのか?

 できないだろう……それをすれば、もうここに住むと言っているようなものだった。


 VR内見で使えた詳細表示は使えない。


 自分の目で見て、良し悪しを判断するしかないのだ。


 ……現実とは、なんて不便なんだ!


 だからと言って、表示された詳細が全て事実とも言えないけど……。





 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る