第43話「神の加護」

 こっちに来てから一日として忘れたことが無いその姿。綺麗な白髪と神秘的な青い服。そして女神と呼ぶにふさわしく、美少女とも呼べるその美しい顔。


 ……メルだ。


「メル!」

「お久しぶりです。たまに貴方の様子を伺っていたんですよ」

「嬉しい様な恥ずかしい様な……複雑」

「へへっ……コホン」


 久しぶりの再開に心が踊る。しかし、相変わらず可愛いなぁ。いや待てよ、俺がここに居るってことは――


「――俺、死んだの?」

「まあ、普通ならそう考えますよね。安心してください、ここは私の創りだした仮想空間です。……簡単な話、私の自室です」

「うーん、ん?」

「……精神と時の部屋みたいなものです」

「納得……!」


 メルは微笑みながら答える。なんだか懐かしい気分だ。


「とにかく、今は時間がありません」

「ずっとは、続かないんだね……」

「私が怒られちゃいます。こんなこと、本当はいけないんですから」

「なら、どうして……?」

「んー、どうしてでしょうね。まあ、魔王倒すって人が、魔王軍の幹部なんかにやられてちゃ話になりませんしね」


 メル……本気で俺に魔王が倒せると思ってるのかな。さっき、たまに様子を伺ってるとか言ってたよね。どう考えても勝てそうに無いのだが。


「とにかく……、頭でも撫でてあげましょうか」

「なんで? どうしてそうなるの、嬉しいけど」

「なんだか、ネコさんみたいです」


 何をもって猫と判断したのだろうか。まあ、メルのおててが気持ちいいからなんでもいい。というか、メルは俺のことを恋人として認めてるって事でいいのか……?

 ……それはさておき、だ。今は時間が無いらしいから、本題へ入ろうと思う……が、その前に気になることを一つ。


「メル……いや、姫月ちゃん」

「――ッ⁉」

「どうして異世界に連れてきたのか、教えてくれないかな」

「まっ、待ってください! いつから……いつから気付いてたんですか⁉」

「異世界へ来てから、しばらくあの日の事を思い出してるうちに、なんとなく?」


 メルはとても驚いた様子である。まあ、会話の中からいくつかそれっぽいヒントはあったし、少し抜けてるところも彼女らしい。


「……あの日のこと、怒ってますか?」

「いんや、別に」

「フィクサーさんを……」

「……それは君じゃない。どうして嘘をつくんだ、どうして俺をこの世界に連れてきた? 答えてくれ」

「さすが、チトさんです。分かりました、全てお話します――」


 ――俺はメルから真実を聞いた。真実はこうだ。


 姫月ちゃん……もとい、メルは色々あって天界から逃げるように出て行ったという。その色々は話してくれなかった。

 しかし、俺に接近したのは意図的な行動であったらしい。目的は教えてくれなかった。なんかモジモジしてたけど。もしかして、出会う前から惚れちゃってたとかー? へっ、へへっ……んなわけねーか。

 そして、フィクサーの死は原因不明。とりあえず、姫月ちゃんがやっていないことは判った。ひとまず安心である。

 最後の謎、異世界へ来る前に何故あのような馬鹿な真似をしたのか、についてであるが……答えはただ一言。


「貴方を苦しめる世界と、悲しい現状から救いたかったからです」


 それだけであった。俺が元々抱いていたこの世界への不満とフィクサーの死から、彼女なりの方法で救ってくれたのだろう。


 不器用だなぁ、俺は姫月ちゃんとの二人暮しで満足だというのに。


「最後のお知らせとしては、この世界にフィクサーさんらしき人物が入ってきたという記録が見つかりました」

「おぉ、そうか」

「反応薄いですね……」

「まあ、生きてようが死んでようが、どこかで逢うつもりだったし」

「本当に訳の分からなくなってきました……」

「ははっ」

 

 どうやら、フィクサーが生きている可能性も見つかったらしい。しかしまあ……どうしてだろうか。アイツが死んでるって感じがしないんだよな……。まあ、どっかで会えるだろう。

 すると、苦笑いしながらメルが俺に語りかける。


「本当にチトさんって、どこまでも私のことを信頼してくれますよね」

「んー、例えばー?」

「私がフィクサーさんを殺したって言っても、本気にしてくれなかったじゃないですか」

「あぁ、それはな、俺はフィクサーが銃殺されたって言って血の着いた銃弾を見せただろ?」

「は、はい、見ましたけど……」

「実際には、フィクサーは刺されて死んだんだ。あぁ、銃弾はおもちゃだよ? けど、君は銃殺した体で話した。それだけ」


 俺は名探偵の推理ショー気分で、嘘を見破った方法を明かした。


「そうなると、中々の演技力をお持ちで……」

「知ってる? 人間はみんな世界という舞台の上で嘘を重ねて生きてるんだよ? だからこのくらい、大したことないって」

「ひねくれ者……」


 メルはジト目で俺を見つめる。しかし、いつになったら頭を撫でるのを止めるのだろうか。ずっとこのままでもいいけど。


「さて、これでモヤは晴れましたか?」

「快晴だ」

「それなら良かったです。では、本題へ移りましょう」

「分かった。キスだね……!」

「違います」


 俺の想いは儚く散った。なんだろう、姫月ちゃんよりメルの姿の方が断然冷たくなった様に感じる。


「メルちゃーん、つめたーい」

「氷点下の氷で凍らせることが可能ですが、お望みですか?」

「こわい、こわいよ……! やめてっ!」


 メルは笑顔でありながらも怒りが溢れ出す、そんな雰囲気を放っていた。可愛らしい声の裏に潜む怒りの念……恐ろしや。

 非常に寒気がしてきた……。


「とりあえず、チトさんの身体能力を全て神様レベルにしておきます。あの忌まわしきトレントを駆除するまでの間ですけどね」

「しれっと、とんでもないことを言うね……」


 全ステカンストとかいうチートバフを授けてくれるみたい。平然と言ってるんだから、本当に怒らせたらやばそう。うん、メルには優しくしよう。元々優しくしてるけどね。

 

「そして見ている限りですと、チトさんの影に何者か潜んでますよ……?」

「え、なにそれ……」

「嫌な気配ですけど、悪意は無いみたいです……。お仲間さんでしょうか?」

「うーん、リノエかな……? そういえば影魔法が得意とか言ってたっけ……」

「チトさんはもっと仲間を頼った方がいいですよ。責任感が強いところは変わってないんだから……」


 今度は優しい微笑み。なんだか癒されるような、そんな表情。その顔に、俺の心も思わず安堵している。


「あ、そうだ。実はさ、時が止まるみたいな現象が起きたんだよ。身体が動かなくて、周りの色が全体的に青く映ったんだ。何か知らないかな?」

「見たところ、チトさんの二つ目のギフトスキル、《全能》が出現しようとしていますね」


 ギフトスキルって確か、固有のスキルの事だよな。あの知識が頭に入ってくる《全知》ってやつなら獲得したけど……。


「『ギフトスキル』を二つ所持し、真なる境地に立とうとした時、進化形態の固有スキル『リゾーススキル』へと進化します。まあ、まだ先の話でしょうけど……」

「そういうのワクワクするなぁ……! 早く《全能》とかいうスキル現れないかなーっ」

「チトさん、言っておきますけど、ギフトスキルなんて一生を尽くしても獲得できない人なんて、ごまんといるんですから! 一つでも獲得できるだけ凄い事なんですからね……」

「なんか、すみません……」


 とりあえず、聞きたいことは聞いた。とりま、一勝してきますか。

 すると、メルは天使の様な癒される声と、大切な物を優しく支える様な安心感のある力加減で俺の体を包んだ。


「知ってますか、ハグは幸福度や安心感を増幅させるらしいですよ」

「それに加えて、相手が好きな人だと、何倍にも膨れ上がると思うんだ」

「「……」」


 正直、ずっとこの時間が続けば良いのに、と考えてしまう程に終わって欲しくないこの時間。

 ……けど、このまま甘い時間に溶けていては、何も変われない。俺の仲間達は命懸けて戦っている。楽しい時間には必ず終わりが来る。けど、苦しい時間にも終わりはあるはずだ。

 さっさと世界救って、第三の人生を歩むために。


「ちょっくら、未来のお嫁さんのために頑張ってくるわ……」

「そ、そうして、ください……」


 メルは照れた顔を隠す様にそっぽ向いた。

 ……こんな可愛い姿を見たら、負ける気がしない‼ 待っとけよ、シルヴァ!


「じゃあ、また」

「おう、ありがとね」


 軽く微笑んだメルに手を振った俺は、再び異世界へと戻ってきた。時間の進みは一秒として進んでないらしいけど。


 そして、世界の時間は動き出した。

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