第39話「VS森の魔物」

「綺麗なお顔です……。シルヴァ様、お持ち帰りなどは不可能でしょうか」

「はぁ……、君に任せる、そう言ったはずだ。大人しくしてもらえれば、好きにしてくれて構わない。ただ、油断は計画の失敗に繋がる」

「肝に銘じております」

「ストラー、君の女性好きは相変わらずだな……」

「紳士なんですよ。フフッ」


 ストラー……奴はかなりの変態だった。てことは、フィリスの攻撃も喜んで受けに行っていた可能性が高い。考えるだけ寒気がするのでやめよう。とにかく、リノエが危ない。どうにかして起こしたいが……。


「では、今度こそ確実に殺してあげよう」

「やっぱりそうなるよな……」


 予想通り、シルヴァは俺を殺そうとしてくる。ゴブリンやらオークやらも迫ってるってのにどうしたら……。

 イヴは二体の上位モンスター相手に手一杯だ。俺がなんとかするしかないのか。でもどうすれば。

 ストラーはリノエの手を握ろうとそっとしゃがみ込む。目の前の敵もどうにかしなきゃだが、やっぱ仲間優先だよな……!


「そこをどきやがれ、変態タマムシ!」

「無駄だということがまだ解りませんか…………あれ、魔法が使えない、何故です⁉」


 俺がストラーに向かって攻撃しようとすると、ストラーは手を構えたまま焦りだした。そして、うちの偉大な魔法使い様のお目覚めである。


「……哀れね、既にこの森に居る魔物の魔力は制限してあるのよ」

「そんな、魔王軍最高幹部レベルの能力を扱えると言うのですか⁉ このお嬢さんに?」

「この程度なら、寝ながらでも可能よ。で、さっきから聞いていれば、気持ち悪いのだけれど。緑の貴方と、呼びかけのうるさい弱小冒険者さん?」

「リノエ……! 余計な事を言わなければ本当に最高だった!」


 寝起きだというのにキリッとした表情、これはやる気も集中力も絶好調の時のリノエだ。あれ、もしかして俺、リノエソムリエになれるんじゃね?


「美女の睡眠中に手を出すだなんて、紳士もいいところ……ちょっと待って、何してるの⁉ 止めなさい!」

「何って、愛情表現ですよ」


 リノエの荒らげた声を聴くのは初めてかもしれない。まあ、無理も無いだろう。何せ、変態が女の子の足を掴んで顔を擦り付けてるのだから。

 ちょっと前の約束だが、俺は彼女のボディガードを担っている。よって、俺にはリノエを守る義務がある。魔力を扱えない魔物が怖いものか。

 俺はゴミを見るような視線をストラーに向けながら、剣を抜く。


「あまり調子に乗るなよ、タマムシ」

「グッ……」

「本当に気持ち悪いわ……」


 俺はストラーの両腕を切り落とした。解放されたリノエは二歩くらい遠ざかる。

 すると、こちらへ近付いて来たシルヴァが、ストラーに視線を向けて話す。

 

「ストラー、何をしている?」

「シルヴァ様、し、下準備が完了しました!」

「両腕を失うのも準備の中に含まれているのか?」

「はい、もちろんですとも」

「……」


 誰が聞いても言い訳だ。その様子にシルヴァも呆れている。なんか、大変な仲間を持つ気持ちは解らんでもない。

 しかし、ストラーはすぐに両手を生やした。気持ち悪い。


「さて、リノエさん、でしたか。そろそろ本気でやらせて頂きます」

「イツキくん、この変態は片付けておくから、後のことは任せたわ」

「できるなら、後のことも任せたいとこだが……」

「相変わらず頼りないわね……。はぁ、これはオマケよ――魔法陣展開」


 気力の無い瞼はそのまま、しかしどこか気迫のある瞳。覇気というのだろうか、圧倒する様な存在感。

 リノエの足元を中心に魔法陣がとてつもない速度で広がっていく。やがては辺り一体を取り巻く巨大な魔法陣が完成していた。


「静まりなさい、《ミエド》」


 魔法陣から強力な光が空へ向かって放たれる。

 そこまで眩しい訳では無い。しかし、俺たちを囲んでいたオークやゴブリンなどの魔物が次々に倒れ込んでいく。


「うっ……なんですか、この感覚は……!」

「魔力を生命とする者にとっての威圧。その感情を『恐怖』と呼ぶのよ」


 次第に魔法陣は消え、辺りの魔物も倒れていた。イヴの相手しているゴブリンとオークは膝をついて頭を抱えている。ストラーも自分の肩を両手で掴んでいる。

 ただ、シルヴァは……。

 

「くだらない。あの大きさの魔法陣でも使えば、先程の魔力制限も解除されているだろう。特に俺の魔力を制限するのは、かなりの量の魔素が必要だろうな。最も、俺には魔力が無くとも土に草木が生えている限り戦闘は可能だが」


 やはり魔王軍幹部なだけあって、随分と余裕な様を見せている。リノエも魔力を維持するのが難しいのか、魔法陣が少しずつ薄れていく。

 

「リノエ、大丈夫なのか……?」

「平気よ。ただ、これ以上サポートは望まない事ね」

「助かった! ここからはなんとか足掻いてみるよ」

「そうして頂戴」


 リノエの魔法陣は完全に消えた。魔力制限? とやらも解除されたらしい。

 ここから先はいよいよ、本当に俺一人の力でなんとかしなければならないっぽいな。


「そんじゃ、最終ラウンドといこうか……!」

「今回は絶望なんて物では済まないだろうから、しっかりと覚悟をしておくんだ。青二才」


 シルヴァは手のひらを地面に向けて、何かを吸収し始める。それを見た俺は、震えそうな足を抑えて剣を抜いた。

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