第38話「トレント」
「退きなさい」
行く道を塞ごうとするトレントに、リノエが手から炎をボッと出しながら命令する。その言葉にピクつかせて逃げていくトレントたちがなんだか可哀想にも思えてきた。いやいや、アイツらは悪意のある魔物だ。
「ん、ここで道は塞がってるわね。もう一度、魔法を放とうかしら」
行き着いた先は木に囲まれた木々、森という森。魔法がここで切れたのかな。だが、リノエが聞こえるように言っても木は動かない。これはトレントじゃないのか……?
すると、地面から太い根が数本出てきて、渦巻く様に人型へ変形し、あっという間に人の姿が現れた。いや、これは……。
「君たちか、森を荒らす者は。……見覚えのある顔が居るな」
相変わらずの無気力な目、黒髪に全体的な深緑色のメッシュ、整った顔立ち。
間違いない、魔王軍幹部のトレント――
――シルヴァだ。
「お前ら、気を付けろ!」
「……うるさいわね。で、こいつ倒したらどのくらいの稼ぎになるのかしら」
「この前は倒し損ねたからな。……決着をつけようではないか!」
「冒険者はこうでなくっちゃ!」
俺は必死に仲間たちへ危険を知らせた。だが、コイツらはシルヴァのことをものともせずに戦う気満々だ。
しかし、そんな戦意も口にした時には既に遅かった。
「君たちの足を根で拘束した。その根は巻き付いた者の魔力を吸い取り、やがてその身は樹木となる。俺の邪魔をしただけで帰れると思わないことだ」
「「「……」」」
以前、俺もこの根に拘束され、体の自由を奪われそうになった。しかし三人は動じること無く、じっと根を見て各々武器やら魔法の準備を始める。
フィリスは大剣を抜き、リノエは片手のひらを根に向け、イヴはゲートから槍を取り出した。
そして絡みつく根を刺し砕き、燃やし、突き刺した。
あ、やっぱコイツら強い。我が仲間ながらそう思ったイツキくん(16)であった。
ちなみに、俺も攻撃パターンを記憶していたので、不意打ちで根が出てきたタイミングを見計らい、生えてきた所を力強く踏んで、足から氷魔法を密かに発動していた。根自体を凍らせることで生えてくるのを抑えるという作戦だ。
「ふむ、想定していたよりやるな……。俺の根はそう簡単にはちぎれないはずなんだが」
「では、次は私から行くぞ!」
「構わない、無駄な足掻きでもしていてくれ」
フィリスは大剣を片手に走りだし、シルヴァにぶつける構えと同時に両手で剣に力を込める。そんなフィリスに動じないシルヴァはぼーっとフィリスのことを見ていた。
その刹那、今まで何も無かった空間に何者かが現れる。
「はぁぁぁっ! くっ……」
「シルヴァ様、遅れました」
「問題無い」
緑髪に執事服の男がフィリスの攻撃を受け止める。……いや、反動で片手を抑えているから、かなり効いてるみたいだ。
「他にも仲間が居るのか……!」
「ストラー、ゴブザとオグロ、それとフィレは?」
「はい、もう時期到着する頃かと」
シルヴァは執事服の男と何か話している。そこを狙ったのか、フィリスが再び攻撃を繰り出す。
「随分と余裕じゃないか! はぁっ!」
「ふんっ! 残念やったなァ、嬢さん! ワイが来たからには、心配は要らんで~! シルヴァさん!」
「ひっ……」
シルヴァの仲間がもう一人出てきた。その容姿にフィリスはピクピクと体を震わせている。
そう、シルヴァの仲間の姿は魚であった。それも、手と足の生えた魚だ。なんだか、寿司屋のキャラクターにいそう。
「ワイは『プラズマスクァルス』のフィレや。シルヴァさんに名前と魔力を授かって手足生えてもうたわ! ははっ、嬢さん、もっと遊ぼうや!」
「むりむりむりむりっ! 助けてくれ、イツキ!」
「……なんか、一気に頼りなくなったな」
人型? の魚に怯えるフィリスがこちらに向かって全力疾走してくる。しかし、魚のフィレはフィリスを逃がすわけもなく……。
「どこ行くんや、戦わへんのかい!」
「ひぃぃぃっ!」
逃げようとするフィリスの前に、フィレと名乗る手足の生えたプラズマスクァルスは瞬間移動する様に現れた。
ちなみに、プラズマスクァルスという生き物は以前、泉を浄化する際に現れたモンスターだ。確か雷が無効だったか。
「ワイは最近死んでもうてな、シルヴァさんに助けてもらった際に蘇った事になってて、半分霊体なんや。ほんでこういう瞬間移動みたいなこともできるっちゅうこっちゃ」
「お、おお、おばけ……⁉」
「おいまて、フィリスキラーじゃねぇか!」
「いちゅきぃ、たしゅけてくれぇぇ」
ようやく俺の所へたどり着いたフィリスが、泣きながらギュッと俺を抱きしめる。なんか可愛いなコイツ。
「嬢さん、遊ぼ言うてるやろ!」
「ぐっ……!」
「うあぁぁっ!」
しかし、フィレは逃すわけも無く、フィリスに電撃を与える。もちろん触れている俺まで感電を食らう。
その時、膝をついた俺を残してフィリスは立ち上がった。そしてフィレの方向を向く。
「……やっぱ無理だ。魚と霊は苦手だぁぁぁっ‼」
そのまま回れ右をして再び全力疾走をして……逃げた。今日のフィリスはなんだか情けない。まあ、相手が相手だったから仕方ないのか……?
「またんかーい!」
「おってくりゅにゃぁぁぁ!」
大事な戦闘中に鬼ごっこしてやがる。これ、逃〇中じゃないんだけど。
「さて、お互いに戦力が一つ減ったが……」
「三対二で俺らの方が優勢だ」
「何か勘違いをしていないか。俺一人でも君たちを消すことは可能だが、魔王様から授かった貴重な魔力を使用したくないだけだ」
「それじゃあ、土に埋めてやるよ、二度と芽生えないように!」
「土に埋まるのはおめェだよっ!」
「遅れてすまないな」
「――ッ⁉」
俺が剣を構えてシルヴァの体に刃を向けたその時、草陰から巨大な二体の魔物が現れた。
一体はゴツイ装備にギザギザとした大剣と赤色の斧を両手に持ち、もう一体は軽装と細長い手に釘の刺さったバットを持っている。
俺はそいつらを前に腕が止まった。恐らく、オークとゴブリンだ。それも上位種。なんとか手を打たねば……。
「何ボーッとしてんだよっ!」
「随分と余裕じゃないか」
二体は俺を目掛けて攻撃する。なんとか躱そうとするも、武器が大きくて避けきれない。このままじゃ、かなりやばいな……。
すると、恐怖を感じて目を閉じた俺の耳に金属音が聴こえた。
「イツキ、そろそろ出番?」
「イヴ……!」
イヴが両手に一本ずつダガーを持って二体の攻撃を防いでいた。オークとゴブリンも驚いたのか、一歩引く。
「ガキィ、オレらとやるきかァ?」
「なんて速さだ、我が相手をしよう」
「イヴ一人は危険だ、リノエと…………って、寝てる⁉」
こんな緊急事態に、木陰ですーすーと寝息をたてながら木にもたれ掛かるリノエ。いよいよ心配になりそうだ。
「そーだ、もっと面白くしよう! ゴブリン軍、狩りの時間だッ!!」
「……オーク軍、食事だ」
二体は援軍を呼びかける。すると次の瞬間には、ここら一体がゴブリンとオークで囲まれていた。そして徐々に中心へ近づいていく。
「しまった、囲まれたか」
「イツキ、これはちょっとマズイよ……」
「あぁ、とりあえずリノエの所へ行きたいが、動けば不意をつかれてしまうかもしれない」
俺はリノエを呼びかけるが、一言も返事は無い。深いとこまで寝てやがる……。
「リノエ! いい加減に起きろ!」
「ストラー、あの魔法使いは君に任せた」
「承知致しました」
先程、フィリスの攻撃を防いだ、緑髪の男がこちらに向かってくる。狙いは木陰で寝息をたてているリノエだ。
「悪いが、こっちのお嬢様はお休み中なんだ。手を出すのは控えてもらおうか! 《トニトルス》ッ」
俺は貯まっていたスキルポイントで取得していた初級雷魔法をストラーとかいう男に放つ。
「無駄です。何故なら、土がある限り、何処にでも瞬時に移動が可能ですからね……!」
「リノエッ!」
俺は思わず振り返る。
するとストラーは、瞬く間に俺の背後どころか、リノエの元へ到着していた。
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