第35話「そして彼は宙を舞う」

「チトさん、体調は良くなりましたか……?」

「あ、あぁ、お陰様で」

「そうですか。それはよかったです」


 フィクサーは死んだ……いや、消えたというべきか。

それから数日、ベッドに横たわった俺は、一口も食べ物を口にせず、ただ壁を見つめては、あの日の事を思い出していた。


 数日前の夜、俺はアイツにアイスを買ってくるように頼んだ。というかパシッた。

 しかし、途中で雨が降り出したことに気付いた優しい俺は、慌ててフィクサーの元へ向かった。その道中で、人の居ない街灯の下で座り込むフィクサーを見つけ、急いで駆けつけた。それは近づくに連れて血まみれになっており、一番驚いたのは、胸をナイフで刺されていたことだ。

 そして俺が声をかけようとした途端、街灯は消えた……いや、視界が真っ暗になった。恐怖で言葉も出ない。

 数秒して視界は開けたが、目に映るのは街灯の明かりとフィクサーが大切にしていたキーホルダー、そして謎のマークが印された紙だけ。そこにアイツの姿どころか、大量の血痕すら残っていなかった。


 生死はともかく、どこ行っちゃったんだよ、フィクサー。


「姫月ちゃん、ありがとね。それと、その……色々と迷惑かけてごめん」

「いえいえ。チトさんまで居なくなったらって考えたら、とても寂しくて……」

「姫月ちゃんが居なかったら、正直ダメだったかも。いや、まだかなり辛いけどさ……」

「「……」」


 お互いに俯いたまま押し黙る。

 時刻は二十一時を回った。今夜は雨も降ってないし、少し夜景でも見ようかな。


「少しベランダで夜景でも、どうかな?」

「いいですね、今行きます」


 俺はベランダのドアを開けて、夜風に浸りながらフェンスに手を乗せた。その隣で姫月ちゃんが夜空を眺めている。


「わあ、今夜は月が綺麗ですね~!」

「待って、それって俺への愛の告白?」

「違います♡」

「だ、だよね……」


 いつも通りの会話に、静寂だった空気が和む。そう考えると、フィクサーはいつも場を和ませていた。やはりアイツ、実は天才で最高のバカなのかもしれない。


「星も綺麗だな」

「ですね、とっても」


 俺が夜空を眺めていると、姫月ちゃんがこちらを向いて話しかけてきた。


「ねぇ、チトさん」

「ん、どうした?」

「もし仮に、フィクサーさんが生きているとしたら、チトさんはどうしますか?」


 姫月ちゃんの質問に俺は一瞬戸惑うが、しんみりしたのはしばらくゴメンだ。という訳で、答えは一つ。


「渡したアイス代を返してもらう」

「ん……?」

「お金の貸し借りはトラブルを巻き起こすからな。しっかり気を付けるんだぞ?」


 予想通りというか、姫月ちゃんはポカンとしている。


「も、もっと大事な何かありますよね?」

「……謝る。んで、殴られて、殴り返す。そして、アイスを一緒に食べる」

「はい? なんで暴力が混ざってるんですか……」

「一回お互いに殴られたら、スカッとするもんじゃないの? 知らんけど」


 姫月ちゃんはジト目で、はぁ……とため息をついた。小動物みたいで可愛い。

 すると、姫月ちゃんはフェンスの手すりに腰掛けながら、こちらを向いた。支えている手が滑ったら、もちろんあの世行きだ。

 そして、姫月ちゃんは微笑む。


「チトさん、実はフィクサーさんを殺したの……私なんです。驚きました?」

「今すぐそこから降りて。危ないから」

「そうですね、ではチトさんもフェンスの上に乗ってください」


 俺には何が何だか理解できてなかったが、姫月ちゃんの言う通りにした。


 今度は俺の方から話を進める。


「で、これはどんなゲーム?」

「ゲーム……ですか。そうですね、どちらがフィクサーさんに会うかゲーム、なんてどうでしょう?」

「……」

「どうしましたか、チトさん?」

「……」


 姫月ちゃんはまるで、隠していた事をさらけ出す様な口振りで話す。


「もしかして、信じてませんか? 私がフィクサーさんを殺したってやつ」

「信じるわけないだろ……」

「なら、これはどうです? 信じてくれましたか?」


 それは、倒れたフィクサーの近くにあった紙の印と同じマークだ。

 しかし、あの夜は姫月ちゃんと一緒に居た。俺が外に出てからは……いや、そんなはずはない。姫月ちゃんみたいな子が、そんなことするワケないだろ。


「なんでそれを持ってるの?」

「私の物ですよ、何もおかしなことはありません」

「嘘って、言って……」


 胸が苦しい。また俺は独りなのか? どうしていつもこうなんだ。期待しては勘違いを繰り返す。最悪だ。


「泣いちゃいましたか。……また、抱きしめてあげましょうか?」

「……」

「はぁ、こんなのさっさと終わらせましょう」

「……確かに、力の強いフィクサー相手に君のような女の子が対抗するには、銃しかないもんな。これは、その時に拾った弾だ」


 俺はポケットから、血の付いた弾丸を取り出して、姫月ちゃんに見せた。まあ、今の姫月ちゃんは動じもしないが。


「銃が楽だっただけです。他にも方法はたくさんありました。ロープ、バット、ナイフ、どれも不意をつけば簡単ですよ」

「フィクサーが何をした? 何故、殺す必要があった?」

「チトさん、決めてください。私と貴方、どっちが死ぬか。まあ、優しいチトさんなら、私を生かすと思いますけど。……あと三十秒です」

「もう、話も聞いてくれないんだな……」


 俺は無言で三十秒を待った。答えは無い。


「さて、選択してください」

「俺には答えられない。だから君に決めて欲しい」

「……わかりました。どこまでも優しい人ですね」


 今の俺には緊張も不安も無い。ただ、姫月ちゃんに身も心も預ける。

 最後まで大切な人を信じて。


「またね、チトさん」


 その言葉と共に、姫月ちゃんの手は俺の肩を押した。そして俺は宙を舞う。

 目に映るのは、無数の星と夜空を照らす月。そして――。


「……なさい! 起きなさいってば!」


 なんだろう、聞き覚えのある声が聞こえる。徐々に視界も開けてきて、声の主が……。


「ん、どこだ……? ここは」

「いつまで寝てるのよ」

「リノエか。……お前にだけは言われたくない」


 リノエが俺の肩を揺さぶりながら語りかけてくる。

そういえば、リノエから魔法について深く教わるために森へ来たが、『ソムニウムダケ』とかいうキノコのモンスターに襲われたんだっけ……。


 情報提供で受け取ったゴールドを山分けしたのだが、一人辺りにしても相当の額があったので、一週間のお休みを設けた。

 俺はこの期間で更に強くなりたいと考え、仲間たちにお願いをして、それぞれ別の日に戦闘訓練をしてもらうことになったのだ。


 そして今日はリノエ先生の魔法授業。森は反対だったが、これほど魔法の練習に最適な場所は無いらしい。


「ソムニウムダケはどうしたんだ?」

「いいくらいの加減に燃やしたわ。今頃、森の魔物に食べられてるはずよ」

「えげつねぇ……」

「それで、魔法の練習に付き合って欲しいとお願いしたのは、一体どこのどなただったかしら?」

「俺です……」


 呆れた顔でこちらを直視するリノエに、付き合わせといて眠ってしまった俺は申し訳無くなり、とても心が狭くなる。


「まあ、ソムニウムダケは睡眠粉を撒き散らすから、今回は見逃すとするわ」

「俺のせいじゃなくね?」

「それにしても、すごくうなされていたみたいだけれど、一体どんな夢を見ていたのかしら」

「最近、嫌な記憶が夢に出てきてな……」


 ここ数日、あの三人で過ごした日々を何度も夢で見てしまう。恋しくなって胸が痛い。


「戦闘に影響が出ても嫌だし、安眠ポーションをいくつかあげるわ。私にとって睡眠は大切なものだから、こういう物は結構持っているのよ。……はい、しっかり飲んでから寝るのよ」

「いいのか……! すごい助かる、ありがとな」


 俺は木陰に置いたポーチにポーションを入れ、リノエの元へ歩く。


「じゃ、軽くおさらいするわよ。魔法ってのは……」

「……魔法は『スキル』という概念の中にある一つであり、魔法を使うのには二つの力が必要。一つは『魔力』で、魔法の威力や範囲、高度な魔法などを扱うために必要な力。もう一つは『魔素』、魔法を使うために必要なエネルギー。……だろ?」

「わたくしの話を遮ったから、バツね」

「なんでだよ」


 フィクサー、姫月ちゃん、俺はこのファンタジーゲームみたいな世界でもなんとかやってるよ。いつかまた逢えたなら、その時は缶ジュースでも片手にお土産話をしてやろう。


 だから、この世界を救うまでもう少し待っていて欲しい。

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