第34話「別れ」
「で、いつまで居るつもりだ?」
「いーだろ、別に」
「お邪魔します……!」
「許可してないんだけど……?」
逃げた先が偶然にも俺の住むマンションだったため、帰ろうとしたら腕を掴まれ、二人は可哀想な子犬の様な視線を俺に向けてきた。
状況が状況だから、一旦部屋へ隠れようという話だったのだが……。
「……泊まるのは話が違うだろ」
「三人暮らしの予定だけど? よーし、高級風呂だ、高級風呂!」
「は⁉ あ、ちょっ、そんな良いもんじゃねぇっての!」
勝手なことを言い出すフィクサーは、風呂場へ向かって歩いて行った。風呂はそっちじゃないけど。
「あの、突然押し掛けてしまって、ごめんなさい……」
「まあ、部屋は余ってるし、全然平気だけど。逆に大丈夫なの?」
「? 私は問題ありませんけど?」
女の子は、どうして? と言わんばかりの表情でこちらを見てくる。こんな可愛い女の子が、男の家にホイホイとついてきちゃ危ないでしょ。ということで、この子は責任を持って俺が預かる。
「そうかい。何はともあれ、ここは精神と時の部屋みたいなものだから、ゆっくりしていってくれ」
「? なんですか、それ」
「あぁ……、そこにある漫画読んだら解るよ」
「お借りします!」
「どうぞ~」
さすがにこんな女の子は少年漫画とか読まないか……。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。偽名でもいいけど、呼び名を教えてくれると嬉しい」
「そうですね、じゃあ……『マイプリンセス』で」
「わかった、マイプリンセス」
「じょ、冗談ですよ! 姫月……私の名前です」
「姫月ちゃんね、改めてよろしく」
少し照れながら話すその姿は、俺の心を掴みそうなほど可愛らしいものだった。
「よろしくです。えと……」
「あぁ、名前は千歳樹だ。好きな呼び方で呼んでくれ。ちなみに、イチオシは『チト』だ」
「じゃあ、チトさんで!」
大人しい子かと思っていたが、まだまだ可愛らしい少女みたいだ。
しかし、昨日まで何も無かった、言うなれば白春。それが嘘みたいに変色した。
こんな時間がずっと続けば良いのに。そんな想いが心のどこかで、微かに芽生えていた。
それもこれも、誘ってくれたフィクサー様のおかげか。あとでなんか差し上げるとしよう。
すると、噂のフィクサーがこちらへ向かって歩いてきた。なんか持ってる……。
「チトー! なんか、えっちな本があるぞ!」
「なっ、おまっ……」
前言撤回、クソジャージを殴りたい。姫月ちゃんまで俺をジト目で睨むし。
「それは、お隣に居た人がおすそ分けとか言って渡してきたやつだから!」
「チトのえっちー」
「チトさん……」
クソジャージのせいで、俺の新たな春が崩壊した。
そもそも、白を別の何かで塗ったとこで、本物にはなれない。似ても似つかず、ただ薄い、そんな紛い物が誕生するだけだ。
姫月ちゃんは顔を赤らめ、エロ本から目を逸らす。あとで燃やしておこう。
ちなみに、本当に俺の物ではない。お隣さんに、「君のぼっち生活を彩らせるアイテムをおすそ分け!」とかなんとかで頂いた物。捨てるのも気が引けたので、放置していた。
そんなこともお構いなしで風呂を目指そうとするフィクサーには、冷水で満足してもらうとしよう。
「で、風呂はどこだ!」
「はぁ……。こっちだ」
ため息をつきながらも、優しい俺であった。
その後にフィクサーが、お湯が出ないと泣き叫んだのは言うまでもない。あと、姫月ちゃんに俺の服を貸したら、彼シャツみたいで可愛さ億倍増しになった。
その二ヶ月後くらいだろうか、こんな生活が続いたのは。この時間は俺の人生を意味付けるにふさわしいものであった。
――あの出来事さえ無ければ。
××××
「チトさん。朝ごはん、此処に置いときますね……」
「……」
私――姫月芽月は、出会って二ヶ月の友達を亡くした。
そして、もう一人の友達はベッドに横たわったまま、今日も独り、ぼーっと壁を見つめている。
「フィクサーさんの件は、チトさんのせいじゃないです。いつまでも引きずってちゃ……」
「……黙ってくれないかな。飯も要らないから」
「そうやって、ずっと後悔して生きるんですか⁉ そんなこと、フィクサーさんが本気で望むと思ってるんですか?」
「消えろよ」
「――ッ⁉」
チトさんは、聞いたことないくらいの低い声で、ぼそっと呟く。
その言葉に私の顔は驚きを隠せなかった。なぜなら、私に対してはいつも、微笑みながら優しい言葉をかけてくれたからだ。
しかし、私はすぐに冷静を保つ。ここで感情的になっちゃだめだ。ならば……。
「失礼します」
「……」
私もベッドに入り、チトさんの背中に抱きついた。
少し恥ずかしいけど、今のチトさんには感情をぶつけさせて、気持ちをリセットさせる場所が必要。だから私が彼の居場所になるんだ。
「私が居ますよ、大丈夫です。少しの間、お話を聞いてくれませんか……?」
「……」
「チトさんは、いつも悪口が絶えませんが、実はとても優しい人で、だからこそ自分を責めて、背負うはずの無い後悔と悲しい妄想が広がっちゃうんです」
「…………」
「ですので、一旦全てを忘れて、私に身を委ねてみてください。いつまでだって、チトさんのモヤモヤが晴れるまで傍に居ますから」
私は壁側へ周り、横たわるチトさんを再び抱きしめる。すると、チトさんも私の服をぎゅっと力強く握りだした。私の前では素直になっていいのに。
フィクサーさんの死は私も悲しい。けど、泣いちゃだめだ。
私が泣いたら、きっとチトさんがまた自分を責めてしまう。
私はそっとチトさんの頭に手を添えた。この人は絶対に助けたい。でも、今の無力な私じゃだめなんだ……。
気付けば、チトさんはすやすやと眠りについていた。きっと泣き疲れたのだろう。私の服も涙で濡れている。
「チトさん、可愛い寝顔です。へへっ、おやすみなさい」
すーすーと寝息をたてているチトさんに布団を被せて、ゆっくりと目を閉じた。
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