第33話「ワンシーン」
「もうこんな時間かぁ、結構飲んだな」
時計を覗くと、既に深夜一時を過ぎていた。お腹を満たした俺らは、集合場所の公園へと戻って来ていた。
来た時には賑やかだった此処も、完全に日が沈んだ今は誰一人として居ない。居るとすれば、目の前で紙袋を持ったジャージと俺。
「あたかもお酒を飲んだみたいな言い方やめろ。で、この後なんかあるの?」
「いや、別に。なんならオールだって行けちゃうレベル」
「ジャージと夜を明かすのは、なんか嫌だ」
「なんでだよ。てか、ジャージ言うな」
ジャージが調子に乗っているので、冷たくしていく。
ちなみに、ジャージの名前はまだ聞いていない。知るつもりも無いが。という訳でたった今より、一生ジャージと呼ぶことにした。よろしく、ジャージ。
「ジャージはジャージだ。さて、ブランコにでも座るかー」
「ちょっ、置いていくなよ!」
「あっ……」
俺がブランコの傍まで来た途端、今まで視界に入ってなかったはずの黒髪ロングの女の子がブランコに座っていた。幽霊の類かも知れない。でもよく見たらかわいいかも。なんか俺、すごいキモいな。これからはキモカワ路線とかも考えていきたいところである。
「おーい、どうしたんだチト……幽霊⁉」
「落ち着け、普通の女の子……かも知れないだろ」
俺は、近寄ってきたジャージの頭をバシっと叩いた。ジャージは叩かれたところを手で擦っている。
「あの、何か用ですか……?」
「いや、街灯が薄暗くて気付かなかったんだ」
「そうですか、お隣空いてますよ」
女の子は目線を左隣のブランコへ移した。
それを見たジャージは、空いたブランコに座る。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃって……」
「……濡れてますけど」
「先に言って⁉」
ジャージは、この世の終わりみたいな顔でブランコに座り続ける。起こす行動は呼吸と瞬きのみ。そんなジャージを無視する様に女の子は口を開く。
「貴方たちは、どうしてこんな時間に此処へ来たのですか?」
「暇つぶしかな。お嬢さんは?」
「私は……反抗、ですかね」
「複雑な状況ってとこか……」
「は、はい、そんなとこです……」
女の子は儚げな表情で俯く。
実際に俺も、居場所探しのために夜の街をふらついている。今日はその第一歩だったが、進展はナシ。とりあえず、雰囲気作りをしなきゃだな。
「実はな、俺とそこのジャージも今日合ったばかりなんだ」
「けど、とても仲が良さそうに見えました」
「まあ、色々あってな。そうだ、なんか飲み物でも買ってくるよ。この出会いに乾杯! なんてな」
「いいですね。暇なので、付き合いますよ」
「あ、あの……オレも入れてくれませんかね。ちょうど缶ジュースを三本持っているのですが……あとフライドポテト。……ほい、若い子にはジュースじゃ」
女の子の顔にも微笑みがやってきたところで、ジャージが復活した。かなり瀕死の状態だけど。
ジャージは缶ジュースを俺らに渡すと、蓋を開けた。それに続いて俺たちも缶の蓋を開ける。
「……じゃあ、かんぱいっ!」
最終的にジャージが仕切り出したが、これが一番しっくりくる気がした。その合図に合わせて三人の手が一箇所に集まり、一体感が生まれる。
そして、俺らは黙々と缶ジュースを飲んだ。誰も一言も話すこと無く、あっという間に缶は空になった。
すると、どこからか俺たちを呼びかける声が聞こえる。
「君たち、未成年だよね。こんな時間に何をしているのかな?」
「「「……」」」
誰かと思えばお巡りさんだ。……厄介なことになった。
「いやぁ、散歩の休憩に少し、ね? てか、俺ら成人だし」
「怪しいな……。とりあえず、お話を聞かせて頂きたい」
「黙秘権ってやつを利用しようじゃねぇかっ!」
「おいっ……!」
ジャージは、持っていた紙袋を素早く警察の頭に被せ、中に入っていたであろうポテトを食べながら、警察の足を引っ掛ける。慣れているのか、余裕の立ち回り。
「ヤツに缶を投げたら、行くぞ」
「「えぇ……」」
「文句言うな! お巡りさんに捕まるよかマシだ。ついてこい」
「行きましょうか……」
「お、おう……」
俺と女の子は、空になった缶をお巡りさんではなく、ジャージに投げた。ジャージはそんなのお構い無しに走り出す。俺も女の子も見失わない様にその後をつける。
変なとこで頼りになるジャージであった……が。
「やべぇ、囲まれた」
「おいどうすんだ、ジャージ……」
「ジャージ言うな! そうだな……フィクサーとでも呼びたまえ!」
「えぇ……」
「嫌がるな!」
その後、しばらくして通報されたのか、警察の数が増えてきた。そして現在、道路上の橋梁で追い詰められている。
「私、煙幕弾なら持ってます!」
「なんで⁉」
「逃げるためには必要です。まあ、少し変わり物ですが、大丈夫でしょう……!」
「うん、凄く心配‼」
目をキラキラと輝かせた女の子に、焦り出したジャージことフィクサーさんの掛け合いがその場の緊張感を引き立たせる。
「逃げ道は……飛ぶか」
「こんな冒険は計画してなかったけど、面白そうだ!」
「手を繋ぎましょう。はぐれないように」
俺を中心に三人で手を繋ぎ、女の子が煙幕弾を三つ宙に投げた。
そして、煙幕弾が落下していくのを確認した俺らは、同時に橋の手すりに足を置く。
「「「せーのっ!」」」
三人の声が重なった瞬間、俺らは力一杯に踏み込んだ。
煙幕はそれぞれ異なる色で、花火の様に広範囲に光り輝いている。
両隣の顔を覗いても、お互いに負けないくらいの笑み。
「ははっ! すっげーっ!」
「綺麗です……!」
「……悪くはねぇな」
なんということの無い夜に、綺麗な演出と宙を駆ける役者の笑顔。まるで映画のワンシーンの様。
――と言っても、ワンシーンはワンシーン。次のコマでは……。
「この高さから落ちたら、運良くて骨折ですかね……」
「なんで平然としてるの⁉」
「お、お前ら、手を離すなよっ!」
フィクサーは、ポケットからフック付きワイヤーを取り出した。なんでそんな物を持ち歩いてるんだよ。
そして、狙いを定めたかと思うと、フィクサーは腕を思いっきり振った。その手持ちのワイヤーは勢い良く飛んでいき、近くの街灯に引っ掛かる。
そして俺が死を覚悟したその時、片手が上昇するのに気が付いた。
「飛ぶぞ」
「うわっ!」
「ひゃっ!」
フィクサー越しのワイヤーに引っ張られ、街灯の元へ一直線。煙幕のお陰で、まだ警察には気付かれていない……はず。
落下せず道路にも出ることなく逃げ切れたが、速度は止まることを知らない。
このままだと勢いに乗って、街灯の奥にある建物にぶつかってお陀仏だ。
すると、またまた新アイテム。今度は何やら棒を取り出した。全てをフィクサー様に委ねた俺は、ただ見守る。
「安心しやがれ!」
持っていた棒が地面に届くくらい伸びて、歩道へ突き刺しながら引きずる。
速度が落ちたところで、棒を短くし、ゆっくりとワイヤーを伸ばして降下させた。スパイだろ、コイツ。
「よし、走るぞ」
「すげぇな……、助かった」
「そんな魔導具、一体どこから……さすがですね」
気付いた時には地面に着地していて、フィクサーはワイヤーを外し終わっていた。
そんなフィクサーに軽く礼を言い、俺らは急いでこの場を後にした。
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