メモリーズ【堅氷を纏いし青年】

第32話「イツキの過去」

 退屈。そう思い始めてどれくらいの時が経ったのだろう。


 俺――千歳樹は生まれながらのぼっち&陰キャだ。

 家族? 親は万年旅行で半年に一度しか帰ってこない。ウチは俗に言うお金持ちというやつで、実家の高い部屋を独り占め状態だ。


 そんなぼっちの俺にだって最近、居場所と呼べるものができた。

 それはネットゲーム、略してネトゲ。

 ネトゲでは、同じゲームを遠くにいる人とプレイすることができる。つまり、陰キャの俺でも話題に困らないのだ。むしろ快適なまである。

 別にゲーマーという訳ではないが、気分転換に始めたら学校そっちのけで三徹した。ここまで何かに熱を注いだ事は今まで無い。いつもは適当に本を買って読むか、夜道を散歩するか、惰眠を貪るくらいだったから、本当に良い物を見つけたと思っている。

 きっかけは散歩中に見つけたゲームのポスターだ。いや、訂正。ポスターに載っていた、ゲーム内の女の子が俺の好みだった。それだけ。

 それからというもの、ゲームをやり込んでいくうちにフレンドも増えて、通話をしながら一緒にゲームをしている。


 そんなこんなで、今日は一番仲のいいフレンドと初のオフ会をするのである。久しぶりの外、季節は冬だ。この前まで秋だったクセに。一体全体、日本はどのタイミングで極寒地帯へ変貌したのか、もし知っている人が居たら、是非とも俺のとこまでご教示願いたい。

 そんなこんなで身支度を済ませ、久しぶりに外へ出るドアを引いた。


      ◆◇◆◇


「うぅ、寒っ! こんなに着込んでるのに……」


 サンタクロースは去り、年を越して、雪だけが残った二月。

 冷たい横風と夕日を浴びながら、目的の公園で情報通りに黒ジャージの男を捜す。


「……居た。絶対アレだ」


 こんな遊具と子供の多い公園を、それも真冬にジャージを着ているやつはアイツしか居ない。肩にかけたボディバッグから垂れ下がっているキーホルダーが何よりの証拠だ。あのキーホルダーは俺たちのやっているゲームのキャラ、女侍の夜桜八重。やつの推しだ。

 兎にも角にも、本人を見つけたので話しかけに行く。話しかけに………………絶対無理。

 俺は小、中、高、学校での自己紹介をやらかして、ワンチャンを狙って話しかけたら引き気味に逃げられた。ていうか引いてるな。それ以来、人と話すのはトラウマ級である。

 すると、黒ジャージの方からこちらへ歩いてきた来た。


「もしかして、チトさん?」


 黒髪ツンツンヘアーの青年が俺に話しかける。片耳にはピアスをしており、顔もそこまで悪くはない。黒ジャージだって様になるくらいだ。

 ちなみに『チト』というのは、ゲーム内の俺の名前で、名字の『千歳』から取っている。


「あっ……はい、チトです。えっと、そちらは……邪神の魔力を授かりし暗黒の覇者『ブラフ・フィクサー』さんですよね」

「そうです……けど、恥ずかしいだろ!」

「自分で付けた名前でしょ」


 お互い本人確認が済んだところで、堅苦しい敬語は抜け、画面越しに会話する感覚へと戻った。しかし、名前が黒すぎる。色んな意味で。

 そして安心したのか、気も緩んできた。


「とりま、なんか食いに行くか」

「ジャンクに生きようぜ、相棒」

「お前の相棒になった覚えは無い」

「まあ、そう冷たくしないで~! オレらの仲だろう?」

「はぁ……。お前は敬語を使ってた方がマシだ」


 なんて愛想の無いことを言いつつも、俺の頬は微かに安堵の笑みを零していた。

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