第31話「医者」
「うっ……。すごい怪我だね」
「どうも」
「褒めてないから!」
街へ戻った俺らは、浮かない顔のまま解散した。
その後、雨上がりのジメジメとした空気と、周囲からの視線を浴びながら、教会へ向かった。
どうやら、教会のシスターは治癒能力に長けているらしく、多くの冒険者にとって安らぎの場所だそうだ。
ちなみに、街中から視線を浴びているのは、俺の体が血だらけだからではない。勇者ノエルに背負われているからである。あれ、なんでコイツだけ居るんだっけ。
「なあ、今日は完全にオフだったじゃねぇか。なんで森に武装までして来たんだ?」
「冒険者にオフなんて無いわよ。街に危険が及ぶなら、休日だろうと駆け付ける。それが冒険者よ。勇者なら尚更……そ・れ・に! イツキくん、動けないくらい負傷してるっていうのに、見過ごせるわけないじゃない?」
ノエルは足を止めて答える。しかし今回は森であり、なんだったらあんな強敵が居るだなんて知らなかったはずだ。もしかして……。
「……本音、心配で付いてきたんだろ」
「へっ⁉ な、なんのこと……? わ、私はただ、も、もも、森の方が怪しくて、それに気付いて駆け付けただけよぉ⁉」
反応があからさまだ。
「ほーん、まあ助かったことには違いない。ありがと」
「ほんと、危なかったわ。無事だったから良かったけどね……。さぁ、着いたわ」
ノエルの言葉に顔を上げてみると、そこには教会という教会が建っていた。建物の一番上には十字架が立ててある。
「入るわよ」
「おう」
ノエルは片手で教会の扉を開いた。背負われた俺はそれを見ることしかできない。
すると、一人の女の子がこちらへ駆け寄った。
「こんにち……酷い怪我⁉ どうしたの、それ……あ、今は治療が優先! って、ノエルさん⁉ リシア先生を呼ばないと!」
「落ち着きなさい、サラ。私はここに居るわ」
「リシア先生! 怪我人が……」
「……静かに」
リシアと呼ばれた背の小さな女性が、白衣のポケットに手を入れながら歩いてきた。
そして、俺の怪我を見ながら、慌てだす丸眼鏡の女の子を落ち着かせている。その後、手持ちの鞄から手際良く道具を取り始めた。
「サラ、包帯と傷薬の準備を」
「わかりました。え、えっと……これじゃない、これでもない……」
「よし、それじゃあ、こっちに来てもらえるかな」
「あ、はい」
俺は言われるがままに白衣の女性の元へ近寄った。
「医者のリシアよ、よろしく。じゃあ早速、診ていくね……あー、これは酷いわ。そこの勇者とでも喧嘩したのかしら。……薬を頂戴」
リシアは傷口を丁寧に拭き、薬を探す女の子に指示をした。助手さんかな、結構テンパってるみたいだけど、大丈夫なのその子。
「私、喧嘩なんてしませんよ!」
「昨日してただろ」
「あれは、その……」
「いちゃいちゃしないでもらえる? 私は真面目に治療をしてるんだけどー」
「「してません!」」
俺とノエルは口を揃えて否定した。照れ隠しなんて可愛いものじゃない。全力の否定だ。
「ありました、くすりっ!」
「ありがと。ちょっと染みるからねー」
「いっ……」
「ははっ、君可愛いとこあるじゃん。あとは包帯を巻いてくから、じっとしててねー」
「はい……」
「リシア先生、包帯です」
「ありがと」
リシア先生は俺の体に近づき、お腹の傷を中心に包帯をグルグルと巻き始めた。
これで大人しくしていれば、傷も癒えるだろう。……あれ、よく見たらすっごい美人。身長の割に気だるげというか、大人っぽいオーラを感じる。異世界は美男美女揃いだな、ははっ…………場違い。
「使った薬の治癒能力は最高、保証するわ。だけど、完治した訳じゃないから、しばらくは激しい運動を控えることね」
「わかりました」
「じゃあ最後に、治癒魔法をかけるわ。……《クラル》」
リシア先生の手のひらに薄い光が現れ、それを俺の傷口へ添える。
「癒えたどころか、前より良くなった様な気がする……!」
「若いクセに、よく言うねぇ。……よし、これで大丈夫。サラもお疲れ様、いい仕事っぷりだった。いつも助かってるよ、ありがと」
「い、いえ、今回も手間をかけてしまいました……」
治療を終えたリシア先生は、手伝いをしていたサラという少女の頭を撫でる。
「褒めることを理由に、なでなでしたいだけですよね! 撫でるの禁止です‼」
「ちっ、バレたか……」
「ばればれですよ!」
「でも、本当にいつも感謝してる」
「も、もっともっと、頑張ります……!」
リシア先生はサラの頭をポンポンと優しく叩き、微笑んだ。なんだか、こちらまで微笑ましく思えてくる。そんな視線を察知したのか、リシア先生は首をこちらへ向けた。
「とりあえず、私がこの街に来ててよかったね」
「いつもは居ないんですか?」
「あぁ、私は世界規模のの名医だから、各地を飛び回ってるの。どう? すごいでしょ」
「へぇ」
「イツキくん、リシア先生は本当に世界で有名なお医者さんよ。私も何度か助けてもらったの!」
俺にはリシア先生が適当を言っているだけかと思ったが、勇者様が評価しているということは、信じてもいいのだろう。
「それこそ、二ヶ月くらい前だったかなー。この勇者様、魔王軍を崩壊寸前まで追い込んだ代わりに、ボロボロになって私の所に来たのよね」
「魔王軍崩壊⁉」
「あれ、知らなかった? まあ、最近は更に勢力を伸ばして、魔王軍の復興が進んでるみたいだけど」
この少女……ただのブラコンじゃなかったーっ‼ え、まじで、魔王軍崩壊? 俺なんでこの世界来たの? 魔王討伐なんてもうすぐそこじゃん。俺が力を蓄えているうちに終わっちゃうんですけど⁉
「あと少しだったのに、悔しい……」
「あ、おちょくってる訳じゃないんだよ! 本当によく頑張ったと思ってる」
「そうですよ、とっても尊敬します!」
「リシア先生、サラちゃん……うぅ、だいずぎだよおおおぉぉッ‼」
ノエルは泣きながらリシア先生とサラに抱きついた。さっきから百合百合しいな、おい。
「何はともあれ、明日にはこの街を出るとするわ」
「次は何処へ行くんですか?」
「北の大陸にある王国――『ヒモナス』へ向かうよ」
「本当ですか⁉ 私たちもそこへ用事があったんです! ならばこの西の勇者が護衛致しましょう」
どうやら、世界の名医様と勇者様の次の行先は同じみたいだ。
俺は、道具を綺麗に片付ける助手ちゃんを横目に、関係の無い会話を聞いていた。
「おっと、シスターたちが教会に帰ってくる時間だ……。さっさと研修を済ませて宿に戻るとしますかー」
「研修?」
「あぁ、私は治療に関する施設へ、定期的に視察と研修をしているのだよ」
「大変なんですね……」
そんなこんなで、世界一の名医と知り合いになった。
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