第30話「魔王軍幹部――シルヴァ」

 何ら変わらない冷酷な声から発せられる言葉は、俺の耳を通して脳に伝わる。


 トレント。それは、樹木に生命を宿した怪物である。樹木に邪悪な顔が付いており、手の様な枝と足の様な根を使い、森で生活しているとか。


 だが、目の前の男は、気の抜けた様なクールな顔立ちに細い体をしている。そもそも、木の面影すらなく、見た目は普通の人間だ。これも魔王の力か? 魔王軍に属しているとか言ってなかっ……た?

 あれ、今更だけど聞き間違いかな。魔王軍の幹部とか言ってなかったかい。いやいや、そんなハズはないか、まだ序盤だしな。そんな危ないのは最初の街付近に居ちゃダメだろ。


「動かないのなら好都合だ。すぐに終わるからじっとしていてくれ」

「……に、逃げるッ!」

「……」


 俺は剣を仕舞い、回れ右をして勢い良く走った。

 雨で少し滑るが、体はまだビリビリ痺れるが、そんなことは言ってられない。魔王軍幹部なんて相手にするほど準備は整ってないっつーの!

 これはゲームじゃない。あんなのと戦っていたら、ワンパンで二度目のあの世行き確定だろう。

 必死に走った末に、再び広がった場所を見つけた。あの辺まで行けば、ひとまずは安心だろう。追ってる気配も無いし。

 とりあえず、フィリスたちと合流したいけど、困ったことに此処がどこか分からない。


「はぁはぁっ……。アイツらどこだよ」

「お前の仲間は来ないだろう。この辺の木々は俺の手の中にある。惑わすくらい容易だ」

「お、おい、勘弁してくれよ……」


 どこからか、あのシルヴァとかいうトレントの声が聞こえる。雨が降っていて視界が悪いせいか、辺りを見渡しても人影ひとつ無い。だが、こういう場合って大体は……。


「後ろだ……」

「……わっ‼」

「――ッ⁉」


 後ろから出てくるのは定番だよな……。そんな予測をした俺は、シルヴァが話しかけると同時に驚かした。

 すると、以外にもシルヴァは肩をビクつかせ、チッと舌打ちをする。

 次第に、怒らせてしまったのか、草の剣のような物を生成しだした。


「《プラント・グラディウス》……さて、終わらせようか」

「まだ始まったばっかなんだよ……《フリグス・グラディウス》」


 俺は剣を抜いて、氷の冷気を纏わせた。


「こうなりゃ、もがいてやるっ! くらえぇぇっ‼」

「ふん、お前の相手をしてやるほど、俺は暇じゃないのだがな……!」


 俺の氷剣とシルヴァの草剣が激しく衝突した。

 氷の剣は雨の力を利用し、相手の剣を凍てつかせる。

 草の剣は雨の力を利用し、自身の剣を強化させる。

 剣の勝敗は――


「濡れた物が凍る速度には敵わないだろッ!」


 完全に凍った草の剣に向かって、俺は殴る様に剣を振り回す。

 氷塊となった草の剣は、俺の一撃で砕けた。

 しかし、剣を握っていた手と反対の手から、もう一本の草の剣を握ったシルヴァが、俺の横腹を斬り付ける。瞬時に生成したのだろう。


「俺の剣はお前らの様な鋼とは違う」

「ぐあっ……!」


 俺の膝は地につき、血も流れてきた。


「終わりだな。久々に少し暴れることができた。感謝しよう」


 そう言い放ったシルヴァは、軽々と草の剣を振りかざす。その刹那、蹲る俺の頭上を火の鳥が駆け抜けた。


「《イグニス・アウィス》ッ‼」


 とてつもない速さで火の鳥はシルヴァを襲った。

 燃えているシルヴァの身体からは黒い煙が出ており、パキパキという音が響いている。

 しかし、雨が降っているため、すぐに火は消えた。だが、追い討ちをかける様に紫の龍が降り掛かる。


「はぁぁぁっ! 《龍舞斬》ッ!」


 その龍は暴れる様に舞い、仕舞いには高速回転をして、シルヴァの体を森の奥へと飛ばした。

 そう、頼れるお仲間の登場である。


「フィリス! ノエル!」

「すまない、ここまで来るのに手間が掛かった」

「ごめんね。あの時、引き戻しとけばよかった」


 俺に背中を見せながら剣を構えるのは、フィリスとノエルだ。


「それよかアイツ、結構やべぇぞ!」

「あぁ、だから急いで来た」

「魔王軍の魔物かしら……」

「くっ、情けねぇ……」

「動くな、イツキ。傷口が開いてしまうからな」

「悪い……」


 木影へ移動し、傷口を抑えてると、背後から木の根が俺の足首を掴んだ。


「おいイツキ、木に近づくな!」

「は……?」

「ここら一帯の木は、ほとんどがトレントだ!」

「聞いてねぇっつーの!」


 慌てた俺は立ち上がろうとするが、しっかりと根が絡みついている。今までのダメージも積み重なり、体が思うように動かない。

 そんな時、三人目の救世主が俺に手を差し伸べた。


「……哀れね、《フランマ》」

「リノエッ!」

「ほら、立てる? 傷口が開いてるわね。全く……」


 とてつもない量の炎でトレントを燃やしつけたリノエは、俺の傷口を見て、軽い手当てをしてくれた。地味に痛い。

 しかし、ここら一帯がトレントだというのなら、俺が森に迷った理由も頷ける。

 トレントは足の様な根を使って地面を移動し、森に入った者を迷わせる魔物だ。きっと俺も知らず知らずのうちに、トレントの罠にハマっていたのだろう。


「えい、ふむ……。えいっ」

「……いっだ! わざとやってんだろ。怪我人にも容赦ねぇな!」

「喋ると傷口が開くわ」

「傷よりお前の口を塞ぎたいのだが」


 リノエを睨むと更に痛くされるので、大人しくフィリスたちの方へ視線を向けた。

 しかし、そこにシルヴァの姿は無く、安全を確認したのか、フィリスたちもこちらへ歩き出していた。


「魔力感知スキルを使用したんだけど、アイツの気配は感じられなかったわ。冒険者カードの討伐記録にも載ってないし、逃げられた可能性が高いかも」

「確かに消えかけてはいたが……。とりあえず、イツキが無事ならなんでも良い」

「帰りは、森の外で待機しているイヴと魔道具の『巡りの糸』で繋がっているから、相手がトレントだろうと、迷わずに帰り着くわ」


 リノエは腕に巻き付けてある糸を引いて、方向を確認する。


「よし、なら早いうちにこの森を抜けよう」

「そうだね、イツキくんは私が運ぶよ」

「すまないな、全く力が入らないんだ」

「こっちよ」


 ノエルの背中に身を預けた俺は、リノエの進む方角をただじっと見つめていた。……あれ、ものすごくいい匂いがする。

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