第29話「不穏な雨」
「よし、この場に居る全ての魔物は討伐したわ」
「り、リノエ。あれはイツキだよ……」
「わたくしとしたことが……。くっ、残念だけれど、彼は置いて行くわ。彼のことは忘れない」
そんな言葉を最後に俺は……って、死んでねぇよ。というか、いつまで飛ばされるのだろう。威力高すぎないか、本気で嫌いなのかな。
そんな時、進行方向から強風が吹き、減速していった後に俺の体は木にぶつかった。何事だろう。
もう時期雨が降るとか言って、大半の冒険者はギルドの酒場で朝っぱらから酒を飲んでいた。クエストを受けていた冒険者の多くも、ダンジョンや洞窟へ向かっている。俺らみたいに、スライム狩りの様なすぐに終わるクエストでない限り、雲の下では活動しないだろう。つまり、強風の正体が冒険者の可能性は低い。
……となると、魔物の仕業。それも、この風の勢いからして、かなりの大物。
倒れた俺は体勢を立て直し、仲間たちの居る方角へ走った。とても嫌な予感がする。
俺は足を止めない。走って転んで、それでも地を駆ける。空の曇り具合と森の湿気に覆われて、心のざわめきは止まることを知らない。
ひたすらに走り続けた末、ようやく開けた場所を見つけた。方向的にも距離的にもそこは、先程俺らがスライム狩りをしていた場所に違いない。帰って『一応』の仲間たちに知らせねば、ここは危険だと。
俺が開けた場所へ辿り着くと、そこの中心に一人――緑色で長髪の男が、まるで俺が来るのを待っていたかの様に仁王立ちで立っていた。
人の容姿に安堵した俺は助けを求めて近寄る。
「あ、あの!」
「……丁度、魔素の補給をしたかったところなんだ。若い冒険者よ、少し大人しくしてもらおう。仕事の最中なんだ」
男は意味不明なことを言ってきた後、地面の草をグリグリと踏み潰した。
俺が男の足元を疑問に眺めていると、俺の立っている辺りの草から木の根が生えてきて、右足にがっしりと巻きついた。
「その根は身体を蝕み、やがてお前は樹木へと姿を変える」
「おい、何言ってんだ! これをやってるのがお前なら、早く止めろ!」
「もう一つ。その根は触れるもの全ての魔素を奪う。魔法で抵抗するなら今のうちだぞ」
なんとも気力の無い声で俺に忠告をしてくる。コイツに加え、他にも強風を放つくらいのやばいヤツが居るというのに……。仕方ない、アレを使うか。
俺はポーチから瓶を取り出し、蓋を開けて真上に投げた。その瓶は宙で破れ、中のギザギザとした紫色の玉が、花火のように空へ上がる。
そして俺は剣を抜いた。
「魔法瓶か。もう時期、雨が降る。気を付けろ」
そう、魔法瓶だ。これなら魔素は関係ない。しかし、男からはそれを無気力な瞳で眺めているだけで、動じる気配は感じられない。それどころか、俺の心配までしてきた。誰のせいだよ。……が、もちろん雨が降ることも読んである。
あれはそう、今朝の冒険者ギルドでの話――
「そうだ、駆け出し冒険者のイツキに、戦闘で役に立つアイテムを渡そう」
「アイテム?」
イヴの件が一段落着いた後、一旦宿に戻ろうと背を向けた俺にフィリスが話しかけた。
「そう、この『魔法瓶』と呼ばれる物だ。特殊な気体で覆われた属性魔法がこの瓶の中に詰め込まれてある。蓋を開けたら数秒後に気体の力で瓶は破れ、中の属性魔法は散乱するというものだ。本質は魔素で造られているぞ」
「なるほど、魔素が切れた時や、仲間に場所を知らせるのに使えるな……!」
「あぁ、とても便利だ。是非使って欲しい」
「ありがたく貰うよ!」
ポーチに魔法瓶を入れた後、俺はどうやってこの魔法瓶を使うか考えた。
そもそも、属性魔法ってなんだ?
《属性魔法》・火や水、雷などの自然の性質を扱う魔法。
なるほど……って俺、当たり前の様にこの能力を使いこなしてね。まあ、便利に越したことはないか。
さて、自然の性質ね……。初級氷魔法の《グラキエス》みたいなものか。まあ、いざって時のためにとっておこう。
――そして今、魔法瓶の中の属性魔法が光りだし、分裂した。その輝きは花火の様で、地面へ落雷を引き起こす。雷の魔法瓶だ。
同時に雨も降り、雷は勢いを増す。
俺は先程抜いた剣を英雄の様に高く掲げる。
「まだ冷静でいられるとはな……」
「へっ、頭脳派なんだよ」
落雷は剣を通して俺へ直撃し、絡みついた根からは煙が出ている。
魔法瓶の中身は魔素で造られていると言っていた。そして、怪しい男が出現させた根は魔素を吸い取るというもの。つまり、俺に雷が触れれば、その雷は魔素を吸い取る根に向かって流れていき、根は焼けて脆くなる。欠点を挙げるなら、俺の体もボロボロということだろうか。
そして根は脆くなったので、足を少し捻ったら簡単に崩れた。これで拘束されるものは何も無い。しかし、服は雨でビショ濡れだ。風邪ひかないようにしないとな……。
「雨は草木を成長させるものだ」
「おいおい、まじかよ……」
地面から大きな根が数本生えてきて、四方八方から触手の様にうねり始める。謎の強風の正体はコイツだったのか。やっぱコイツ、ただの人間……いや、ただの『魔物』じゃなさそうだ。
「何も驚くことは無いだろう――」
すると男は鋭い目付きでこちらを睨み、強大なオーラで威圧した。
「俺は魔王軍の幹部に属している――トレントのシルヴァだ」
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