第27話「愛のビンタ」

 猫みたいな魔法使い様を起こしてきた俺は、頼れる仲間たちを連れ、この街――アニクシタウンの門へと向かっていた。


 門といっても、この街には北門と南門の二つ存在する。いつも行く『スイヒの森』や『ハアムの森』は南門を通るが、今回は北門を通って『アヌリの森』へ行く。

 クエスト内容は繁殖したスライムの討伐。スライムと聞いて、フィリスに是が非でもお願いして受けてきたのだ。

 そろそろ北門だが、門を通る時はいつも兵士が居て、転移時に色々遭ったせいか、いつも緊張する。

 すると、見覚えのある――いや、見覚えしかない顔が門の近くで買い物をしていた。


「よ、ノエル」

「あ、イツキくんとその仲間たち!」

「「雑……」」

「ふぁ~」


 屋台の果物を見ていたノエルが、俺の声に反応した。フィリスとイヴは俺より親しいはずなのに、扱いが雑で頬を膨らませている。一方のリノエは眠そうだ。


「今からクエスト?」

「あぁ、スライム狩りにな」

「へぇ、気を付けてね。弱いスライムだろうと、油断しちゃだめだよ!」

「もちろんだ」


 忠告をしてくれたノエルは、手際良く会計を済ませ、屋台の人から果物の入った袋を受け取った後、街の方へと歩いて行った。……が、何かを言い忘れたのか、踵を返してこちらへ戻ってきた。


「あと、空が曇ってきているから、雨が降る前にさっさと終わらせてくるのよ!」

「過保護……」

「イヴも頑張ってね。それじゃ」


 今度こそノエルは、街の方へ姿を消した。さて、早いとこ終わらせるとしよう。ノエルの言う通り、空が霞んできているしな。

 すると、門の見張りをしている兵士が俺らに話しかける。


「冒険者さんかな? 湿気も強くなってきたから、どうかお気を付けて……」

「ありがとうございます……」

「「……あっ」」


 その兵士さんの顔に視線を向けると、自然と俺の心には『怒り』と『恨み』の感情が込み上げてきた。


「クリストじゃねぇか」

「やあ、イツキくん。元気そうで何より……」


 今日もガッチリとした鎧と槍を身に付けている。

 この後の用事がクエストでなければ、確実に今ボコしてた。とりあえず、溜め込んでいた文句を一気に吐き出そう。


「おい、クリスト! 俺はテメェのせいで牢屋にぶち込まれた挙句に、長時間の取り調べで、貴重な時間を潰したんだぞ⁉」

「やはり罪人だったのね……」


 今度はリノエが体を震わせながら、こちらを引き気味に覗く。これも全てクリストのせいだ。考えれば考えるほどに辛かった記憶が蘇り、俺の感情は既に怒りなど通り越していた。テッテレー! イツキは『呆れ』の感情を覚えた!


「イツキ、帰ったら何か奢るからさ……」

「もうなんか、どうでもよくなった。じゃあな……」

「す、すまない、仕事なんだ……」


 いよいよ放心状態になった俺は、ふらふらと体を揺らしながら門を通った。その後ろで、フィリスとイヴはジャンケンをしている。そんなことで暇を潰せるなんていいよなぁ……。


「しっかりしなさい」


 ぼーっとしていた俺の頬を、リノエが思いっきり叩く。


「ふむ、一発じゃ足りないかしら」


 リノエはもう一発叩く。そして、ようやく痛覚を通して俺の意識がハッキリとしてきた。次第に調子も戻っていく。


「はっ! すまねぇ、意識がぼんやりしてた」

「全く、手間をかけさせないで頂戴。これから魔物を相手にするのよ、勝手に死なれては困るわ。お詫びにもう一発……」


 再び叩く。


「いっだぁ⁉ 意味ないだろ、やめろ!」

「そのリアクションを待っていたわ。では、もう一度……」


 リノエは気分が良さそうに手を構える。けど、さすがに俺も四回目は耐え切れない。

……主に気持ちが。

 少し冷えるが、ここらで俺の気持ちをぶつけておこうと思う。


「《グラキエス》……はぁっ⁉」

「効かないわよ」

「なんで」

「わたくしが可愛いから」


 俺の魔法はリノエに触れたが、そのまま弾かれた。

 結局俺は、一方的に四回も叩かれてしまったのである。リノエからしたら、俺の魔法なんてカス同然なのかもしれないな。

 一周回ってこのパーティ、だりぃ……。


「はいはい、可愛い可愛い」

「解かったのなら、結構よ」


 呆れた俺は仲間たちを無視して、アヌリの森を目指した。

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