第26.5話「おはりの」

「ふわぁ~、んっ」

「すげー、あくび」

「うるさいわね、朝は苦手なのよ」


 一旦宿へ戻り、リノエを呼びに来た俺は、エントランス付近のテーブルに肘をつきながら眠たそうな顔で、ぐてーっとしている可愛らしい少女と目が合った。お察しの通り、リノエだ。


「おはよ、外に出る準備を済ませてくれ。新しいクエストを受理してもらった」

「えぇ……、夜でいいじゃない」

「夜は魔物が活発化してるだろ」

「ふわぁ~。おはりの」

「流行んねぇってば」


 再びあくびをするリノエを見ていると、なんだか俺まで眠たくなってきた。コイツ、もしかしなくとも睡魔そのものじゃね。

 俺も支度をするべく、リノエを横目に自分の部屋へ向かった。


       ◆◇◆◇


「ふわぁ~、んーっ!」


 部屋へ戻った俺は、大きなあくびと背伸びをした。やはりアイツは睡魔だ。まあ、元々俺も朝は得意じゃないからな、気持ちは分からんでもない。特に、リノエの場合は魔素と関わってるらしいから、睡眠はかなり大切なのだろう。

 俺は私服を脱ぎ、冒険者用の服に着替えた。


「やっぱ、こう軽いのが良いな、うん」


 鏡の前で回ったり剣を構えてみたり、色んなポーズをとってみた。厨二病が治っていないのか、十数分くらい暴れちゃったぜ。俺の愛刀も見た目は良いのだ。……見た目は。

 ため息をつきながら愛刀を鞘に納める。


「はぁ……、リノエを迎えに行くか」


 俺は部屋の扉を開けた。すると、丁度部屋に戻るところだったのか、階段を登ってくるリノエの姿が見えた。


「支度済んだら下に降りてこいよー、待ってるから」

「言われなくとも、そのつもりよ」

「あ、そうだ。一つ、訊きたいことがあるんだけど……」

「なに……? わたくしに答えられないことは無いわ。そうね……三千ゴールドでどうかしら?」


 かなりの有識者であるリノエに質問をしようとしたら、お金を要求された。寝てばっかのくせに、一体何に使うんだよ。


「仲間割で十割引しろ」

「はぁ、ピンチ時のボディガードになるというのなら、教えてあげるわ……」

「頼る相手を間違えてると思うが……、引き受けよう」


 フィリスに頼ればいいのに……、と思いつつも金を渡したくないので、大人しく従う。


「仕方ないじゃない、使い魔がどこかに行ったのよ」

「逃げられてやんの」

「こんな美少女を前に勿体無い事をしたわね……」


 昔、リノエには使い魔がいたらしい。そんなリノエの顔を覗くと、どこか遠い目をしていた。余程大切な存在だったのだろう。まあ、コイツは素直じゃないし、イラッとすることが多いからな。使い魔さんの苦労も解る。

 ホント、黙っていれば美少女だったのに、勿体無い。


「で、何を訊きたいの? 手短にね」

「あぁ、今朝な、冒険者ギルドに行ったんだ」

「らしいわね」


 気付けば、リノエの視線は俺の顔へと向けられており、エマから聞いたのか、俺の行動まで知り尽くしていた。


「そこで、『魔王と話をつけたい』みたいなこと言ったら、周りの冒険者が笑ったんだ……って、なんでお前も笑ってんだよ」

「ふっ、ふふっ……え? 貴方が魔王を? ふふっ……、良いと思う。少し気に入ったわ」


 肩を震わせながら笑い泣きしつつも涙を吹いて、珍しく微笑んだ顔と柔らかな声で肯定してくれた。


「この世界で最強と呼ばれる魔王を倒すのは、同等の力を持つ勇者や実績のあるベテランしか期待されていないのよ。それに比べ、駆け出したばかりな貴方の様な新米冒険者は笑いものにされるでしょうね」

「けど、勇者パーティとの試合に勝ったんだぞ?」

「はぁ……。あの程度が彼女らの本気だと考えているのなら、道はまだまだ遠いわね。昨日の試合レベルで勇者になれたなら、今頃世界は平和よ」


 リノエから繰り出される数多の言葉が、グサッと胸に突き刺さる。


「お、おれ、外で特訓してくる……」

「無駄ね」


 最後の最後で、いつも通り煽り散らかしていったリノエを睨みつつ、リノエの部屋のドアが閉まるのを確認して階段を降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る