第26話「ムードメーカー――イヴ」

「えーと、冒険者ってのは、ソロでやっていくのか?」


 話の進みが悪くなっているので、俺は単刀直入に本題を口にした。


「うん、自由が好きだしね。けど……」

「?」

「……面白い事がしたい」


 イヴは少しためらったのか、一瞬目を逸らしたが、すぐにこちらへ目線を戻し、そっと呟く。

 それを聞いていたのか、ノエルが何も無かった床から姿を現し、元いた席へと無言で戻る。そういうスキルなのだろうか。


「も、もちろん、冒険者を遊び半分で考えてるとかじゃなくてね!」


 ノエルが椅子に腰掛けた途端に体をビクつかせたイヴは、慌てて補足をする。というか、なんか栄誉の勇者様が小汚いのだが。隣に座るフィリスも若干距離を置いている。多分、雑巾の上位互換か何かだと思う。


「少し、いいかな……? イヴ、それにイツキくんも」

「お、俺も?」

「うん、冒険者になりたての君にも、しっかり心に刻んで欲しくて」

「お、おう」


 ノエルの表情はスっと真顔に変わり、いつもより真面目な声で話す。何より、そのまっすぐでいて、どこか物寂しさを感じさせる瞳に俺とイヴは押し黙っている。


「冒険者というのは、悪い魔物を倒したり、素材を集めて生きていく。それがもし、強い敵や危険な素材だったりしたら、油断したその一瞬で死に至ることもある」

「「……」」


 俺は今までの冒険を思い返してみる。特に危険だった事はなかったが、それはフィリスやリノエが居ての安全だ。

 これからは、自分の身を守れるくらいに成長しないといけない。というか、俺は何もしていないまである。強いて言うなら、移動手段としてスライムさんを呼んだ程度。


「冒険者という稼業は、常に死と隣り合わせなの。甘い考えを持っているのなら、今すぐに辞めた方がいい。正直、イツキくんは経験不足だと思うの……」

「あぁ、辞めようと思ってる……が、今はこれしかないんだ」

「え?」

「悪い、考えは改めるが、俺にもやらなきゃならないことがある」

「いや私、止めるつもりはないのよ? ただ、忠告というか……」

「解ってるよ、ありがと」


 ノエルは再び先程の様な柔らかい表情に戻った。イヴの方に目を向けると、俯いたまま一言も話さない。


「まあ、目標があるのはいいことね」

「あぁ、さっさと魔王とやらに話をつけて、この世界を救うとするよ」

「「「……」」」

「よし、そうとなれば経験値をあげるぞ!」


 人も多くなってきたギルド内は、一瞬にして静まり返る。

 しばらくの静寂の後、冒険者ギルドは笑い声で包まれた。もしかして、魔王討伐みたいな発言は禁句だったか。

 俺のテーブルに座る三人は、ただ俯いている。コイツらも笑ってんだろうな。恥ずかしすぎて、もう二度とギルドに行けない……。

 次第に三人は肩まで震えだした。


「お、おい……」


 俺が声をかけると、一斉に三人は顔を上げた。


「イツキ、魔王を倒す気でいたのか……! 尚更気に入ったぞ! 最近物足りないところだったのだ!」

「イツキ! 魔王討伐発言をするなんて、ボクの目に間違いはなかったよ!」

「近い将来、期待していいのよね! そのくらいの覚悟が見受けられたわ……!」


 このテーブルだけ、周りとは圧倒的に違う雰囲気を感じる。そして、彼女らのその瞳はキラキラと輝いていた。……なんか凄い期待されているのだが。


「けど、知っていると思うが、魔王はそんなに甘くないぞ」

「なんとかするさ。世界を救わないことには、目標のスタート地点にすら立てねぇからな」


 フィリスの警告を笑って返した後、メルとの結婚生活の妄想を始めた。ぐへへ……。

 すると決心がついたのか、イヴは立ち上がり、ノエルへ視線と熱意を向けた。


「おねぇ、ボク、イツキたちと一緒に冒険者をやるよ!」

「……はぁ、どうしてもって言うなら、もう止めないわ。それに、フィリスとイツキくん、あと……リノエちゃん? も居るのなら心配は不要よね。その強さは、昨日の戦いぶりでよ~く! わかったもの!」


 ノエルにも決心がついたのか、明るく見送る様な話し方で弟の旅立ちを許可した。

 そんな雰囲気をぶち壊す様に、俺は話に割って入る。


「……あの、誰もパーティに入れてやるだなんて言ってないんですけど」

「「「え……」」」


 俺以外の三人は銅像の様に硬くなる。やはり、俺の得意分野は雰囲気を壊すことらしい。

 そして、俺のフリーズ能力を解いたのか、フィリスから順に俺を攻める言葉が発せられた。


「イツキ、それは無いだろう……」

「ちょっと、イツキくん! 今の会話を聞いてなかったの⁉ すごく感動的だったよね⁉」

「イツキ……」


 フィリスはジト目で俺を見遣り、ノエルは驚きを顕にし、イヴはしょんぼりとした顔で俺の服の袖を優しくきゅっと掴む。最後かわいいな、コイツが男じゃなければ惚れていたレベルだ。


「わ、わかったって! 言ってみただけだから……」


 こうして、イヴのパーティ登録を済ませた俺らは、他の冒険者から放たれる「魔王をぶっ飛ばしてこい!」だの「魔王城を壊滅させてやれ!」などの煽りを聞き流して、今日も今日とてクエストを受けに行った。

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