第25話「議論は進んでる様で進まない」

「……集まったな。じゃあ本題に入ろう」

「や、やや、やっぱ、これを機に旅立たせるべきよね……。そうよね……」

「私もそう思うぞ」

「お姉さん、いちごタルトをもう一つ」


 約束の時間ぴったしに話し合いは始まった。

 ここには俺、ノエル、フィリス、イヴの四人が一つのテーブルを囲む形で座っている。

 フィリスは緑茶を啜り、ノエルは生クリームを乗せた透き通る青色のサイダーを、ストローを通して喉へと運ぶ。

 そして俺はというと、懐かしの黒いシュワシュワを豪快に一口。……くぅぅっ! この炭酸がたまらない。まさかこの世界でもコーラが飲めるだなんて。

 そして俺の隣では、大きないちごタルトをむしゃむしゃと止まることなく食べる、小娘みたいな小僧が一人。


「一応、お前の話なんだけど……」

「ん? 聞いてる聞いてる」

「じゃあ簡単な話、お前は今、どうしたい?」

「チョコタルトをあと三つと、マカロンを十個食べたい!」

「食い物の話じゃねぇよ‼」


 いちごタルトを口の中へ入れたイヴは、皿に置かれたタルトを一つ手に持ち、こちらへ顔を向ける。

 俺は注意しようとしたが、責任を感じたのか、姉のノエルがしっかりとイヴに忠告した。生クリームが口元に付いてるけど。


「イヴ、貴方の事なのよ? ふざけていると私、怒るけど」

「ご、ごめんなさぁい……」


 持っていたタルトを皿に置いたイヴは、しょんぼりとした表情で謝罪をした。


「ノエル……じ、じっとしていろ……ふ、ふふっ」

「え?」


 手拭き用の紙を取りだしたフィリスは、笑いを堪えながらノエルに付いたクリームを拭いた。そして本日二度目の醜態に、ノエルは頭を抱え始めた。

 そんなドジっ子勇者を無視して、話を本題に戻す。


「イヴ、お前は冒険者になりたいんだろ?」

「うん、自由に冒険したい!」

「姉ちゃんのパーティでやるってのはダメなのか?」

「だって、おねえたちが全部片付けるんだもん」


 テーブルに座るそれぞれの視線がノエルへ移る。ノエルは慌てて言い訳を探しだす。


「あ、えーっと、危ないじゃない! もし怪我でもしたら……!」

「ノエル、冒険者には怪我が付き物だろう」


 言い返す言葉が見つからない様子のノエルは、俯きながら顔を真っ赤にして開き直った。そう、認めたのだ。


「だ、だって…………可愛いんだもん」

「このブラコン勇者が」

「イツキ、なんだそのあだ名は……! 私も使っていいか?」

「ふ、二人とも……やめてよぉ‼ うわぁぁんっ! 二人が私をいじめる~! ……もう、いいもんっ」


 遂に勇者はいじけた。

 ギルドの床に倒れながら、「私は床です。人様の足場なのです」などと意味の分からないことをボソボソ呟いている。これは――


「「「――面白いから放っておこう」」」


 フィリスもイヴも俺と同じ考えを持っている様だ。勇者のこんな姿は中々拝めないだろう。こんな時ほどカメラが欲しいと感じたことはない。

 すると、先程イヴが頼んだタルトを運んできたメイドさんが、まるで死体を見るような視線をノエルに送った。


「ひっ…………」


 メイドさんは驚いたせいか、うっかり手を滑らせ、握っていたトレーを落としてしまう。更に、手を滑らせた事にも気付き、二重で驚く。

 その場の誰もが、アホ勇者からタルトへ目を移す。

タルトが床に落ちたと確信したその時、床より少し高い位置に黒いゲートが生成され、トレー、皿、タルトの順で吸い込まれていった。

 そして、全てが入っていくのを確認したかの様にゲートは閉じる。


「《異空間》。すみません、うちの姉が……」


 そして、イヴが片手を開きながら天井に向けると、手の少し高い位置にゲートが出現し、トレー、皿、タルトの順で手のひらに乗った。


「あ、すみません! 手を滑らせてしまい……」

「元々、アレが床に転がっていなければ、こんな事態にはならなかったでしょう。気にしないでください」

「アレって……、やっぱり勇者様ですよね⁉ そんな扱いをしては……」

「あぁ、普段は普通の女の子と大差ないぞ」

「アレを普通にしたら、この世界はぶっ壊れていることになるけどな」


 全員でノエルのライフを削っていく。最終的には床と同化して姿を消した。ここにもカメレオンが居たか、踏まれないといいな。

 脳内でブラコン勇者を心配しながら、頭を下げて去って行くメイドさんに軽く手を振り、話し合いを再開した。

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