第24話「ブラコン勇者」

「あ、えと、おはよう」

「お、これはこれは勇者様」

「やめてよ……!」


 予定していた時間より少し早く冒険者ギルドに着くと、そこにはもう一人、赤髪ポニーテールの女の子が、そわそわしながらテーブル席に座っていた。

 早朝ということもあり、ギルド内には指で数えられるほどの人数しか居ない。

 俺は彼女の座る席と対面する席を選び、椅子に腰掛ける。


「あの、改めて、昨日はごめんなさい……」

「いえいえ、元はと言えばフィリスのせいなので。すみません……」

「「……」」


 気まずい。昨日はフィリスが居たから特に感じなかったが、話したことは一度も無い。お互いに俯いたままである。何か話を……。


「そうだ、ヒソウはあれからどうですか? 俺のせいで、なんかすごい落ち込んでいた様な……」

「ん? ヒソウなら元気よ。今朝も、私より早くに起きて訓練していたくらい。けど、まさか新人に負けるだなんて、思ってもいなかったでしょうね」

「は、はは、罪悪感……」


 ノエルはニヤニヤと笑いながら話す。

 勇者の株が落ちたかも知れないというのに、すごいポジティブだ。


「駆け出し冒険者だからって、油断するヒソウが悪いのよ! 気にすることはないわ!」

「そ、そうですね……」

「そうよそうよ! ……それにしても、ヒソウの矢をギリギリで躱し、剣を投げて装置を壊すだなんて、驚いたわ!」

「まあ、色々あって、話すと長くなるんですけど……」

「あ、待って! もう友達なんだから、敬語は禁止ね!」

「あ、おう」


 なんか勢いがすごいな……。その圧に潰されながらも、なんとか次の言葉を探す。


「こほん、レベルはいくつなの?」

「さっき見たが、まだ9だ」


 俺は冒険者カードをノエルに渡す。受け取ったノエルはまじまじと冒険者カードを見つめる。


「えっと、イツキくんね、覚えたわ」

「あ、名前言ってなかったな……」

「私はノエルよ」

「あぁ、よろしく」


 名前を知りつつも、初めて聞いた様に振舞った。自分の知名度を知らないのだろうか。


「冒険者をやって、どのくらいになるの?」

「え、うーん……。三日?」

「そっかそっか……ん? 三日⁉」

「え、うん」

「三日でレベル9なら話は変わってくるけど……。一応、勇者の私ですら、最初は一週間でレベル10だったのよ?」


 あれ、ひょっとして、勇者になるのって案外楽なのか? そんな甘い考えを過ぎらせつつも、今までの戦闘を思い返すと、一人ではどうにもならない場面が多くて、パーティ様々だなと改めて痛感した。


「でも、今や『勇者』という栄誉の称号を獲得しているじゃないか」

「肩書きには拘らないのよ」

「そういうものなのか」

「でもおねえ、『紅鏡』っていう二つ名を貰った時は、ニヤニヤしてたよ!」

「い、イヴ⁉」


 俺の肩辺りから、ひょこっとイヴが顔を出した。ノエルは顔を真っ赤にして驚いている。


「おはよー。ちょっと回り道してきたけど、まだ時間はあるみたいだね」

「……いつからそこに居たんだよ」

「おねえがイツキのことを友達扱いし始めた辺り」

「気付かなかったのだが」

「潜伏スキルの《ステルス》を使っていたからね、気付かないのも無理はないよ」


 そして、何故か膨らんだ頬とジト目でノエルが俺を睨みつけてくる。睨むならお隣のイヴしばに向けてくれよ。あんたの弟だろ。


「おい、お前のせいで俺が睨まれてるのだが。おかしいだろ」

「へへっ、ごめんなさーい」

「この、めすが……オスガキッ!」


 ついうっかり、女の子と間違えてしまうところだった。コイツは男、ということで、髪の毛を少しわしゃわしゃする。そして、長髪が手に絡まった。


「めんどくさいし、しばらくはこのままでいっか」

「だめよ、次は私の番なんだから!」

「は?」


 絡まった髪を解くのがめんどくさくて、イヴの頭の上に手を置くことにした。すると、ノエルが立ち上がり、俺の手を必死に解くなり、次はノエルがイヴの髪を触り始めた。

 しかしコイツ、アレだな……。


「ブラコン勇者」

「ち、ちがっ……」


 この時、俺の脳内では、『勇者ノエル』の記憶から、『ブラコン勇者ノエル』へと書き換えられていたのだ。情報修正っと。

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