第23話「予想外な勝利」
「小娘よ、仲間と雑談とは余裕だ――なッ!」
待つのを止めたのか、パウロスの大きく振った大剣から、力強い斬撃が繰り出された。その斬撃は呆気なくリノエに命中する。
そして、その斬撃はリノエの体を貫通した。しかし、リノエの体は黒い影となり、塵となって消えた。いつの間に分身と入れ替わっていたんだ……。
だが、止まることを知らない斬撃は、スタジアムの壁を多少削った。観客には当たらない程度に。
気付いた時には、リノエはスタジアムの中心に立っており、舐めたような口調で話す。
「……あら、恐ろしい。ふふっ」
「ちょこまかと……」
「注意、攻撃には気を付けた方が良いわ。なんせ、わたくしの胸元に付いている判定装置は――」
胸元の判定装置をなぞる様に人差し指で触りながら、それを見つめるリノエは、多少口角を上げた。少ししか胸のないクセに、妙にセクシーである。
そして、パウロスの表情を窺う様に顔を上げて、軽く呟いた。
「――貴方の物だもの」
「は?」
「はぁ、仕方ないわね……。解りやすく、簡単に説明してあげるわ」
「……お、おう」
会場が困惑に包まれる中、リノエ先生が解りやすく状況を教えてくれるそうだ。いつの間にか、パウロスもリノエのペースに乗せられている。
リノエ先生は、胸元の判定装置を指差しながら、わざとらしく片言で話す。
「これ、貴方の。壊す、貴方、負ける。お解かり?」
「……あぁ! そういうことか! って、そうやって俺の胸元にある装置を壊させるつもりだろ⁉」
「そう思うなら、わたくしの胸元にあるコレ、壊してみなさいよ。なんなら、そっちまで投げてあげようかしら?」
「うっ……」
とってもリノエは機嫌が良さそうだ。……じゃなくて、観客席の俺にも分からなかった。本当にトリッキーな戦い方だ。いや、この場においてのリノエがペテン師の可能性もある。
「ミリナさん、あれ、本当だと思います?」
「えぇ……マジムズ、わかんなすぎる……」
「イヴは?」
「うーん……リノエは嘘をついてると思う」
「リノエのことだから、敗ける様なことはしないと思うが……」
「む、難しい!」
ミリナさんもイヴも悩んだ結果、勝敗を見届けるという答えに辿り着いたみたいだ。俺もそうする。
そして、選手席のフィリスが、考えすぎてふらついた挙句に倒れていた。まあ大丈夫だろう。
そして、必死に悩むパウロスを急かす様にリノエは挑発する。
「早くしないとコレ、壊しちゃうわよ?」
「くぅぅぅっ! 吾輩を虚仮にしおって! ふん、そんな子供騙しに付き合ってられんわ!」
「なら、壊すわよ」
「構わん」
パウロスは正気に戻ったのか、そんなことあるはず無い、と確信のついた顔でリノエの胸元を覗く。そう、断崖絶壁の胸元を。……おっと、睨まれちったぜ。並の陰キャなら、この辺で心が折れている頃だろう。しかーし! 俺レベルになると、むしろ貫き通すね。こうかはいまひとつのようだ。
「残念……」
「ふん、人騒がせな奴めが」
「そこまでッ!」
リノエが自身に付いた判定装置を破壊したと同時に、試合終了のブザーが鳴った。
そして、審判が別の装置から判定装置の状態を確認すると、すぐに結果を知らせた。
「第二試合、勝者は――」
不安になってきたのか、パウロスは顔に流れる冷汗を腕で拭っている。一方のリノエは、とても涼しげである。
会場も謎の緊張感に包まれ、みんな審判の声に耳を傾けた。
「――ま、魔法使い、リノエ!」
場の空気はまたしても凍る。俺ら、凍らせすぎじゃね。まぁ勝ったからいいんだけどさ。
「い、いぇーい。うぉー」
「お、おお、おい、イツキ! リノエがバカになったぞ!」
安心したのか、リノエは足をふらつかせ、次第にアホなことを言い始めた。
そして、混乱から回復し、立ち上がっていたフィリスは、俺に助けを求める。
「と、とりあえず、支えろ!」
「うむ、分かった」
フィリスにリノエを託した俺は、観客席を後にした。ちなみに、今回は飛び降りたりしない。フリじゃないからね。本当だから。
◆◇◆◇
「……んー」
「お、目が覚めたか」
「ん、だれ?」
「イツキだ。寝ぼけてんのか」
「誰?」
俺の膝に頭を置いて寝ていたリノエは、下から目線でこちらを覗く。寝起きだというのに、すっぴんだろうに、何故か物凄く可愛い。黙っていればの話だけど。これが残念美少女というやつか。
すると、リノエは中指を曲げて先端を親指で抑える。そして俺の額へ持っていき、中指を強く弾いた。
「いだっ。何すんだ」
「モンスター討伐」
「ふざけんな」
「ふぅ」
リノエは、俺の服を掴んで上半身を起こした。おい服が伸びるだろ、やめろ。……なんて言おうものなら、更に面倒くさい事になるのだろう。なので、俺は黙っていることにした。
「おはりの」
「なんだよ、その挨拶」
「わたくしを称える挨拶、使っていいわよ。これは流行るわね」
「流行らねーよ」
「『次にくる挨拶大賞』を受賞しちゃうかもしれないわ。古参アピールは大事よ、誰も気にしないだろうけれど」
「そんなの無いから。そして使わねぇし」
そんな他愛も無さすぎる会話に、思わず笑みがこぼれた。俺だけではなく、リノエもだ。
「ふ、ふふっ、流行っても知らないわよ?」
「だから流行らねーっての」
言葉を返した俺は立ち上がり、座っているリノエに手を差し伸べる。
「あら、気が利くのね」
「だろ?」
「全く、調子の良いこと」
差し出されたリノエの手を掴んだ俺は、優しく引き上げる。
そして、リノエが立つのを確認してから手を離した。
「……で、ここは?」
「俺の借りてる宿の空き部屋」
「試合は……?」
「あぁ、色々あったが、なんとか勝ったぞ。まあ、詳しいのは後だ。とりあえず今日は遅いし、ここで休め。宿の人が、美少女ボーナスで特別に無料で一部屋貸してくれたから、しっかり礼を言うんだぞ」
「わ、わかったわ……」
「じゃ、おやすみ」
俺はこの部屋を後にして、自分の部屋へと戻る。
ちなみに、試合の行方はというと、二勝していたので、既に勝ちは確定していたが、本人らの希望により最終戦が行われた。
しかし、フィリスとノエルは激しくぶつかり合い、開始二十秒で会場が崩壊してしまった。
衝撃で崩れたスタジアムや観客席は、元の面影が全く無いと言っていいほどにボロボロである。だが、幸いにも怪我人はゼロであった。
それもそのはず、パウロスの生み出したシールドと、ヒソウの適応能力で会場全体を守っていたのだから。まあ、観客のほとんどが冒険者ってのもあったが。
その後、フィリスとノエルは、ミリナさんによる長いお説教と話し合いにより、すっかり仲良しである。
今回、闘技場が地下だったため、建物自体への被害は少なかったものの、もちろん借金はある。当然と言えば当然だが。そして、フィリスとノエルは出禁になった。
その頃、俺はというと、眠っていたリノエを抱えて宿屋へ戻り、事情を話して部屋をもう一つ貸してもらっていた。
まあ、今回の件の詳しい話は、明日の朝にするとのことだったので、明日に備えるとする。
さぁ、明日はどんな冒険が俺たちを待っているのだろうか! 考えただけで……現実逃避したくなる。嫌だ、明日来ないで。いっそ、日が昇らないで欲しい。ずっと月を浴びていたいのっ!
こうして俺は、全てを忘れて眠りについた。
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