第21話「覚醒」
「ふぇっ」
これが異世界人生最後の言葉か、と涙すらも出てきたその刹那、見ていた風景全てが青色に包まれ、その場の動きが止まって見えた。
視界に入る風景に対して、尋常じゃないほどの頭の回転の速さ。時が止まったのだろうか。
頭は働くのに、体を動かすことも、声を出すことすらできない。ただ、考えることだけはできる。なんだか、金縛りみたいで気持ち悪い。
ひたすら思考し、硬直すること、体感およそ二分。何故か疲れてきた。恐らく精神的な疲労だろう。……こうなったら、無理やりにでも動かしてみよう。とりあえず、矢は避けたいから右に捻る。
すると、不思議にも力は入った。しかし、風景に一ミリの変化も無い。
こうなりゃ、もうヤケクソだ! 脳死で力を入れてやる! この状況、一体誰からの嫌がらせだよっ‼
怒り混じりのヤケクソで更に力を加えると、唐突にも勢いよく右側へ体のバランスを崩した。
「うわっ⁉ た、倒れ……《ヴェントゥス》ッッ‼」
なんとか反応できた俺は、風魔法を地面に放ち、風圧を利用して倒れるのを防ごうとしたが、風はすぐに消え、魔法は使えなかった。魔法の構えや出し方はあっていた。何故だ?
そして、尻もちをついた。
「あぶねぇ……」
「な……なんと、ヒソウの矢を寸前で躱したぁぁっ⁉」
実況のアテスは……いや、会場全体がざわざわと驚き始めている。それは、ヒソウの仲間であるノエルやパウロスも同様だ。何より、矢を放った本人が目を見開き、一番驚いている。
ざわめきが収まった……そう感じた次の瞬間には、大歓声が巻き起こっていた。
「やるじゃねぇか、新人!」
「名前は? あの素早い冒険者の名前は⁉」
「初心者の身分で、ヒソウの射撃速度を上回りやがった!」
「いえ、何がすごいって、よそ見していたのよ⁉ あの子とんでもないわ……」
観戦していた冒険者たちは全員立ち上がり、大はしゃぎである。
こ、これ、みんな俺に向けられた言葉なのか……?
「外してはいなかったはずだ。まだそんな力を残していたのか? 随分と余裕の様だな」
「ゴタゴタうるせぇ。俺もよくわかんないんだ――よっ!」
生憎俺は、相手が喋り終わるのを待つつもりなど毛頭無い。
ヒソウが口を閉じた時には、尻もちをついた所に俺の姿は無い。そして俺は、返事を返すと同時に、ヒソウの体を目掛けて剣を振っていた。まあ、避けられたが。
「後ろを見てみろ」
「見てる暇なんて無いんだろっ‼」
振り返りでもすれば、どうせ矢でも飛んで来るのだろう。対応しきれないから今動く。いつも通り冷静だ。
俺は、元居た場所から体一つ分離れた。案の定、矢は俺の隣を直撃。躱していなかったら、俺は死んでいたんじゃなかろうか。医者の当てはあるんだろうな。
「矢も自在に操れるのね、一流の弓使いサンは」
「当然だ」
「じゃあ、剣の使い方は知らないだろう」
「一通り体得しているが」
「そうか、ならコイツも躱せるよなっ!」
俺は勢いよく剣をヒソウの判定装置に刺した……つもりだったが、普通に躱された。
そして、俺が次にヒソウの姿を捉えた時には、既に弓を構えていた。距離もあるため、一方的にヒソウが有利……と、みんなは思っているのだろう。しかし、俺にはまだ秘策があるのだ。さてと、勝敗をハッキリさせようじゃないか。
俺は剣の柄を逆手に持ち、ヒソウに刃を向けた。
「この距離なら俺に利がある。終わりだ!」
「……⁉」
ヒソウが俺の胸元に矢を放ったと同時に、柄頭に添えた人差し指を力強く、まっすぐに押し出す。
その剣は、本来在るべき姿を忘れ、ブレることなく空中を走る。やはり、剣は投げるに限るな。いってら。
だがしかし、相手は矢だ。速度的に、俺の方へ命中するのが先だろう。だから、判定装置の少し手前に左手を構えてある。そう、犠牲だ。さらば、俺の左手。いってら。
剣を送り出し、左手に別れを告げた俺の戦いの行方は、会場に響き渡るブザー音と審判の言葉がその勝敗を教えてくれた。
「そこまでっ! 第一試合、勝者は――」
ごくり、と唾を飲み込みながらヒソウの顔を覗くと、今日イチの驚き顔のまま硬直している。俺の剣技に恐れをなしたか。もちろん、剣士としてのプライドなんてものは持ち合わせていない。
「――新人冒険者、イツキ・チトセ!」
会場一帯を包む静寂。時が止まったかの様に、その場の全員がピクリとも動かない。
全ての視線の先は、ヒソウの胸元にある壊れた判定装置と、それに刺さっている俺の剣である。胸当ては分厚いため、貫通はしていないと思うが。
ホッとした俺は目線を下げた。……そう、下げたのだ。
「て、てて、手がぁぁぁっ‼ ち、血がめっちゃ出てる……。さ、刺さってるっ⁉ た、助けて……」
「動くなっ!」
涙目で助けを求めた途端、ヒソウが叫んだ。同時に、ヒソウは構えた手を振り下ろす。
「すまない、矢を仕掛けていたんだ」
「ひっ……」
俺のすぐ背後に矢が五本ほど、勢いよく地面へ突き刺さる。あと数秒くらい時間が延びていれば、確実に負けていただろう。というか、死んでいた。
ぷるぷると体を震わせながら、仲間たちの居る方へ振り返る。そこには、重そうな甲冑を纏いながらも、大剣で素振りをしている戦闘狂と、顔をニヤつかせながら肩をビクビクと震わせている少女の姿が……心配しろよぉっ! あと、アテスの実況がうるさい。
すると、こちらへアクセサリーをチャラつかせたお姉さんが慌てて駆け寄ってきた。
「今、治療するねー」
「ミリナさん!」
「じゃあ、早速手に刺さった矢を抜くね」
「や、優しくお願いしま……」
「……えいっ」
「いっだぁっ⁉」
てんてんてててん♪
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