第20話「真打」

 ぶっちゃけ、俺らが勝ったとして、その後にイヴがどうするかは本人の自由だ。だが、負ければ今まで通り、冒険者でありながらも過保護な勇者様の元で、あったかもしれない選択を横目に、今後しばらくは見習いとして惨めな気持ちを抱えて生活していくことになるのではないだろうか。まあ、さすがに大人にでもなったら自立させると思うが。

 心配ってのは、気持ちは善であり行動は悪なのかもしれないな。

 要約すると、本人が望むのならそれを手伝ってあげる、簡単な話だ。


 まあ、考えたところでどうしようも無いので、ここは一つ、派手な参上で会場を沸かせるとしようか。

 そう、飛び降りだ!


「真打ち登場!」


 あぁ、俺は鳥だ。飛んでいる。……頭からいきそう、助けて。

 勢いよくフェンスを飛び越えたはいいものの、数メートルほどあるこの場から、どうやって着地するかを考えていなかった。

 そして、異世界へ来る前の景色と重なり、デジャブを感じる。また死んでメルと出逢えるのかな……メル? そうだ、こんなところで死ぬ訳にはいかないじゃねぇか。悔しいが仕方ない。

 俺は全力で声を張った。


「リノエッ!」

「うわ、情けないわね……。《ヴェントゥス》」


 俺の視界がスタジアムの地面でいっぱいになったその刹那、まるで時が止まったかの様に体が空中で固定された。……が、それも束の間。

 気付けば、俺の体は地面に張り付いていた。

 ハッとなってリノエの方へ視線を向けると、何やらあちらはあちらで揉めているそうだ。何事だ?


「外野からの妨害か? ルール違反では?」

「いいえ、選手交代よ」

「一試合につき一人というルールだ」

「あら、貴方は何か勘違いをしているのでなくて?」

「説明してもらおうか」


 戦闘を中断したヒソウと、アテスに矢が直撃する寸前で外野から弾いたリノエが口論しているみたいだ。それも、俺を助けると同時に矢も弾いたっぽい。リノエへの戦闘評価は上がっていく一方である。


「アテス……だったかしら、彼はただの代理よ」

「代理?」

「ええ、その人はフィリスもとい、わたくしたちの仲間では無いわ」

「では、客席から飛び降りたソイツが?」

「そうよ、戦力に差は無いし……いや、むしろ弱いわ。そして、この勝負の本質から、交代するのが妥当では無いかしら」


 そして、リノエへの好感度は下がる一方である。……が、言うことは言ってくれたので黙っておこう。リノエは生意気だが、やることやってるから憎めない。

 いつまでも横になっている訳にもいかないので、俺は立ち上がり、スタジアムへ入る。もちろんアテスとのハイタッチも忘れない。


「お疲れさん、代理」

「全くだ……。じゃあ、おれっちは本業を務めるとしようか」


 げんなりとした様子のアテスは、胸元の判定装置を俺へ渡し、退場した。それを見届けた俺は、受け取った判定装置を胸元に付ける。


「じゃあここからは、このパーティのリーダーである俺が相手をしようか」

「期待はしない」

「くれぐれも、勇者パーティの名を汚さないように活躍してくれよ?」


 どこからどう聞いても雑魚キャラのセリフだ……。これがもし、チート持ちなら話は変わるが。


「イツキくん、やるねぇ! かっこいーぞー! ヒューヒュー」


そして、観客席からは聞き覚えのあるギャルの声が俺に向けられた。無視しよう。

 俺が剣を抜くと、それを確認をした審判の人は再開の合図を出した。


「試合再開ッ!」


 さーて、どうやって攻略しようか。


「参る」


 冷徹な瞳で宣言した後、弓を構えて矢をこちらへ向ける。

 この試合はスキルを使えたはずだが、ヒソウはそんなものを使わなくとも安易に仕留められるのだろう。無表情も相まって、なんだか恐ろしい。


「どうしたものか……」

「イツキくーーん! ファイトー‼ 負けるなーっ! 落ち着いてー!」

「落ち着けるか!」


 どのタイミングで攻撃を躱そうか考えているというのに、ミリナさんが集中を妨げる。

 しかし、一度怒鳴りつけると、しゅんと落ち込んで大人しくなった。そして会場も静寂に包まれた。なんでいつも俺のせいみたいになるかな。

 俺までしゅんとしてきたところで、会場全体を熱狂させる救世主が現れた。


「さあ、始まりました! 『勇者――ノエルパーティ』対『その幼馴染――フィリスパーティ』の熱い第一試合! 司会は先程少し注目を浴びました、この国一番のエンターテイナー――アテスが務めさせて頂きます」


 このスタジアムにはスピーカーなんて無いのに、アテスの声が響いた。きっとスキルか何かの仕業だろう。……で、今はそれどころではないということを危うく忘れてしまうところだった。もう遅いが。

 視線を戻した時には、ヒソウの手元に矢は無く、俺の胸部を目掛けて、一本の矢が一直線に走ってきていた。あ、負けた……というか、死んだ。コイツ、殺す気でやってやがる。


 結局、俺が何かをしようとすると、失敗に終わるのだ。今までと同じ……いや、違うとすれば、応援してくれる仲間ができたことだろうか。何かと楽しかったが、呆気なくここで負けて見捨てられ、ぼっちへと戻るのだ。これで何回目だろう。こんなんじゃ、魔王討伐どころか、生きていけるのかすら危ういなぁ。社会的にも……。

 ……ダメだろ、おい。せっかくメルがくれた恩を仇で返す様なこと、絶対にダメだろ、ダメだ! じゃあ、勝つしかねぇよな。

 だから、どうか……どうかせめて、お願いします。俺に立ち向かう勇気をください。チートなんて望まない、ダサくてもいい、最後に悔いの残らない生き方を教えてくれ。

 なんて、考えるだけ無駄だった。ヒソウの矢は今にも俺の胸元、心臓を貫きそうな勢いだ。

 そして、なんとも情けない声が漏れるのであった。


「ふぇっ」

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