第19話「VS勇者パーティ」

 コンクリートの地面で作られたスタジアムに、試合を観戦できるよう、数メートルほど高い所に作られた観客席。この客席は階段状になっており、三段まで設けられている。

 そう、ここは冒険者ギルドの地下に建設された、練習用闘技場である。

 そして、張り詰められた空気の中、一人の少女を賭けた戦いが今、繰り広げられようとしていた。


「参加人数の制限は三人、試合は三試合で、一試合につき選出は一人のみ。スキルの使用は有り、外野からのサポートは禁止。より勝数の多い方が勝ち。異論は?」

「ない」


 スタジアムの中央で、紫の龍と緋の戦士が闘志を燃やしている。要約すると、フィリスとノエルの戦いが始まる。

 そして、何故かフィリスの仲間である俺は観客席で、エンターテイナーのアテスがチームのメンバーとして入っている。まあ、俺が入ったところでって感じではあるが……。

 すると、空いてる俺の左隣に、金髪ピンクのメッシュが特徴な白い肌の女性が座る。気付けば、他の冒険者たちも続々と観客席へ入ってきていた。


「おーっす、イツキくーん! マジでアガる展開なんだけどーっ! やばくね、やばすぎっしょー!」

「う、あ、は、はい、受付のギャルお姉さん……」

「あはっ、ミリナお姉さんでいーよー」

「ミリナさん」

「ちぇーっ」


 そう、今朝のギャル受付嬢さんことミリナさんだ。今はプライベート中かな。心做しか、ミリナさんの露出度が仕事中より増している気がする。おっと、いかんいかん。


「おやー? 少年はお姉さんのことが気になるみたいだねー?」

「もう青年です! そ、それに、み、見てないですから! 気になりませんからぁぁっ‼」

「ん? いやいや、キミじゃなくてさ……」


 そう言いながら、ミリナさんは人差し指を俺……の右隣に居るイヴを指した。そういえば居たな。本日の主役をすっかり忘れていた。……でもって勘違いが恥ずかしい。


「え、ボクっ⁉ い、いいい、いや! ぜんっぜんみてないよ⁉ ほんとだから‼」

「ふふっ、キミら可愛いね」


 ミリナさんは頬を照らしながら、微かに瞼を細めて呟いた。俺のヒロインはこの人しかいない。

 そんなことを考えているうちに、ファーストラウンドが開始しようとしていた。


「もうすぐだね」

「なあ、イヴ。お前は本当に俺たちのパーティに入りたいのか?」

「それは……」

「まあ、じっくり考えてくれよ。それとさ……」

「どうしたの?」

「……お前、男なの?」


 さっき、ミリナさんはイヴのことを少年と言った。それに、今になってだが、誰もイヴが女の子とも妹とも言っていないし、一人称がボクだ。いやむしろ、フィリスは『弟』と言ってなかったか? 俺は勝手な勘違いをしていたのかもしれない。


「ははっ、よく言われる……。お察しの通り、男だよ」

「す、すまねぇ」

「おねえの趣味なんだ……」

「「……」」


 訂正しよう。


 一人の少年を賭けた戦いがたった今、幕を開けたのであった。


「では、初戦はオレが参ろう」

「ありがとう。お願いね、ヒソウ」


 一戦目の勇者パーティチームからは、クールなイケメン男子である、ヒソウが出るみたいだ。なんだろうあの雰囲気、どんな敵も瞬殺していそう。

 一方、フィリスチームからは……。


「頼んだぞ、エンターテイナー!」

「あ、はい……」


 なんと、芸は上手くとも戦闘は苦手そうなエンターテイナー、アテスの出場だ。結果はなんとなく予想できてしまう。

 そして、試合の審判は冒険者ギルドの職員が務めていた。こんなつまらない試合にまで、大変ですね……うちのバカがすみません。


「ルールは簡単。相手の胸部にある判定装置を先に壊した方を勝ちとします」


 小型のクリスタルみたいな装置が埋め込まれている胸当てを付けた両者は、戦闘態勢を取る。


「では一戦目、始めッ‼」


 そして、第一試合は始まった。

 ヒソウの戦闘スタイルは、蒼色と白色の滑らかな弧を描く弓を使用した矢での攻撃。それは歪な形をしており、並の冒険者には扱いが困難であろう。


「参るぞ」

「え、あ、コホン。ふふっ、では魅せるとしようか! おれっちの得意技を!」


 ヒソウが構えると同時に、混乱していたアテスもすっかりお調子者へと戻っていた。

 そして、次の瞬間にはアテスの姿が、ひとつ、またひとつと増えていく。観客の反応は言うまでもなく、大盛り上がりだ。さすがはエンターテイナー、とでも言おうか。

 そんな中、魔法のぶつかり合いにわくわくしていた俺の耳元で、かわいらしい声が囁く。


「ねえ知ってる?」

「ん、どうした」


 あまりにも聞いたことのあるセリフだったので、その正体は豆◯ばかと思った。しかし振り返ったら、しっかりとイヴだった。もはや、イヴしば。


「ヒソウって全然喋らなくて、クールなイメージあるじゃん?」

「あるな」

「でもね、実はおねえのことが気になりすぎて、照れてるだけなんだよ。なんなら、本人の意思じゃなく、おねえのために冒険者やってるしね」

「え、あんなに強いのに、冒険者やってる理由それなの。てか、思春期じゃねーか!」

「……あ、これ、秘密の約束だった様な……ま、いっか!」


 そう呟いたイヴは、何も無かった様に振る舞い、試合観戦に戻った。いや、怖いよこの子。そこは普通、男同士の固い友情みたいなので黙っておくものだろ。何しれっと教えちゃってんの。

 コイツには絶対に秘密を教えまいと強く誓い、スタジアムの方を見遣ると、アテスの分身は全て矢で射抜かれており、残るは本体のみとなっていた。まあ、そりゃそうなるわな。……さて、と。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

「? どこに……?」


 席を立ち上がった俺は、片手でフェンスを掴んで踵を返した。目線の先は、もちろんイヴだ。

 そして、イヴの放った問いの解答を、片方だけ口角を上げ、当然の様に俺は応えた。


「小さき冒険者の道作りに、な」

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