第18話「展開は順路を知らない様で」
「西の勇者――ノエル」
「や、やめてよ! フィリスといる時くらい、仲のいい友人でいさせてって、もう……」
そう、フィリスの友人は西の勇者様であった。それと同時に、先程の少女は彼女の妹ということになる。
俺は横目にちらっと、イヴの方へ視線をずらす。
「ど、どうしたの……?」
「いやぁ、似てんなと思って」
遺伝なのか、イヴも赤髪で、西の勇者――ノエルみたいに結んではいないものの、長さは背中辺りまで伸びている。前髪には、ばってんのヘアピンを左側に二つ着けて綺麗に整えられていた。
すると、ノエルはターゲットをフィリスからイヴへと切り替える。
「……イヴ?」
「お、おねえ……」
「何度言ったらわかるの。私の傍を離れないでって言ってるよね? うろちょろされると捜すのが手間なの、大人しくするって言うから冒険に連れて行ったのに。約束が守れないなら、家に帰ってお留守番だからね」
「ご、ごめんなさい……」
しょんぼりとしたイヴを見たノエルは、げんなりと肩を落とす。
フィリスもやれやれと言った具合で……何もしていない。たまにいるよな、その場の空気を一番に理解していて予想通りでした気取りのヤツ。実際に俺がそうだった。そして、誰にも気付いてもらえなかった……。
そんな調子の良いフィリスさんは、何やら名案を思いついた様だ。
「そうだノエル、私たちのパーティと団体試合をしないか?」
「え、フィリスがパーティを? メンバーは⁉ だ、だれ、誰なの!」
「そう慌てなくとも、さっきからそこに居るだろう」
押しの強いノエルから一歩引いて、こちらを指さす。
「……ってことは、そこのローブを纏った女の子と、あの金髪のチャラついた男がフィリスの仲間?」
「いや、あの金髪は知らないぞ。誰だ」
勇者様の発言により、よくわからないダンスを踊っている後ろの金髪の男が仲間入りを果たした。いやなんかこっちを見てる、恥ずかしいよ。そして、フィリスのもう一人の仲間は俺なんだけど。そいつ全く関係ないからね。
「やあ、おれっちを呼んだかい?」
金髪の男は、こちらへ向かって歩いてきた。そして、右手で額を抑える。ほら、言わんこっちゃない。めんどくさいことになったじゃん。何やってんの、勇者様?
「ふっ、やはりこのオーラは隠しきれぬか……。そう、おれはこの国一番のエンターテイナー! アテスだ、よろしくっ」
一言一言ポーズを変えながら、エフェクト付きの自己紹介が始まった。
基本的にお調子者は無視する俺だが、今回ばかりはこちら側が悪いので少しは聞いてあげることにする。
この状況をなんとか頼むぞ勇者様、少し痛いヤツに優しく応えてやってくれ。
「「誰?」」
案の定、フィリスに加え、ノエルも聞く耳を持ち合わせていない様だ。おい、そこの赤髪は罪悪感を覚えろ。こんなのが勇者とは世も末だな。
「こ、こほん。おれっちは世界一のエンターテイナーになるため、日々修行を重ねている者さっ」
「そんな面白可笑しいことを言ってるのは世界を探しても貴方くらいよ。夢が叶って良かったわね、世界一の……えっと、ヘンターイナーさん? ふふっ」
更にリノエが追い打ちをかけた。やべぇ、コイツら悪魔だ……。知ってたけど。
そして、この国一番のエンターテイナーが涙を零した。
「え、な、なんか悲しんでる⁉ どうしよ、泣かせちゃったよ……」
「ほっといていいと思うぞ」
「もう、そんなわけにはいかないでしょ!」
勇者様はまさかの無自覚タイプだった。天然なのかな、抜けてるところは多少あるが、しっかりと優しい人でよかった。一方でフィリスは……。
「なら、団体戦の手伝いをしてくれ」
「へ……?」
そして、エンターテイナーさんは巻き込まれた。えと、名前は確か……ハテス? ハデス? あぁ、ハーデスだったか、可哀想に。
「試合は十分後だ。ノエルはもちろん、私の挑戦を受けてくれるだろう?」
「えー、仕方ないなぁ……。ヒソウくん、パウロス、戦闘準備よ!」
フィリスの挑発に乗ってあげた様子のノエルは、下の階で盛り上がってる最中の仲間を呼び、嬉しそうにニヤリと笑った。
「ねぇフィリス、今回も何か賭けをするのでしょう?」
「あぁ、もちろんだ」
「フィリスのことだから、また食事代とか?」
薄笑いを浮かべたノエルは、フィリスに問いかける。
「それもいいな。だが今回は、『イヴ・ネージュ』にしよう」
真剣な顔で答えるフィリスからは、いつもの様な活気と引き換えに冷静さが感じ取れた。
その答えに、当の本人であるイヴも驚きを隠せなかった様子。正直、全く関係ない俺まで驚いている。
「え……?」
「ノエル、もう自立させてもいい頃じゃないか? イヴは人より、才も力も優れている」
「分かっているわ。でもまだ……」
「心配することは大事だと思う。だが、心配ばかりで何もさせなければ、イヴは一生お前の後を付いて行くだけになるぞ」
「なんでそんなことをフィリスに言われなくちゃいけないの⁉ 関係ないでしょう……? いいわ、実力で分かってもらうから」
そう言い放ってノエルは階段を降りていった。
その姿が見えなくなったのを確認したフィリスは、コップの水を全て飲み干して立ち上がる。
俺はなんとなくフィリスに尋ねてみた。
「なぁ、フィリス。お前の目的はなんだ?」
「いきなり悪役扱いか、イツキ」
「悪い、そんなつもりはなかった」
「気にするな。実はな、私も昔は見習いの身で……戦わせてもらえなかったんだ」
「この戦闘狂!」
「へへっ」
「照れるな」
なんかめっちゃ良い話が聞けるのかと思ったが、期待外れだ。しかし、いつも通りのフィリスで安心した。
「だが、その場に居て何もできないというのは、殴られるよりも蹴られるよりも痛いものだ」
フィリスは目線を落としたが、すぐに前を向き微笑んだ。
「なんつって、実は戦いたいだけだろ」
「あぁ!」
「否定しろよ」
「弟を賭けたら、ノエルとの本気の試合が久しぶりにできるのではと思ってな!」
「帰っていいかな」
つまりは、どんな攻撃を受けて無痛だったとしても、貫通してしまう心の痛みは記憶として脳に刻み込まれ、トラウマという呪縛を生み出す。そして思うのだ――
――自分は情けなくて無力だと。
まあ、今は触れないのが一番だろう。さて、豪華景品の様子は……。
「おお! すごい、どうやったの⁉ もっかいもっかい!」
「ふふん、いいだろう。さぁいくぞ、イリュージョンッ!」
「炎の色が変わった……!」
なんとエンターテイナーさんは、自分のマジックに興味を持ってくれたイヴに対して何度も同じマジックを見せている。二人とも楽しそうで何より。
「お兄さん、この人、本物だよ!」
「あぁ、みりゃわかる」
どうやら、この国一番のエンターテイナーは伊達じゃないらしい。まあ、学のある俺には炎色反応でも使ったのだろうとすぐに見破るが。
そんなアテスを横目に見ていたリノエは、「あのくらい、わたくしもできるのにっ……」と呟いて虹色の炎を手から出した。だが、それを見ていたのは俺だけである。
そして、見ていたのが気付かれたのか、リノエに睨まれた。うわ、こわ……。
「さ、さて、ではリノエと金髪、よろしく頼むぞ」
「黙って」
「おれっち、許可した覚えないけどね……」
そう言って二人は階段を降りて行った。……ん、まて、フィリスさん? 俺はー? いや、勇者パーティと戦うのはごめんだけどさ、なんか戦力外通告されてるみたいで嫌なんだけどー。
それに、リノエはやる気ないし、アテスは諦めちゃってるよ。絶対負けるって。
そんなこんなで、俺とイヴも観戦するためにこの場を離れた。おっと、そういえば言い忘れていたな。
「ごちそうさまでした」
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