第17話「西の勇者」

「ところで、明日も同じ時間でいいのかしら?」

「あぁ、問題ない。フィリスも大丈夫だよな?」

「もちろんだ」


 あっさりと明日の予定は決まった。

 飯を食べて元気が出たのか、フィリスはとても張り切っている。その元気は明日に取っておいて欲しいのだが。

 すると、ギルドの入口付近からざわざわと騒がしい声が聞こえた。


「なにかしら、耳障りね」

「冒険者なんてそんなものだぞ」

「俺、ちょっと見てくるわ」


 俺は席を立ち、フェンスのある所まで移動して、見下ろす様に入り口付近を覗いた。

 しかし、このスペースは上からギルドを一望できるから、気分が良いな。視界の六割が酔っ払い共だけど。


「んー、なんか凄そうな人が入ってきたって感じか。……うわっ!」


 俺がざわめきの正体を観察していると、後ろから誰かに背中を押された。だが、フェンスに掴まっていたため、なんとか無事だ。一体誰だよ。喧嘩売ってるのか、酔っ払いめ。

 そう思って後ろを振り返ると……。


「あら、ごめんなさい。モンスターかと思ったわ」

「……リノエかよ!」


 反省の色がゼロのリノエも、隣に来て下のフロアを一緒に見下ろした。

 今回のクエストでは役に立ってくれたが、思い返してみると、生意気でとてもうざいやつだったと再認識した。今更だけど、なんで一緒に居るんだろう。

 そして、冷ややかな瞳で注目されてる所を見るリノエは、そっと一言。


「あれが『勇者様』よ」


 見下す様に、『勇者様』のところだけをわざとらしく強調して言った。その言葉には、怒りや恨みなど無ければ、尊重や敬意なども無い。ただつまらなそうに見ていた。


「まじか、どれどれ……あの大きな大剣を持ったイカついヤツか!」

「あれは勇者のパーティに所属する、パウロスよ」

「じゃあ、あのクールでイケメンな弓使いか?」

「あれはヒソウ、彼も勇者パーティの一人だわ」

「じゃあ……あの中心に居る赤髪の女の子か」

「えぇ、西の勇者――ノエル」


 言われてみれば、三人とも強そうだが、その中でも彼女が一番『強いぞオーラ』を放っている……気がする。単に中心に居るってだけだけど。

 俺はあんな風にはなれねぇなぁ……。そんな俺の緩みきった顔に文句を付けるのは、もちろんアイツをおいて他にいない。


「アホ面ね」

「元々こういう顔だ」


 案の定、リノエはニヤッと嘲笑しながら煽り散らかしてきた。ブレないなぁ。


「まあ、魔王をなんとかするのは俺だし、宣戦布告とかめんどくさいことするつもりも無いから、俺はそろそろ帰るとするよ」

「そう、なら今夜は永眠を推奨するわ」


 いつも通りの煽りだが、さっきとは打って変わって、ほんのりと頬が緩み、優しく微笑んでいるのに気が付いた。それはいつもの嫌味な感じではなく、どこか期待の様な信頼の様な、上手く言えないがそんな感じだ。

 それに、もしバカにしているのであれば、「貴方みたいなゴブリンごとき、魔王に勝てるはずがないでしょう?」とか言ってきそうだ。

 彼女の気分を害さぬ様、俺はしっかりと言葉を選んで発言した。


「お前こそ永眠してろ、勇者様に勝てるほどの魔素を溜めてから起きるんだぞー」

「あの程度、不眠症になったとしても一人で勝てるわ」

「おいおい、武器も無しにそんな……ほら、落とし物だぞ」

「何も落としていないけれど?」

「いや、俺という頭脳派最強戦力を……」

「……あら、捨てたのよ。ふふっ」

「呪われてろ」


 一見、悪口に聞こえてしまう様な会話だが、俺とリノエの間では軽い挨拶みたいなものである。

 そんなちょっとした小話をしていると、話を聞いていたのか、何者かが俺らに話しかけてきた。


「お兄さんたち、勇者に勝てる自信満々なんだね!」


その声がする方向へ振り返る。……がしかし、どういった訳か、周りをキョロキョロしても姿が見えない。

 ふと、リノエの様子を伺ってみると、目線が下がっていた。俺も流れるようにその視線の先を追う。

 するとその先には、小さな子供がこちらを覗いているのが確認できた。声的に女の子だろう。赤色の長髪で幼く、可愛らしい見た目だ。


「こんにちは、ボクはイヴ・ネージュ。イヴって呼んで!」


 ボクっ娘、だと……?


「で、お兄さんたちは凄腕なの! 勇者と戦う気みたいだけどさ!」

「いやいや、言葉の綾みたいなものだ。実際に戦う訳じゃない」

「……ふーん、じゃあ勝てるんだ!」

「戦う気は無いし、勇者にも興味は無い。ただ、魔王と話をつけたいだけだ」

「頭脳派、といったところだね……面白そう」


 名前は確か、イヴと言ったか。実に不思議な子供だ。まるで勇者に勝利して欲しいみたい。

 すると、勇者様御一行がテーブル席に座るのが、上の階から見て取れた。


「ねぇ、ボクを君たちの冒険に連れて行ってよ!」

「子供はさすがに……」

「ボク、こう見えて強いし、冒険者カードも持ってるんだ」

「冒険者なら話は変わってくるが……」


 イヴはキラッと目を輝かせ、まじまじとこちらを見つめてくる。てか、冒険者って年齢制限無いの。大丈夫なのそれ。そもそも、この子は一体……?


「おぉ、誰かと思えばイヴじゃないか!」


 その少女について、意外にも声を上げたのはフィリスだった。そして何故か、膨らんだお腹は元通りになっている。


「フィリス、久しぶり」

「あぁ、久しぶり」

「フィリス、知り合いか?」

「イヴの姉と私は友人でな、昔はよく力比べをしたものだ」

「なら、その人も相当の腕前なんだな」

「あぁ、彼女は……おっと噂をすれば、だ」


 視線を階段の方へ移したフィリスは、軽く手を振って笑みを浮かべた。

 俺も……いや、辺りの冒険者も足音のする方へ視線を向ける。


「こんばんは、フィリス。半年ぶりくらいね」


 麗しい顔の後ろで、一つに結ばれた赤色の髪をなびかせながら、フィリスほどではないが、胸元や腕に足など、戦闘で負傷しやすい箇所に甲冑を身に付けている。しかし、下に戦闘用の軽い服を着ているため、肌の露出は少ない。身長は俺と同じか少し高いくらいだろうか。高身長のフィリスとは少し差がある。

 フィリスに対して手を振り返した女の子は、こちらまで歩みを進める。


「半年……もうそんなに経つのか。君は会う度に名声ばかり上げているな……」


 フィリスはニコリと口角を上げて、わざとらしく言葉を放った。


「西の勇者――ノエル」

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