第16話「妖魔は暗闇に消える」

 燦々と降り注ぐ日光は沈み、あんなに明るかった晴天も、今や漆黒の夜天へと化していた。

 無事に泉の浄化は終わり、今は森の丘にて『ゴーストケルウス』の駆除の最中である。

 ちなみにあの後、溺れそうになったが、泳がなくとも風魔法のヴェントゥスを使えば一瞬で地上へ帰還することができた。しかし、運が悪ければ陸と反対側……つまり、泉の中央へ飛んで、再び沈むことになっていただろう。考えただけで悪寒がする……。

 そして俺は、サメモドキの隣でしばらく倒れたままだったが、日が沈むことを考えると、こうもしていられないと、力を振り絞って起き上がり、移動することにした。

 あ、サメモドキの行方はというと、土に埋めちゃいました!


「リノエはまだ寝てるな。問題はここからだというのに」

「昼間は頑張ってくれたから、次は私の番だ!」


 サメモドキを埋め終わった途端に意識が回復したフィリスは、何もできなかったのが悔しかったのか、今はものすごく張り切っている。ここまでリノエを運んでくれたので充分だってのに。


「しかし、名前に『ゴースト』と付くくらいだから、霊体なのか? もしそうなら、物理的な攻撃は効かない様な……」

「あ、あの、イツキ。わ、私、魚ほどではないが、幽霊系もダメなんだ」

「……」

「すまない」

「り、リノエ~、そ、そろそろ起床時間だぞ? お、起きろ、ピンチだ」


 心配になってきた俺は声を震わせながら、フィリスの背中にくっついて寝ているリノエに話しかけた。しかし、リノエはむにゃむにゃと寝言を立てながら……そっぽを向いた。


「報酬を多くしてやるから~」

「……ん、ひと仕事済ませるとするわ」

「お、おう」

「で、ゴーストケルウスだったかしら? どこにいるのよ」

「この辺のはずだが……」


 報酬に目を輝かせたリノエを背中から降ろしたフィリスは、すぐ側に誰も居なくなったのを感じたのか、足をガクガクと震わせている。

 そんなフィリスを無視する様に、俺は探索を始めた。


「おい、あれ……」

「な、なな、なんだ? 幽霊か、幽霊がいるのか⁉」

「落ち着け、フィリス」


 俺がじっくりと観察をしていると、スっと紫色の鹿が現れた。おそらくあれが『ゴーストケルウス』なのだろう。

 続々と他のゴーストケルウスも姿を現し始めた。


「数は……ざっと十五匹といったところね」

「クエストの駆除数は五匹だ」

「全匹、この場から消すから気にしなくていいわ」


 思いの外、リノエはなんでもできるんだな。一流パーティでも全然活躍できそうだが、やはり問題は性格なのだろう。

 フィリスも、脳内さくせんが『ガンガンいこうぜ』じゃなければ間違いなく一流だ。ちなみに俺のさくせんは『みんながんばれ』である。

 そうこうしているうちに、リノエは右手を前に出し、手のひらを上に向ける。なんとなくリノエの顔を覗くと、今までに見たことのない、とても優しい瞳で魔物を見つめていた。その眼差しを俺にも向けてはくれないものかね。


「生死を彷徨う魔物たちよ、生存の妨げを避けたくば、この場から去りなさい」


 リノエは手のひらをそっと閉じ、胸元へ持ってきて、目を瞑った。その姿はまるで、女神の様な聖女の様な、何かを願っている姿を感じさせる。

 すると次の瞬間には、ゴーストケルウスたちは次々にどこかへ向かって走っていった。

 瞼をゆっくりと開いたリノエは、つまらなそうに一言。


「……可哀想ね」

「お疲れ様、さすがだな」

「ひっ……おばけが出たわ」

「おばけ⁉ おばけだと⁉」

「誰がおばけだ。俺だよ」

「ゴブリンね……」

「ゴブリンか! おのれ……怖がらせた恨みは重いぞ‼」


 なんだかんだで心を開いた俺は、善意で労いの言葉をかけたというのに、リノエは一歩下がって他種族扱いしてきた。

 フィリスに関しては、俺に大剣を向けている。仲間に見捨てられて泣きそうだ。だがしかし、俺は折れない。『おれ』だけに! ……気温、下がったな。


「だから……イツキだよ、イツキ」

「「誰?」」

「もうお前ら嫌いだ」

「私も出会ったゴブリンの中で一番気に入らないわ」


 よし、帰ったらパーティを解散しよう。そんな気持ちで森を……抜けれることもなく迷った。


 ヘイ! スライム!

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