第13話「メイジ・リノエ」

 今日も今日とで、掲示板にはずらーっと依頼の紙が並んでいる。

 さて、難易度の低いクエストを探さねば。

 冒険者ギルドのクエストには、『クエストレベル』というものがあり、星で示されていて、低い順に一から五までの難易度がある。レベルが上がれば上がるほど報酬は弾むが、失敗すれば報酬はゼロだ。そのため、確実に報酬獲得を目指す冒険者は多い。つまり冒険者は冒険してないのだ。

 そんなことはさておき、今日はレベルの高いクエストが多いな。『ステルスフラワーの採取』、『エモエッグの入手』、『ニガスギスパイスの採取(新鮮な物)』……素材集めのクエストばかりだな。そして名前の意味が分からねぇ、適当に付けただろ。

 そんな中、一枚の紙に目が行った。


「汚染された泉の浄化? 星二クエストでこの報酬量……これにしよう」


 俺が片手で紙を取ろうとすると、同時に隣の方から小さな手がすっと同じ紙を掴んだ。女性の冒険者かな、譲ってやるか。

 そのまま俺は、近くに貼ってある低難易度の依頼書を適当に掴んだ。

 すると再び、小さな手が現れ、俺の持っていた紙を引っ張った。

 なんだろうと俺は手のある方へと目を向けると、そこには俺より少しだけ低い背丈で、薄い茶髪の少女が、ふんと見下すようにこちらを見つめていた。……というか、鍛冶屋に来た生意気なガキだ。

 そう、あの防具を投げつけた挙句に話も聞かないクソガキだ。いや、悪霊である。はやく退散しやがれ。


「おい、これは俺が……」

「……まともに敬語も使えないのかしら。駄犬ね」


 俺が注意をすればこのザマだ。これはオークさんの出番じゃないですかね。


「とにかく、どっちか俺によこせよ」

「嫌よ。二つともわたくしが受けるの」

「お前みたいなのにできないだろ」

「外見だけで判断して、よくそんなことが言えるわね。やはり頭が悪いのかしら」


 顔だけの少女は、やれやれと呆れた様な仕草を見せる。呆れているのはこっちだ!

 まあ、ここは大人の余裕で許してやろう。


「わたくしはリノエ。偉大であり、壮大なる大魔法使いよ」


 名を名乗ったリノエという少女は、手を胸元に置き、ふふんと自慢する様にアピールをしてきた。とにかく大きいことは解った。ふっ、胸は小さいのにな。

 笑いを堪えながら俺も名前を名乗る。


「俺はイツキだ」

「パッとしないわね」

「全国のイツキさんに謝れ」

「顔の話よ」

「むかむか」


 ムカつくが、このままイライラしていたら話にならないので、自分を抑えることにした。俺の顔、そんなに悪いかな。


「で、どうして俺が選んだクエストばかり狙うんだ?」

「それはこっちのセリフよ。わたくしが目を付けていたクエストばかり……」

「知るかよ」

「なんて酷い男……。絶対にモテないでしょうね」


 リノエは嘲笑しながら、関係のない話に繋げてくる。つか、酷いのはどっちだよ。……で、なんでモテないって分かるんだ? エスパー?


「そっくりそのまま返すよ」

「わたくしは顔が良いもの。性格と知能もね。こんなに優秀な存在は他に居ないと思うけれど」

「顔だけな」

「え、ふんっ!」

「何照れてんだよ」


 そしてかわいいのやめろ、モジモジするな。リノエは後ろ髪をいじりながら手元に持ってきた。目線は斜め下を向いている。地味に頬も火照っていた。あぁ、さてはコイツ……アレだな。


「お前、一人でクエスト受けるの怖いから、一緒に行きたいんだろ」

「ば、バカ言わないで頂戴。わたくしは初心者である貴方をサポートしてあげようと善意で……」


 リノエが言い訳を考えていると、扉の方から続々と冒険者たちがギルドへ入ってきた。もちろんその中にはフィリスの姿も……まずい、早くクエストを受注しないと。おい西の勇者、もっと時間を稼いどけよ!


「ん、もう来ていたのか。おはようイツキ」

「ギクッ……」

「そちらの少女は?」


 フィリスはリノエの方に視線を向け、質問をしてきた。


「コホン、わたくしは本日より彼のパーティに降臨した女神よ」

「は? 何言っちゃってんの?」


 リノエのやつめ、勝手に名乗りやがって……。フィリスが勘違いしちゃうだろ。だが、その考えに至るには既に遅く、その嫌な予感は的中した。


「そうだったのか! 私はフィリス、ジョブは『グラディエーター』だ。よろしく頼む!」

「わたくしはリノエ、ジョブは『メイジ』よ。よろしく」


 メイジは確か、魔法使いだったか。ジョブのパーティバランスは良さそうだが、性格は残念。やっぱビシッと断らないと。

 俺は一息つくと、フィリスとリノエに向けて一言。


「お前ら、足引っ張るなよ」


 もちろん、断るのは諦めた。これは遡ること数年前――



 ――昔、昼休みの教室で、学年一の美少女が俺に放課後ボランティアのお誘いをしてきた事があった。

 しかし、俺はソイツに興味なかったし、何よりその日は疲れていたため、急いで帰りたかったのだ。

 そして俺は、適当に言い訳をして帰ろうとした。するとその美少女は、急に泣き出したのだ。

 周りからは、「うわ、あのぼっち、誘いを断りやがった……」とか「信じられない、ぼっちのくせに!」など、ぼっちいじりをされた挙句に「アイツには話しかけない方がいいよ」と完全に学校中から拒絶された。元々話しかけてきたこと無いのに。



 懐かしさと悲しさでおかしくなりそうな俺は、リノエが掴んでいた依頼書を受付まで持っていった。


「だ、大丈夫か、イツキ……」

「急にほうけた顔をして、どうしたのよ」

「はぁ……なんでもない。なんでもないんだ……」

「おやー? イツキくんをいじめてるのかなー?」


 過去の思い出に心を痛めていた時、オタクに優しいギャルの受付嬢さんが話しかける。


「うぅっ……」

「よしよーし、大丈夫だよー」

「なに、この茶番」


 呆れた顔でリノエはこちらを見ている。呆れてるのはこっちだと言いたいとこだが、ギャル受付嬢さんの頭撫でが気持ちよすぎて、もうどうでもいい。


「ん、今日はこの二つを受けるの?」

「はい、お願いします」

「りょーかいっ! クエスト期限は明日までねー」

「分かりました」


 ギャル受付嬢さんはものすごい速さで受注手続きを済ませた。


「はい、頑張ってね」

「早っ」

「あーし、これでも仕事はできるから!」


 ギャップがすげぇ……、是非とも妻にしたい。いやいや、俺にはかわいい女神たそが……‼ ぐふぇ、おっといけねぇ。

 ふと妄想から現実へ戻ると、リノエが俺にゴミでも見るような視線を送っていた。コイツ、貴族かなんかだろ。

 俺は目を閉じ、一息ついて心を落ち着かせてから口を開いた。


「じゃあ、今日も冒険者しますか! ……って、アイツら居ねぇし。カメレオンかよ」

「あはは……」


 こうして、ギャル受付嬢さんに見守られながらギルドの扉を押した。

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