第11.5話「宿」

「あ、おかえりなさいっ」


 そう言って笑顔で出迎えてくれたのは、この宿の看板娘――エマだ。その笑顔はとても可愛らしい。


「お、ただいまー」

「相変わらず、気力の無い声だね!」

「エマは気力ありすぎだろ」


 時は夕暮れ。俺は宿へと戻っていた。

 そして、このエマという少女とは、昨日の夜に仲良くなった。最初は確か――



――冒険者申請を無事に済ませた俺は、宿を目指した。


「ここであってるよな……」


 俺はその宿のドアを開ける。まだやっているみたいだ。


「いらっしゃいませー」


 ドアを開けると、同い年くらいの女の子が出迎えてくれた。

 その宿屋には、もちろん受付があり、その反対にテーブルと椅子が置かれてある。きっと食事などの際に使うのだろう。

 そして、エントランスを奥の方へ進むと、数部屋分のドアがあり、階段で二階へと繋がっているみたいだ。


「一部屋、貸して欲しいです」

「はい、一部屋ですね。何泊しますか?」

「長期滞在を考えているのですが……」

「わかりました。冒険者様なら、割引がございます。いかがなさいますか?」


 ここでは冒険者割引が使えるのか、冒険者ってお得すぎないか?


「ちょうど冒険者になったばかりなんですけど、大丈夫ですか?」

「はい、冒険者カードを見せていただければ」

「これです」


 俺は冒険者カードをポーチから取り出し、手渡した。あまり見せたくないけど。


「確認できました。では、一泊四百ゴールドで」

「安い⁉ ……あ、風呂も付けて欲しいんですけど……」

「お風呂に洗濯、望むなら掃除も、全て合わせて四百ゴールドです。ご飯は別料金ですが……」

「安すぎる……」

「そうですか? お客様がご満足頂けるのなら何よりです」


 そう言って女の子は笑顔を向ける。俺氏に天使が舞い降りた! 何この娘、かわいすぎだろ。


「じゃあ、とりあえず一ヶ月分で」

「はい、受け取りました。ではこちら、お部屋の鍵になります。部屋のドアに番号が振られているので、鍵の番号と同じお部屋をご使用ください」


 女の子が手渡してきた鍵を受け取る。小さい手だなぁ。


「お兄さん、夕飯は?」

「まだですけど……」

「荷物置いたら此処に来てください。ご飯の時間は過ぎてるから、私が何か作ってあげますよ」

「いいんですか?」

「いいのいいのー」


 気付けば、女の子は敬語を解いていた。……俺、話せてたよね? 陰キャ発動していないよね?

 腹を空かせた俺は、これからしばらくお世話になる部屋を目指した。


 二階の部屋に辿り着いた俺は、鍵を使ってドアを開いた。

 部屋の中は、木材で造られており、寝床であるベッドはもちろん、引き出し付きの机に椅子も用意されている。

 俺は荷物を置いた後、ご飯を食べるべく部屋を出た。

 そして、鍵を閉めたのを確認し、階段を降りる。

 正直、こんなに安くてどんなボロい部屋なんだろう……と思っていたが、普通の宿だった。宿の人、ごめんなさい。

 いい宿を見つけたなぁ、と上機嫌でテーブルへ向かうと、掃除中だったのか、初めましての美人なお姉さんが、ほうきを持ってこちらへやってきた。よく見ると、緑髪ロングウェーブで尚更大人っぽく感じる。あと巨乳。


「こんばんは、宿主のメイジーです。お好きなテーブルでお待ちくださいね」

「ありがとうございます」

「礼ならあの子に言ってください。とっても張り切っていたので、ふふっ」


 本当にいい子なんだなぁ。あとでしっかりお礼しておこう。そう思いながら適当な椅子に腰をかける。……何か話さないと。


「そうだ、お二人って少し似てますよね。もしかして姉妹とか?」

「そんなに似てますかね? でもそうですよ、姉妹です」

「あぁ、やっぱり!」

「おかーさん、嘘つかないでよ……」


 料理が完成したのか、先程の女の子がトレーを運んでやってきた。……ん、今、お母さんって言った?


「あらやだ、冒険者さんってば、本気で私たちを『姉妹』と思ってくれたのかしら?」

「いや見た目、若すぎですよ……」

「冒険者さん、これでも、お母さんの年齢は……」

「……エマ? 少しお喋りが過ぎるわ」

「……ふん⁉ ふん、ふんふんっ! ……はぁはぁ、ごめんってばぁ」


 メイジーさんは相手が娘だろうと容赦ない。手持ちのほうきを素早く回し、エマと呼ばれた少女に向けた。メイジーさんの年齢については触れないでおこう。

 俺はそっぽを向く。


「料理を落としたらどうするのよ……全く」


 そう言って、女の子はメイジーさんを睨みつける。メイジーさんは気にすることもなく、店の裏の方へ向かった。

 しかし、いい匂いだ。もちろん料理の話である。


「はい、お待ちどうさま~。私特製『エマのモエモエ♡おいしいハンバーグ』です! お召し上がれっ!」

「おお、美味そうだな……!」

「へへーんっ! ナイフとフォーク、ここに置いとくね」

「ああ、助かる。そうだ、お題……」

「……お題はいいよ、私からの気持ちだから」

「なんか、悪いな」

「じゃあその代わりに、面白い話を聞かせてよ!」

「あまりハードルは上げないでくれよ?」


 俺は笑い気味に返した。

 だが、問題は面白い話があるかどうかである。長年のぼっち生活秘話と、ネッ友と築いたコミュ力でいざ、美少女との会話!


「じゃあ、ニホンって国の話を……」

「……あ、自己紹介がまだだったね。私はエマ。この店の受付と、お昼は他のお店でアルバイトをしてるよー。趣味はお散歩だから、暇な時は付き合ってね!」

「お、おう。わかった、よろしく」


 こうしてスルーされた俺は、鍛冶屋秘話を話すことにした。

ハンバーグが美味しかったので良しとしよう。



 ――あの調子でどれくらい話したことか。ただ、色々話したらスッキリした。

 そんなこんなで、今日もただいまである。


「ねーねー! イツキくん! 今日もお話聞かせて!」

「風呂入ってからなー」

「はーい!」


 うわ、何この子、めっちゃ犬系じゃん。すごく可愛い。よしよーし。

 この後、リーフドラゴンを一人で倒した話や、スライムたちを従わせた話、一人の女性を魔物からもの凄い戦法で救った話など、数々の英雄譚を話した。嘘などひとつも無い。ほ、ホントだからねっ!

 こうして、俺のホラ吹き人生は始まったのだ。

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