第10話「リーフドラゴン」

 あれから十数分が経過した。辺りは甘い匂いで充満している。そして思ったよりも早く、ソイツは姿を現した。


「あれは……!」

「大きい……」


 ――緑色のスライムだ。


「なんでだよ⁉」

「リーフスライムか、イツキはスライムに好かれているのだな」

「嬉しくねぇ……」


 どうやら、人には好かれないがスライムには好かれるみたいだ。もうスライムと友達になろうかな。


「俺、倒してくるよ。フィリスはここで待機な」

「うぇぇ……わかった、行ってこい」


 フィリスは変な声を漏らした後、手の震えを必死に止め、じっと俺のことを見ている。行きづらい……。

 木々に囲まれたクリームの山を避けながら、剣を構えてリーフスライムに飛び掛かる。


「失せろ、スライム!」

「イツキ、避けろっ‼」


 俺がスライムに斬撃を与えようとした瞬間、フィリスは大きな声で俺に呼びかけた。

 しかし、俺の剣は勢いを増して、大きなリーフスライムに直撃する。

 攻撃を食らったリーフスライムは、体から花粉の様な物を飛ばし、それは俺の体を包み込んだ。

俺は反射的に目を閉じる。


「うぐっ……!」

「イツキ、大丈夫か⁉」


 視界は真っ黒だが、フィリスが近くに居ることは分かった。また迷惑かけちゃったな……。

 そして、フィリスに担がれたであろう俺は、とても激しい揺れと共に、目が被れていくのを感じていた。助けてくれ、かゆいよー。


       ◆◇◆◇


「被れは引いたか?」

「あぁ、すまんな」

「大丈夫だ。次、気を付ければいい」


 フィリスが持っていた『皮膚回復パック』を顔に貼ってしばらくすると、徐々に痺れが引いていくのを感じた。異世界にはこんなものもあるのか。……というか、花粉だよね。

 すると、フィリスは大剣を抜いて、構えだす。


「イツキ、リーフドラゴンが来たぞ」

「どれどれ……あんなの倒せる自信なんて無いのだが」


 例のリーフドラゴンは翼を大きく羽ばたかせ、上空から地上へと降りてきた。その迫力だけで倒れそうだ。


「そう弱気になるな」

「だって……うわ、瀕死のリーフスライムを食いやがった!」

「おい、声がでかいぞ、イツキ」

「しまっ……こ、こっちを見てる⁉」

「よし、戦闘だ。無理はするなよ」


 そう言ってフィリスは走り出した。この調子なら、俺が居なくてもなんとかなるのではないだろうか。

 そのまま見ていると、水色のスライムが俺の側に寄ってきた。お、一緒に観戦するか?

 そのスライムは俺を見つめた後、膝に乗って落ち着きだす。可愛いな。


「グサァァァァッ」

「リーフドラゴン、お前は私が倒す! ……《龍の舞》」


 フィリスは龍の模様をした大剣を一回転させて高く飛び、剣に紫色のオーラを纏わせた。

 どうでもいいけど、アレか? リーフだから鳴き声が「グサァ」ってか? 草だけに。


「これでも食らえっ! 《覇龍の怒り》ッ」

「おお! なんか、かっこいい名前の技キタァァァッ‼」


 空中のフィリスは狙いを定めると、リーフドラゴンに斬り掛かる。

 その動きは素早く、空中に居るにも関わらず、上から三日月を描く様にリーフドラゴンを斬りつける。

 剣の残像が一つ、また一つとあらゆる方向からリーフドラゴンを攻撃する。

 何より、ものすごく重い大剣で攻撃しているという点に置いて、ダメージ量は凄まじいに違いない。

 数秒ほど斬撃を与え続けたフィリスは攻撃を止めた。


「……ふぅ、どうだ?」

「グッグッ……グサァッ!」


 リーフドラゴンは、あと少しというところで耐えきった。フィリスの方は少し体力を消耗したといった具合か。

 すると、リーフドラゴンはリーフスライム同様の痺れ粉を出した。


「……くっ」

「フィリス!」

「大丈夫だ、《強固なる鱗》」


 かなり粉を食らった様だが、なんとかフィリスは歪な形のシールドを出して防いだ。おそらく、これもスキルなのだろう。

 リーフドラゴンの痺れ粉が収まると、フィリスもシールドを解いた。

 さすがのフィリスも粉の影響か、反応に遅れている。

 くそ、俺がやるしかねぇのか。このまま行っても勝てるか? 勝算は? あぁ、わかんねぇけど、行くしかなねぇよな!

 水色のスライムは俺の考えが解ったのか、膝から離れてくれた。


「ありがとな。じゃあ……《フリグス・グラディウス》」


 俺は一時的に剣に冷気を纏わせる魔法を使用した。先程同様、剣に霧が渦巻く。

 そして、俺は目先のリーフドラゴンの元へ走った。


「テメェの相手は俺だ!」

「イツキ、待て……くっ」


 フィリスは俺を呼び止めた。しかし、フィリスが受けた痺れ粉の影響は強まっていく一方である。悪いが、今回は言うことを無視させてもらう。

 なに、心配無用! 次にリーフドラゴンが痺れ粉を使ってくることはお見通しだ。さっきと全く同じ動きをしてるからな。単純なヤツめ。


「グザァァッ」

「今度は「グザァ」かよ。……さて、ソイツは効かないぜ? 《グラキエス》ッ‼」


 案の定、リーフドラゴンは痺れ粉を撒き散らした。それに対し、俺は痺れ粉に向かって左手で氷魔法を繰り出す。

 このスキルは、大量の小さな氷の粒と冷気を放つというもの。そして、水や小さな物体は凍らせることができるのだ。

 つまり、このスキルを粉に当てれば、粉の粒から粒へ氷は渡り、粉が多ければ多いほど、粉全体を凍らせる速度は増す。カッコつけすぎたかな?

 次の瞬間には、粉が氷に覆われて、重力で地面へと落ち、砕けた。


「そんな防ぎ方が……」

「さあ、反撃といこうか」

「グサァァァァ」


 俺が剣を構えた瞬間、リーフドラゴンは翼を広げ、空中へ飛び始めた。


「あっ、ちょっ、空中に逃げるのは卑怯だぞ! 俺は飛べないんだ! 降りてこーいっ‼」

「グサッ」


 リーフドラゴンは少し笑った様に鳴き声を上げ、どこかへ去ろうとしている。舐めやがって……。

 だが、今ならギリ届くだろう。油断したな……!


「調子乗ってんじゃねぇぇぇっ!」

「グサァッ⁉」


 俺は右手の剣をリーフドラゴンに向かって投げた。もちろん、剣士としてのプライドは無い。

 そして、リーフドラゴンさんはとても驚いた様子である。

 次第に、刺されたリーフドラゴンは空中でオーブへと変わっていき、そのまま俺とフィリスの体へ入っていった。リーフドラゴンに刺した剣も落下し、地面に刺さっている。


「倒したぞ」

「イツキ、最後のはなんだ⁉ 卑怯じゃないか! 剣を投げるなど、剣士としての誇りが……」

「生きてくためには、プライドも肩書きも捨てなきゃならないだろ」


 それを聞いたフィリスは、複雑そうな顔で「ありがとう」と感謝をし、立ち上がった。


「痺れ粉は大丈夫なのか?」

「少し痺れる程度だ。街に戻れば、適当にポーションでも買うとするさ」

「ばーか、俺を頼ってくれよ。もうそんな遠慮し合うほどの仲じゃないだろ、ほら」


 俺はしゃがみ、背中に捕まれとフィリスに合図した。

 大人の女性を触るのは何年振りだろう。そんな不純な気持ちを抑え、フィリスの返事を待っていた。

 そもそも、大人の女性に触れたことすらない気がする。


「わ、私は、重いぞ……?」

「関係ないだろ」


 フィリスは俺の背中に体を預けた。


「そ、そうか、では……」

「おう…………ぐあっ」


 重い。普通に考えればそうだ。フィリスは体中に鉄の甲冑と、背中にはガッチリとした大剣を背負っている。これで重くない方がおかしい。


「お、重いな……!」

「だ、だから、言っただろ! 降ろせ!」

「馬鹿言え。そんなんじゃ、男が廃る」

「既に廃っているだろ」

「……」


 言い返す言葉も無く、俺は膝をついた。……本当のところ、重すぎて膝をついた。仕方ない、アレをやるか。


「スライムたちー! 集まれー! って無駄か……」


 すると、様々な色のスライムが俺の元に集まってきた。いや、ホントにできちゃうのかよ。


「みんな、このお姉さんを街まで運んでくれ」


 スライムたちは睨みつけてきたが、俺が剣を抜く仕草をすると、すぐにフィリスの元へ駆けつけた。


「おお、すごいすごい。ついでに俺も……」


 残りのスライムたちも俺の元へ集まる。そして集合体となり、大きなスライムへと化した。

 俺とフィリスはそれぞれ一匹ずつ、大きなスライムに座る。他の余ったスライムたちは椅子の様に俺らを囲い始めた。おや、マッサージまでしてくれる様だ。気持ちいい。


「す、すごいな、イツキ。こんなの初めてだ」

「俺もだ」


 最高の移動手段を手に入れた俺とフィリスは、雑談でもしながら街を目指した。……で、街はどっちだ。


 そして森に迷った。

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