第4.5話「アルバイト」

 アルバイト生活一日目。

 今日は仕事を覚える日である。初日だからといって油断はできない。


 ちなみに、昨日は『スライムスポーン装置』を起動したままだったため、バイスさんに報告して部屋に戻った頃には、また数体湧いていた。

 ソイツらも同じやり方で倒すと、様子を見ていたバイスさんから哀れみの目で、「お前なりに頑張ってるんだな」と言われた。なんでだろう。

 そして、スライムたちがペタペタと弾け回った屋根裏で一夜を過ごした。


「――で、ここが鍛造部屋だ……って、聞いてるか?」

「あ、あぁ、はい! 聞いてます聞いてます」

「頼むからしっかりしてくれよ?」

「はい、お任せを!」


 仕事内容は非常に簡単だ。客の望む条件に合った武器や防具を勧めるだけ。

 自分で言うのもなんだが、俺は仕事を覚えるのが早い方である。

 開店前に、俺は店の明かりを点けた。


「あれ、バイスさん。この店の光って、もう少し明るくなりませんか?」

「ん、あぁ、いつもそれくらいだぞ」

「え、めっちゃ暗いじゃないですか、昼間なんかは特に」

「そうか? 俺にはよく分かんねぇ」


 昨日は夜中だったから、気付かなかったものの、日が出てるうちは、外から見るとお店をやっているのか怪しいくらいだ。扉に吊り下げられた『OPEN』という札が唯一の救いだろう。


「お店の印象はこういうところで変わってきますよ。あとで付け替えましょう」

「お、おう、そうだな! お前に任せる」

「分かりました、休憩の時にでも買いに行ってきます」


 なるほど、バイスさんは一流の鍛冶能力を持っていても、店の経営は苦手という訳だ。だから、俺を雇ったと。もし俺が仕事できなかったらどうするんだよ。

 そんなこんなで、バイト生活最初の客が扉を押して入ってきた。


「いらっしゃいませー」



 アルバイト生活三日目。

 店も明るくなり、客も増えて、この仕事にも慣れてきた。売上も三日で右肩上がりだ。

 休憩時間には、バイスさんに差し入れや、お店に必要な物を買い出しに行っている。今は『店主のおすすめ』と書かれた矢印型の紙を武器の近くに貼る作業だ。これが終わったら『初心者におすすめ』も貼る予定である。忙しい忙しい。

 すると、扉を押す音が聞こえた。


「いらっしゃいませ~」

「ごきげんよう、この店で一番堅い防具が欲しいわ」


 そう言って入って来たのは、薄い茶髪に、中途半端な長さだが綺麗な髪が特徴で、俺より少し背丈の低い小柄な女の子であった。

 そんな子がどうして防具を? 冒険者だとしても、魔法使いや短剣使いといったところだろう。魔力アップの防具を勧めたいが、とりあえずはお客の要望通りに答える。


「一番堅い物ですと、これですかね」

「……よいしょっと、えいっ」

「ちょっと⁉」


 そのお客さんは俺の渡した防具を持ったと同時に、その防具を振り回してきた。


「あら、ごめんなさい。貴方をゴブリンと見間違えたわ」

「あはは……」


 どんな見間違えだよ。失礼過ぎるだろ! 俺は、容姿がどれだけ良くても、中身までは良くないということを学んだ。


「重いわね、ふぅ」

「ちょっと、お客さん⁉ 投げ捨てないでくださいよ! 商品なんですから!」

「あら、ごめんなさい、つい……」

「はあ、じゃあ軽くて防御力の上がるローブはいかがです?」


 なんだこの客は、と思いつつも明るく接して、しっかりと似合う装備をおすすめをした。


「……この、魔力が上がるローブを貰うわ」

「そ、そうですか、分かりました。お、お会計はあちらです……」


 俺は手を震わせながらレジへと案内をした。怒りを抑えろ、今は我慢の時だ。俺は商品を抱え、ただ無心にレジへと歩く。


「そうだ、このローブ、マケてくれないかしら。今、お金が少なくて……」

「いやいや、そういう訳には……」

「なんだ? おうおう、その可愛い嬢ちゃんにマケてやれよ」


 俺がどうしたものかと困っていると、仕事が一段落ついたのか、バイスさんがこちらへ歩いて来るのが見て取れた。


「いや、しかし……」

「いいじゃねぇか、店主の俺が言ってんだ」

「はあ、分かりました」

「さすが旦那、話が分かるわね」

「ふっ、まあな」


 バイスさんは褒められたのが嬉しかったのか、上機嫌で鍛造部屋へと戻って行った。なんなんだあの人。


「……はい、丁度です。ありがとうございましたー」

「ふふ、もっと感謝してもいいのよ? それでは、また来るわね」


 このガキ、調子にノリやがって……。もう来るなぁぁぁっ!



 アルバイト生活五日目。

 この前は散々な目に遭ったが、今では既に絶好調である。

 異世界に来て一週間。この調子で頑張ろう、と意気込んだその時、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ~!」

「ん、あぁ、今日は私の剣を受け取りに来た」


 そのお客さんは、俺より少し歳上だろうか。背が高く、紺色の服に長いスカート、銀の胸当てとすね当てを身に付けた紫髪の女騎士? さんだ。とても可愛らしいお顔である。

 さて、接客をせねば……。


「丁度、店主は店を出ておりまして……。私は依頼物の管理を任されていないので、お手数ではありますが、後ほど……」

「……そうか。早く討伐に行きたかったのだが、残念だ。素手で倒すか……」

「え⁉ モンスターを相手に素手で戦うんですか⁉ 危険ですよ!」


 いや、俺もスライムを殴って倒したが。

 しかし、相手は一流の騎士だとしても女性だ。男としてここで止めなければ。


「ならば、君が私の相手をしてくれ」

「え……まあ、そろそろ休憩時間だし、大丈夫ですけど……」

「いいのか!」


 止められるのなら、俺が相手をするくらいなんということもない。

 そして、この機会に剣術を磨いておこう。スライム戦は酷かったからな……思い出すだけで寒気がする。


「なんか、寒気がするのだが……」

「なんでだよ」


 女騎士さんも寒気がしたみたいである。影響力おかしいだろ、魔法じゃねぇか。

 そんなこんなで『OPEN』の札を取り、休憩の看板をぶら下げた。どんなこんなだよ。


      ◆◇◆◇


「改めて、グラディエーターのフィリスだ。よろしく頼む」


 ここは街の中にある、武器訓練用の施設だ。

 そしてフィリスと名乗ったさっきの女騎士さんは、木でできた訓練用の剣を握った。俺もそれっぽく構える。

 しかし、『グラディエーター』ってなんだろう、二つ名かな。俺も名乗っとくか。


「クソインキャボッチのイツキです、よろしくお願いします」

「くそいん……なんだそのジョブは? あぁ、緊張しているのか。そんなに硬くならないでくれ、敬語なんて必要ない。気楽にいこう、もっと肩の力を落として」

「お、おう」


 そう、俺は緊張している。勝負の前だからではなく、女性への接し方が分からないからだ。

 ぼっちには友達はおろか、女の子とすらまともに話したことすら無いのだ。これでもし嫌われる様なことをしたら……。

 いや、異世界に来ても女の子とは話した。しかし、女神のメルやクソガキ客といった、いわゆる少女が相手だったため、緊張はしていない。それに比べ、大人の色気というか、ナイスバディなお姉さんが相手とは……どうしたらいいんだよぉぉっ‼


「だ、大丈夫か、具合でも悪いのか?」

「大丈夫、問題は無い。始めよう」

「そうか、では参るッ!」


 心配されたが、ここで約束を破る訳にはいかない。男として紳士に向き合わねば。

 そして、フィリスは剣を構えながらこちらへと走り出した。……が、体のバランスを崩してコケた。


「あれ、どうしたんだ?」

「心配不要、続けよう」


 正直、勝てるのでは? と思ってしまった。いやだって、さすがにあのコケ方はない。もしかしたら、駆け出し冒険者なのかもしれないな。


「はぁっ! ……うわぁぁぁっ‼」

「お、おい⁉ 本当に大丈夫か⁉」


 またしてもフィリスはコケた。

 一体いつまで続くのやら、とフィリスが剣を頑張って振る姿をただ呆然と眺めていた。



 時は既に夕暮れ。

 フィリスも剣に慣れてきたのか、ほぼ未経験の俺と互角に戦っている。ていうか、何度も何度も――


「――胸筋の揺れが凄いな、おい。……あ、しまった」

「……おい、そんな目で私を見ていたのか?」

「ち、違う、本当に違うからな⁉」


 疲れ過ぎて思考と発言がごっちゃになっていた。

 だが、実際は揺らす方が悪い、なんて言ったら冷ややかな目で見られるのだろう。だから俺は必死に誤魔化す。


「わ、私も気にしているんだ。本当は、こ、こんなもの……欲しくなどない!」

「へ、へぇ……」


 小さい人は大きさを求め、大きい人は不要と邪魔者扱いする。不思議な存在である。

 そんなことを考えていると、気付かぬ間にフィリスの剣は俺の腹部に斬りかかろうとしていた。


「この、不埒者ッ‼」

「ぐはぁっ!」


 フィリスの剣は、そのまま俺のイカした腹筋に直撃する。その威力は凄まじく、俺は訓練施設を軽く越え、数十メートル後ろまで斬り飛ばされた。こんなに強かったのかよ。

 そして倒れた先には、なんの偶然かバイスさんが歩いていた。


「何やってんだ、こんなとこで」

「あはは…………接客です」

「ばかやろう」


 この後、フィリスは申し訳なさそうに頭を下げに来て、無事に約束の剣を受け取ったら、満足そうに帰っていった。

 ちなみに、フィリスの扱う武器は大剣で、俺と戦う時には軽い剣を使用していたため。慣れていなかったらしい。

 そしてもちろん、俺はめちゃくちゃ怒られた。



 アルバイト生活七日目。

 この仕事を始めてから、一週間が経った。

最初は何も知らない地でどうなることやら、とヒヤヒヤしたが、なんとか上手くやれている。

 そういえば今朝、バイスさんから「今日でバイト終わりな。いやぁ、元々弟子たちが旅行に出かけたもので、その代わりとして雇ったんだ。言い忘れていた、すまんな!」と言われてしまった。

 ……おい。俺の口からはそんな言葉しか出なかった。

 おっと、そろそろ店開きの時間だ。

 店内の明かりを点け、軽く掃除をし、宣伝のポスターを店外の壁に貼り、『OPNE』の札を扉にかけた。

 あとは――


「すみません、長剣を見たくて……」

「いらっしゃいませっ‼」



 ――最高のスマイルを添えて。

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