第2話「異世界」

「うっ、眩しい……!」


 明るい光が俺を覆った。そしてしばらく経ち、反射的に閉じてしまった目をゆっくりと開ける。

 辺りは草原。高い石の塀が、何かを囲むように広がっている。

 すると、眼の前に球形で青色の何かが現れた。

 球形は徐々に消えていき、その中から機械? のような物が出てきた。ボタンも付いている。


「なんだ?」


 俺は試しに機械のボタンを押してみた。すると……。


『――女神としてお話します。これを聴いてるということは、無事に異世界へ転移した頃かと思います』


 メルの声だ。


『転移先はランダムなので、運が良ければ街の裏路地的な場所に転移されたことでしょう』


 あれ、門が見えるのだが……。


『門の前は一番面倒なので、ハズレですよ』


 ハズレかよ。


『では、時間も無いので一言……』


 もう終わり⁉ もう少し声を聞いてたいんだけど!

 どう足掻いても仕方ないので、俺は機械に耳を傾ける。


『お気をつけて』


 その声は優しく、過酷な冒険になろうと、これさえ聴いていれば乗り越えられる、そんな言葉だった。

 この機械だけは宝物にしよう。

 俺がポケットに入れようとしたその瞬間、何やら機械の方から、音声合成のような声が聞こえてきた。


『再生終了。女神の転送魔法にて天界へ帰還』

「は?」


 再び青色の球形が出現し、機械を包み込んでいった。

 その後はお察しの通り、消え去った。


「俺の癒しがぁぁぁぁっ‼」

「……うわっ、ちょっとキミ。少しだけ話、いいかな?」


 泣き叫んだ俺に話しかけたのは、身体に馴染んだ鎧を身に纏い、槍を握った兵士さんらしき人だった。職質かな。


「ど、どうしましたか……?」

「ああ、急に現れたものだから気になったんだ。身分とか事情を話してもらえないかな?」

「まあ、大丈夫ですけど」


 俺に怪しい要素など……あぁ、この世界からしたら俺は異世界人か。


「僕は騎士団きしだんの者で、この街――アニクシタウンの警備を担当している、一般騎士のクリストだ。えっと、では最初に、キミは何処から来たのかな?」


 アニクシタウン、それがこの街の名前か。……って、初っ端から転移者殺しの質問⁉ やばい、どうしたものか。早く言い訳を……思いつかねぇ!

 クリストさんは頭に疑問符を浮かべている。この金髪イケメンめ。少し分けろや。

 そんなどうでもいいことばかり浮かぶ。


「と、隣の国から……」

「ふむ、キミは旅人という訳か」

「この街で冒険者になろうと思い……」

「冒険者に? そうか、頑張ってくれ。おっと、名前を聞き忘れていた。お名前は?」

「え、えーと…………イツキです!」

「イツキ……珍しい名前だね、よしっと」


 ふぅ、なんとか誤魔化せた。そして、なんだかんだクリストさんは良い人だ。これからも交流を深めよう。


「では、付いてきてもらおうか」

「はへ?」


      ◆◇◆◇


「刑務所じゃねえかよおおぉぉぉっ‼」

「す、すまない、怪しすぎて……」


 牢屋にぶち込まれた俺は、頭を掻きながら謝るクリストをジト目で睨みつけた。

 結局こうなるのかよ! ランダムで人生変わるのなんとかしろ‼ ……はあ、何はともあれ、クリストのやつ、覚えてろよ。


「まあ、怪しいのは認めるよ」

「じゃあ、僕は見回りに行ってくる」

「おう、ここから出たら覚えてろよ」

「あはは……お手柔らかに~。……あ、検察官、お疲れ様です」

「ん、お疲れ。後は任せて」


 クリストは片手を上げて、にへら顔を浮かべた。

 なんだろう、見れば見るほどムカつく顔だな。いや、イケメンなのが更にムカつく。ふん、誰が手柔らかにしてやるものか。

 俺がどんな屈辱を与えようか悩んでいると廊下の奥から、綺麗な黒髪ストレートロングに、スーツを着たお姉さんが歩いてきた。顔立ちはイケメンな女性といった感じだ。


「マエラさん、彼は悪いことをした訳ではないので、『優しく』お願いしますね?」

「あぁ。ところで、お前はいつからそんなに偉くなったんだ? あくまで仕事の時間だぞ」

「す、すみません!」

「声がでかい……」


 クリストは俺に手を振り、慌ててこの場を立ち去った。

 しかし、敬語で罵倒でもしてくれるのかと期待していたが、想像より口調が荒かった。これはこれで王道か……?


「――とりあえず、事情聴取をします。付いてきてください」

「は、はあ……」


 牢屋の扉が開き、手錠を付けられた。

 仕事として、向き合うべき相手には敬語を使う様だ。できる女って感じだなぁ。

 他の牢の罪人たちを横目にしばらく歩き、取り調べ室らしき場所へと案内された。

 その狭い部屋に、机が一つと椅子が対面するように二つ。いや、それに加えて奥に小さな机と椅子が一つずつがあり、会話内容を記録する兵士が座っている。


「どうぞ、手前の椅子に」


 言われるがまま、俺は椅子を手錠の付いた手で引き、変な姿勢で椅子に腰かけた。

 おいおい、日本でもこんな体験をしたことはないぞ。カツ丼は……異世界だから無いか。


「私は検察官のマエラと申します」

「俺はイツキです」

「よろしくお願いします。では始めに、出身地を聞かせてください」

「隣の国から……」

「嘘はバレます。私は見通しスキル《ヴェリタス》を使えますから」


 なんだよ、その有能スキル。是非、元居た世界で使いたいね。

 嘘が見抜かれるのなら、こう言えば……。


「――ニホンという小さな国です」

「スキルに反応は無い……。信じましょう」


 さすがの検察官さんだって、この世界の小さな国まで把握していないだろう。そして俺は日本から来た、嘘は付いていない。我ながら実に見事だ。

 すると奥の兵士が会話内容の記録をすらすらと書き始めた。


「次に、貴方は魔王の手下、或いは魔物ですか?」

「どう見たって違うでしょ。もし仮にそうなら、わざわざ人間の居る場所に行くだなんて、ただの変態ですよ……」

「へ、変態……⁉ 牢にぶち込めっ!」


 俺の発言を聞いたマエラさんは、顔を赤らめながら驚き、近くに待機してある兵士に指示を出した。


「ちょ、ちょっと⁉ 例えですよ! あぁ、待って、離してぇぇぇ‼」


 次にマエラさんと顔を合わせたのは、夜を明けてからの話である。

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