第1話「女神との約束」

 瞼を開くと、そこには星空が視界を埋め尽くし、宇宙空間に足場が設置されたような場所に立っていた。


「私は神聖なる女神。そして千歳ちとせいつきさん、望むのなら死にゆく貴方を守る加護と命を授け、異世界へと送りましょう」


 そう語りかける者の正体は、女神を名乗る美少女であった。

 顔はもちろん可愛く、綺麗な白髪で、神聖なアクセサリーと青い服を身に纏い、身長は172センチある俺より少し低めだが、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる。

 まあ出ているといっても、そこまで大きい訳ではないが、胸元の露出度は少し高い。

 何より、優しい微笑みが、美しいというより可愛いのだ。

 俺は死んだという事実よりも、その可愛いさに見蕩れていた。


「この本に書いてある加護をおひとつ授けることができます。お貸ししま……あ、あの、聞いてます?」


 女神ちゃんは覗きこむ様に首を傾けた。おっと、困らせてしまった様だ。


「ああ、ごめん。えっと、なんだっけ?」

「コホン……あなたが異世界へ行くのなら、力を授けます。俗に言うチートです。理解しましたか?」


 女神ちゃんは頬を膨らませ、少し怒りっぽく話す。

 か、可愛い……! 理想の彼女像だ。いや、むしろ嫁になってくれ‼


「あの! 選択しないのなら、地獄的な場所へ送りますよ?」

「キミと二人で暮らすという選択肢は無いのかい?」

「残念ながら、無いですね」

「なら、名前だけでも教えて欲しい」

「ダメです」


 冷たい瞳で俺を見つめる女神ちゃんは、ストップウォッチの様な物を謎の空間から取り出し、そのボタンを押した。


「あと三十秒です」

「うぇ、えぇぇ⁉ ちょ、ちょっと考えさせてよ! ……ごめん、今のキモかったね」

「はい……いえ、そんなことないですよ」


 今さ、「はい」って言ったよね、笑顔だったよ。

 しかし、考えると言っても、この女神ちゃんと一緒に居る時間を延ばしたいだけだが。


「はぁ……では、あなたがこの世界の闇の根源と言われる『魔王まおう』を倒したのなら、チートの代わりに、あなたのお願いをなんでも叶えましょう」

「ほう、『なんでも』?」


 俺は薄笑いを浮かべて、確認のために再度、女神ちゃんに訊いた。


「は、はい、『なんでも』です」

「ふふっ、そうか」

「な、なんですか。気持ちの悪いことを言い出したら、地獄的なとこに落としますよ。あるなら、早く言ってください」


 女神ちゃんは冷たいなぁ、照れ屋さんなのかな。

 やれやれと顔を上げ、女神ちゃんの顔を覗くと……めっちゃ引かれてる⁉ ドン引きじゃん。


「そ、そうだ、キミだったら、何をお願いするんだ?」

「そうですね、人も女神も気軽に繋がれる世界を創りたいです」


 女神ちゃんは雲一つ無い笑顔で答えた。


「それ、すごく良いな……! 応援してる!」

「そんなに簡単な話じゃないですけど、ありがとうございます……!」


 心の中まで雲一つ無い。

 そんな女神ちゃんに俺は少し微笑み、その場を立ち去ろうとする。


「じゃあ、異世界へ連れて行ってくれ」

「え、お願いは?」


 女神ちゃんは、キョトンとした表情を見せた。

 まあ、お願い事なんてものはおまけに過ぎないだろ。魔王を倒して、もう一度女神ちゃんと話した時が来たなら、冒険譚を語り尽くそうではないか。


「んじゃ、世界救ったら、結婚してくれ」

「…………は?」

「ははっ、冗談だよ! 女神ちゃんとのお話は、自分が死んだ事さえ忘れるくらい楽しかった。それだけで満足だ」


 俺は自然と微笑んでいた。しかし、今のは俺的にポイントが高いのではないのだろうか。

 すると、女神ちゃんが焦った様に話しかける。


「あ、あの、魔王って、漫画みたいに倒せるような相手じゃないですよ⁉ その前に魔王の住む魔王城に辿り着けた人なんて、極わずかですから!」

「え、まじ……?」

「はい! ですので、お願いよりかも加護を選んだ方が身のためです」

「構わないよ、だって……」


 俺は目を閉じ、一時の間を開けた後、女神ちゃんに聞こえるくらいにそっと呟いた。


「それは魔王云々の前に、チートを選ぶか、女神ちゃんを選ぶかってことじゃないかな。俺にとっちゃ、どんなに価値のあるチートより、女神ちゃんの方が圧倒的に輝いて見えるんだ。ははっ、これで過去に、三人の女の子に引かれたことがある……」

「はい、とてもきもいです……」

「で、でもキミのためなら、どんな野郎でもぶっ倒してやる‼ 魔王がなんだってんだ!」


 俺はシャドーボクシングの様に、シュッシュと腕を振った。そして三回目で息切れした。


「どうして、そこまで私のために……?」

「最初に会った時から、どこか儚げな君の雰囲気が放っておけなくてな」


 その時の俺は、人生で一番笑っていたと思う。……が、かっこいい風に決めたはいいものの、ちょっとベタというかなんというか恥ずかしい。てれてれ。


「ぐすっ……」


 そして、女神ちゃんは泣いていた。泣かせてしまった。


「詐欺に気を付けてぐらさぁいっ……うっ、ぐすん」

「そこ……⁉」


 何故か異性関係の詐欺を心配された。なんかさ、感動とかじゃないの。今のシーンは。


「ならばせめて、私の名前でも教えましょう。減るものでもないし」

「え、いいの?」


 女神ちゃんの名前を知ることは、何かまずいのではないのだろうか。例えば神様のルールとか、女神ちゃんが罰を与えられたりとか。

 そんな考えを打ち消すように、女神ちゃんは俺の耳元へ顔を近づけた。というか、これはハグだ。


「本当は、神と人間が深く関わることなんて許されないんですけどね」

「え、無理はしなくても……」

「メル・アルテミス、それが私の名前。メルって呼んで欲しいです」

「メル、可愛らしい名前だ……」


 俺が口を閉じる前にメルは俺を抱きしめ、頭を撫でた。


「これから先の異世界も、世知辛いことや、落ち込むこともあるかもしれない。冒険者なら、油断しているとすぐに死んじゃう。だから、貴方の……イツキ・チトセの幸運を祈ります」


 そして、手を離したメルは、何やら魔法らしきことを慣れた手つきで始め、元気な声で一言。



「さっさと世界救ってきてくださいね」



「え……?」


 その女神は一瞬だが、確かに頬を照らしていた。

 その後、眩しい光に包まれた俺は、異世界へと転移するのであった。

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